研究成果

research

今月のトピックス(2010年10月)

Abstract

日銀は10月5日に開いた政策決定会議で4年ぶりのゼロ金利政策を再開した。日銀自身が「包括的金融政策」としているように、以下の3つの画期的な政策が含まれている。
(1)ゼロ金利政策0?0.1%
(2)消費者物価上昇率でみて1%になるまで金融緩和:「時間軸」効果
(3)5兆円規模の資産買取り(国債以外にETF(上場投資信託)REIT(不動産投資信託)を含む)
さて、今月の米国経済見通しでは、「今の物価下落には、IT化によるグローバライゼーションの影響が大きい。今は、技術・知識が即座に世界中に伝 播する。そのため、日米が発展途上国と同じものを作っていれば、物価は安くなるのは当然であり、グローバライゼーションの結果要素価格は均等化することか ら日米の賃金も低下せざるをえない。すなわち、日米の消費者は価格低下のベネフィットを受ける一方、企業は新しいビジネスモデルを導入しなければ、賃金の 低下は防げない。」と述べられている。この点は本コラムでもつとに強調してきたことである。
デフレは確かに金融的現象であるが、金融政策ですべてを説明できるわけではない。例えば、1990年代半ば以降の労働生産性、消費者物価指数、賃金の変 化の国際比較をすると、日米欧はともに生産性を伸ばしているが、日本のみが賃金・物価の下方スパイラルに陥っている。これはこれまで日本がとってきた成長 戦略と大いに関係がある。日本は輸出拡大により2002年からの景気回復を実現してきたが、輸出品の多くは発展途上国との競合品であり、これらを伸ばすこ とにより結果的に賃金デフレを加速したのである。日本は要するに付加価値の高い製品をつくり出せていない。例えば、欧州がブランドやデザインを重視し価格 を維持しながら良質の製品を長く売っていくパターンと日本の製品を作り出すパターンを比較すればよく理解できる。
その意味で日銀が消費者物価指上昇率でみて1%以上を実現できるまでゼロ金利政策を持続するという宣言は金融政策の効果を過信しすぎではないだろうか? むしろ日銀がこれまで恐れてきたゼロ金利政策長期維持の弊害を大きくする可能性もある。重要なのは金融政策と財政政策(補正予算)のセットの効果であっ て、日本がどのような成長戦略をとるかが極めて重要であることを理解しなければならない。すなわち高付加価値を生み出す産業を展望することが重要であり、 環境関連産業や観光に注目するのは正解である。(稲田義久)

日本
<7-9月期は2%程度の成長は可能となるが、円高の進行は下振れリスクを高める>

10月18日の超短期予測では、GDP項目を説明する大部分の8月データと一部の9月データが更新されている。その結果、7-9月期の実質GDP成長率 は前期比+0.4%、同年率+1.7%となり、前期(同+1.5%)を上回る成長率予測となっている。また10-12月期は同年率+1.8%と引き続き緩 やかな回復となっている。この結果、2010暦年の実質成長率は3%程度が見込まれている。ちなみに、マーケットコンセンサス(ESPフォーキャスト10 月調査)を見ると、7-9月期は同年率+2.11%と超短期予測と大きな差異はないが、10-12月期は同-0.21%とマイナス成長が予測されており、 現時点でマーケットは日本経済が年度後半には減速すると想定している。
さて7-9月期の成長率(前期比+0.4%)の中身をみると、実質国内需要は+0.6%ポイント、実質純輸出は-0.1%ポイントとなっている。これまで景気回復のエンジンであった純輸出は2009年4-6月期以来6期ぶりのマイナスが予測されている。
7-9月期の国内需要の中身を見れば、実質民間最終消費支出は前期比+0.6%の増加が見込まれている。実質民間住宅は同-1.1%、実質民間企業設備 は同-1.6%と投資関係は減少が見込まれている。民間需要は民間最終消費支出を除き低調となっている。民間最終消費支出は政策の前倒し効果の影響で好調 であるが不安材料もある。9月の乗用車新車販売台数(季節調整値:含む軽)は同月初旬にエコカー補助金が予算額を超過したため前月比-29.4%減となっ た。4ヵ月ぶりのマイナスである。これが9月の消費総合指数に反映された場合、7-9月期の民間最終消費支出の予測値が下振れする可能性がある。公的需要 では、実質政府最終消費支出は前期比+0.6%、実質公的固定資本形成は同+0.5%となる。
問題は外需の縮小である。7-9月期の財貨・サービスの実質輸出は前期比+0.2%とほぼゼロ成長を予測しており、実質輸入は同+1.6%と輸出の伸び を上回ろう。8月の鉱工業生産指数が3ヵ月連続で前月比マイナスとなっており、輸出の弱さと整合的である。海外市場、特に、新興市場は伸びの減速が予想さ れており、しばらく純輸出は景気押し上げのエンジンとはなりにくい。
グラフに見るように、日本経済の成長率予測(支出サイドモデル)は一時9月の後半に減速傾向を示したが、10月に入り再び2%台をうかがう傾向となって いる。この程度の成長率が年度後半も持続するかは純輸出の動向に依存する。80円台を突破する可能性のある円高は日本経済の下振れリスクを高めよう。

