研究成果

research

今月のトピックス(2010年11月)

Abstract

今月は補正予算の経済的効果について検討する。ここでいう補正予算とは、9月10日に「新成長戦略実現に向けた3段構えの経済対策」が閣議決定されたが、 うちステップ1として9月24日に決定された経済危機対応・地域活性化予備費を活用した緊急経済対策、及びステップ2として10月8日に決定された「円 高・デフレ対応のための緊急総合経済対策」に係る平成22年度補正予算を対象としている。
仕分けの過程で明らかになったように今回の内容は、22年度本予算で削減された内容の復活という印象を払拭できない。しかし、これまで成長を支えてきた輸 出の鈍化等から、先行きの不透明感が高まっている。円高が進行しており、輸出の更なる鈍化や製造業の海外シフトのリスクが高まっており、緊急経済対策の ニーズは高まっている。経済対策の必要性は高く、かつ、速やかな実施が重要といえよう。
問題は実施規模とタイミングである。緊急総合経済対策、ステップ1が9,180億円、ステップ2が5兆901億円で合計6兆82億円である。項目のうち、 内容のわからないその他や金融支援を除いて実施規模を求め、またステップ1が2010年度内に、ステップ2が2011年度にわたって支出されるパターンを 想定すると、2010年度で2兆3,185億円、2011年度で2兆6,679億円となる。これらの補正予算額は、政府最終消費支出、公的固定資本形成、 家計への移転、企業への移転、民間最終消費支出、民間住宅の形態で追加需要となる。
政策効果として、政府は今回の対策により、実質GDPを0.6%押し上げるとしている。われわれは「第85回景気分析と予測」においてこれを検証した (11月25日発表)。7-9月期のGDP1次速報値を更新して、新たに2010-2012年度の日本経済の成長パターンを予測した。この予測値には今回 の補正予算は含まれていない。次に補正予算を反映させたシミュレーションを行い、これと比較したものが補正予算の効果となる。下図が示すように、2010 年度末にかけてステップ1の効果が表れてくるが、効果の発動期間は2期間であるため2010年度平均では0.38%の押し上げ効果にとどまる。一旦、 2011年4-6月期に押し上げ効果は低下するが、これは家電エコポイント制度が3月に終了することから、4-6月期に民間消費の反動減が生じるためであ る。2011年度平均では乗数効果も表れ0.53%の実質GDP押し上げ効果がでてくるが、2012年度には効果が剥落し0.06%と押し上げ効果はほぼ ゼロとなる。

日本
<10-12月期はマイナス成長の可能性が高まるが、一時的な停滞にとどまろう>

11月15日発表のGDP1次速報値によれば、7-9月期の実質GDP成長率はエコカー補助金等の駆け込み需要の影響で前期比+0.9%、同年 率+3.9%となった。4期連続のプラス成長となり、4-6月期の改定成長率同+1.8%から加速した。なお前年同期比では+4.4%と3四半期連続のプ ラスとなった。
7-9月期の実績は、市場コンセンサス(2.31%:11月ESPフォーキャスト調査)を大きく上回ったが、超短期予測の平均値に近い結果となった。超短 期モデルの最終週の予測では、支出サイドモデルが同+2.0%、主成分分析モデルが同+4.4%、両者平均で+3.2%の予測となった。注目すべきは、超 短期予測は7-9月期の最初の月のデータが利用可能となる8月の終わりにはすでに3%台を予測していたことである。
7-9月期の実質GDP成長率(前期比年率ベース)への寄与度を見ると、国内需要は+3.7%ポイントとなり、成長率に4期連続のプラス寄与となった。一 方、純輸出は+0.1%ポイントの寄与にとどまった。純輸出は6期連続で成長率を引き上げたが、その寄与度はほぼゼロとなった。データは、アジア向けの輸 出が減速したことと、1年を上回る補助金政策の終焉による駆け込み需要の影響が大きく出たことを示している。10-12月期には逆に反動減が出るため、マ イナス成長に陥る可能性が高い。
今週の超短期予測では、実績としてごく一部の10月データしか予測に反映されていない。にもかかわらず、10-12月期の実質GDP成長率を、内需は小幅 拡大するが純輸出が縮小するため前期比+0.1%、同年率+0.4%と予測する。一方、1-3月期の実質GDP成長率を、内需は引き続き拡大するが、純輸 出は横ばいとなるため、前期比+0.5%、同年率+2.1%と予測している。
10-12月期の国内需要を見れば、実質民間最終消費支出は前期比+0.2%となる。現時点では小幅のプラスを予測している。実質民間住宅は同+4.4% 増加し、実質民間企業設備は同+0.6%増加する。実質政府最終消費支出は同+0.6%、実質公的固定資本形成は同-2.5%となる。
財貨・サービスの実質輸出は同-1.8%、実質輸入は同-2.0%それぞれ減少する。このため、実質純輸出の実質GDP成長率に対する貢献度はマイナスに転じる。
一方、主成分分析モデルは、10-12月期の実質GDP成長率を前期比年率+0.1%と予測している。また1-3月期を同+1.6%とみている。
この結果、支出サイド・主成分分析モデルの実質GDP平均成長率(前期比年率)は、10-12月期が+0.2%、1-3月期が+1.9%となる。
10月のデータがほとんど利用可能ではない現時点においてでも、超短期予測は10-12月期の日本経済をゼロ成長と予測しており、悲観的なデータが更新されるにつれてマイナス成長に陥る可能性が高まっているが、一時的な停滞にとどまるとみている。