[[稲田義久 KISERマクロ経済分析プロジェクト主査 甲南大学]]

米国

バーナンキFRB議長は10月15日のボストン連銀において”低インフレ環境における金融政策と手段”という講演を行った。それによると、2010年6 月のFOMCにおけるFOMCメンバーや地域連銀総裁たちによる長期目標の経済成長率、失業率、インフレ率を基準にして、バーナンキ議長は米国経済の現状 を判断し、”景気回復のペースは連銀が想定している3%程度(前年同期比)より遅く”、”現在のインフレ率1%は連銀の目標値(1.7%?2.0%)に比 べかなり低い(too low)”とコメントをした。その結果、市場は11月初めのFOMCにおいて、FRBが長期国債の購入という更なる金融緩和を行う と期待し始めた。

グラフに見るように、米国の景気回復は8月になると急速にペースを落とし、ダブルディップリセッション(二番 底)懸念が生じたのも理解できる。しかし、超短期予測では9月の半ば以降景気は徐々に持ち直していることが分かる。おそらく、7-9月期の経済成長率は 2%前後と思われる。これは、対前年同期比でみれば3%程度の成長率となり、FRBの目標値とあまり変わらない。問題は物価への見方である。バーナンキ議 長は現状のインフレ率を1%と見なし、それをFRBの目標値(1.7%?2.0%)に対して”too low”と表現していることである。日銀と同じよう にFRBも”デフレ恐怖症”に陥っている。日銀が物価上昇率を1%になるまで金融緩和を続けると同じように、連銀も物価上昇率が2%になるまで金融緩和を 続けるように思われる。日米の物価上昇率がそれぞれ1%、2%になれば、政策当局の思うように日米の経済回復がもたらされるであろうか?”需給ギャップ” からのデフレ、金融緩和による需要拡大、デフレの解消、景気拡大というようなシナリオを考えているならば、日本経済はとっくに立ち直っているはずである。
今の物価下落には、IT化によるグローバライゼーションの影響が大きい。今は、技術・知識が即座に世界中に伝播する。そのため、日米が発展途上国と同じ ものを作っていれば、物価は安くなるのは当然であり、グローバライゼーションの結果要素価格は均等化することから日米の賃金も低下せざるをえない。すなわ ち、日米の消費者は価格低下のベネフィットを受ける一方、企業は新しいビジネスモデルを導入しなければ、賃金の低下は防げない。FRBにとっての今一番の 問題は高い失業率であるが、この急速な解決には最低賃金を引き下げることが望ましい。今のデフレ(?)に対して、金融政策ができることは限られている。

[[熊坂侑三 ITエコノミー]]

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