[[稲田義久 KISERマクロ経済分析プロジェクト主査 甲南大学]]

米国

7-9月期の実質GDP(速報値)の伸び率(前期比年率)は+2%と超短期予測と同じであった。またコア個人消費支出価格デフレーターでみたインフレ率 も+0.8%と超短期予測とほとんど同じであった。また7-9月期データを更新した、10-12月期の実質GDP成長率については、今週の予測では 同+3.4%と高い成長率を見込んでいる。
しかし、それに基づいての政策となると連銀と超短期モデルの考え方は全く異なる。連銀は彼らの“完全雇用、物価安定の2つの目標”から”2%経済成長、 1%インフレを失望的に低い”と判断し、11月3日のFOMCミーティングにおいて2011年中頃までに6,000億ドルの長期国債を購入することを発表 した。
超短期モデル予測からすれば、1%のインフレ率は理想的である。米経済はデフレ状況でもなく、今のコモディティー価格の上昇、異常なドル安を考えれば、デ フレを懸念する状況ではなくむしろ、将来のインフレを懸念すべきである。2%という経済成長は確かに、雇用を急速に増やす成長率ではない。しかし、異常な 低金利を長期間続け、連銀のバランスシートを異常に膨らませてきた中で、効果の不確実な追加的数量的金融緩和政策を更に導入しなければならないほど低い経 済成長率でもない。連銀がデフレに敏感なのは、日本の1991年の土地バブル崩壊後の失われた20年がデフレによると考えているからである。
確かに、バブル崩壊後にデフレの経済への悪影響はあったであろう。それが、20年も続くわけではない。更に、異常なゼロ金利で日本経済が立ち直らないのは 別の根本的な問題があるからである。すなわち、日本経済の長期停滞は1990年代から急速に進んでいるIT化によるグローバライゼーションに日本の企業が 対応できなくなっているからである。例えば、簡単なパンフレットやレストランのメニューを作る町の小さな印刷屋さえ、中国の印刷屋と競争をせざるを得なく なった。日本の印刷屋が中国の印刷屋と同じものを作る限り、品物の価格は下がり、賃金も下がらざるをえない。これはデフレではなく、グローバライゼーショ ンによる“要素価格の均等化”である。それ故、金融緩和政策を幾ら続けても、日本経済はよくならない。IT化によるグローバライゼーションに適応した、ビ ジネスモデルの導入とそれを促す経済政策が必要なのである。発展途上国からの安いあらゆる品物が先進国に即座に入るようになっている。この事実を見逃し、 いつまでも異常な低金利政策を続ければ、経済に副作用がでてくる。米国はすでに、異常なドル安により輸入業者や消費者の購買力が大きく減少している。金融 政策当局はいち早く“デフレ病”から抜け出すべきである。今の経済回復に対して、金融政策のできることには限りがある。

[[熊坂侑三 ITエコノミー]]

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