研究成果

research

今月のトピックス(2008年6月)

Abstract

四川大地震の経済的含意

【甚大な被害】
今月の中国経済の見通しでは、四川大地震(2008年5月12日)の経済的影響について詳しい説明がされている。最新の推計によれば、地震の直接 被害額は5,000億元(約7兆5,000億円)を上回ると見込まれており、年初の雪害の被害額1,517億元を大きく超える。影響は甘粛省・陝西省・四 川省の重慶市など19都市・県に及んだ。公式の死亡者数は6万9,127人(6月5日現在)となっている。

四川省

32年ぶりの大地震(1976年唐山大地震以来)は中国の穀倉である四川省の 農業生産に甚大な被害をもたらした。四川省は、中国最大の養豚地域 (全国合計の10%)であり、菜種や米の生産(穀類の生産量の全国シェア6%)でも有数の地域である。地震は50万ムー(畝)(約3万3,000ヘクター ル)の作物に被害をもたらした。また、地震で死んだ豚は約80万頭に上るようである。
四川省の工業部門の損失も甚大である。四川省の工業企業の経済的直接損失は5月19日の時点で670億元(約1兆円)に達したようである。実際の損失は これよりはるかに大きくなる。注目すべきことは、非鉄金属生産の被害が大きいことである。業界の推計によれば、中国の亜鉛の生産能力の11%が被害を受け たようである。また当局は安全上の理由で四川省での石炭生産を停止している。この結果、工業・情報化省によれば、鉱工業企業の損失は2,047億元(約3 兆700億円)>に膨らんだ(6月5日発表)。
地震により地方政府は省都・成都と重慶市での建設工事の停止を命令したため、不動産業に与える影響も大きい。多くの不動産会社がまだ工事中で耐震基準を 満たしていないビルを再設計することが必要になり、今後、追加的なコストが発生する可能性が高い。高層建築に厳しい基準が適用されるにつれ、昨年、記録的 な高価格で土地を手に入れた開発業者の資金繰りはさらに悪化すると考えられる。また、西部地域の都市開発に関してリスクの認識が変わり、これが地価下落の 引き金となると思われる。実際、1月以降、成都の住宅市場は下降局面に入っており、1-3月期の取引は前年同期比23%減少している。不動産価格の低迷が 長期的なリスクとして成都と重慶市の不動産市場に影を落としている。

【経済的含意】
以上、農業、工業、不動産業に絞って地震の影響を見たが、現在のところ、中国経済に与える影響の正確な把握には困難が伴う。年初の雪害の影響を受 けた地域は中国のGDPのおよそ14.3%を占めるが、四川省のGDPは全国比4%程度で、これから判断する限りでは、経済への震災の影響は限定的とみら れている。
ただ復興は困難を極め、同地域の生産停滞は長引くであろう。いくつかの経路を通じて地震のマイナスの影響が中国経済に発生してくる。重要な経路としては、(1)食糧需給、(2)労働供給、(3)大手不動産会社のバランスシートである。
農業と養豚の全国に占める四川省の寄与の大きさを考えると、その甚大な損害は、中国の食糧面の制約をさらに強め、10年来のインフレを加速させる可能性 がある。4月の消費者物価(総合)指数は前年同月比+8.5%で3月の同+8.3%から加速している。中央銀行の金融引き締め政策にもかかわらず、この 10年間で最も高いインフレ率となっている。消費者物価指数の構成品目全体の約1/3のウエイトを占める食料価格は同22.1%上昇している。1月以降、 穀類の価格上昇圧力が高まり、4月は同+7.4%と3月から加速している。また食肉価格の上昇率は同+47.9%ときわめて高い。特に、豚肉は同 68.3%と上昇している。今後数ヵ月、インフレの加速が懸念されよう。中国のインフレ加速が世界の商品価格インフレ期待を高めるリスクには十分注意が必 要である。
短期的には、労働市場への影響が懸念材料である。四川省は中国の出稼ぎ労働者の最大の供給源の1つであるが、復興支援のために多くの出稼ぎ労働者が四川 省に急いで戻ることが予想されるため、中国の労働供給に重要な影響を与えそうである。ただ、長期的には震災の復興が進むにつれて、この問題の影響は薄れる であろう。
問題は、四川省と重慶市の不動産市場のハードランディングシナリオが現実のものになった場合、地価下落のリスクは中国の他の地域に伝播し、投資家や不動 産開発業者のバランスシートの悪化をもたらすであろう。中国金融当局は直接の金利を引上げではなく預金準備率の引上げによって金融引き締めを図っている が、不動産バブル崩壊が全国的に拡がった場合、インフレ抑制と経済復興の両極面で厳しい金融政策が要求されることになろう。ハードランディングシナリオも 低くない確率で想定しておく必要がある。
日本

今週の予測では、4月の多くのデータが更新された。支出サイドモデル予測によれば、4-6月期の実質GDP成長率は、内需と純輸出がともに横ばい となるため、前期比-0.2%、同年率-0.9%と予測される。4-6月期の経済はここにきてマイナスの領域に入ってきたといえよう。
4-6月期の国内需要を見れば、実質民間最終消費支出は前期比-0.1%と前期(同+0.8%)の反動でマイナス成長となる。1-3月期の民間消費は閏 年効果でかさ上げされていたようである。実質民間住宅は同+4.7%と2期連続のプラスとなるが、実質民間企業設備は同1.5%減少する。民間最終消費支 出と民間企業設備が減少し、民間需要は縮小しよう。一方、公的需要は、実質政府最終消費支出、実質公的固定資本形成ともに同+0.4%と増加する。このた め、国内需要の実質GDP成長率(前期比-0.2%)に対する寄与度は-0.2%ポイントとなる。
一方、財貨・サービスの実質純輸出の成長率に対する貢献度は0.0%ポイントとなる。実質輸出が同-1.8%、実質輸入が同-2.8%減少するためである。
このように、4-6月期はマイナス成長になるが、7-9月期の実質GDP成長率は、内需・純輸出ともに拡大するため、前期比+0.7%、同年率+2.7%と予測している。
GDPデフレータは、4-6月期に前期比-0.3%、7-9月期に同-0.2%となる。民間最終消費支出デフレータは、4-6月期に同-0.2%、 7-9月期に同0.0%となる。4月に暫定的にガソリン価格が低下したことが影響している。雇用者所得は4-6月期に同-0.2%、7-9月期は 同+0.3%となる。
主成分分析モデルは、4-6月期の実質GDP成長率を前期比年率-1.3%と予測している。また7-9月期を同+0.5%とみている。GDPデフレータは4-6月期に前期比0.0%、7-9月期に同+0.4%とみている。
この結果、支出サイド・主成分分析モデルの実質GDP成長率(前期比年率)の平均は、4-6月期が-1.1%、7-9月期が+1.6%となる。GDPデ フレータは4-6月期が前期比-0.2%、7-9月期が同+0.1%である。両モデルの平均で見れば、4-6月期のマイナス成長がはっきりしてきたが、一 時的なものと予測している。

[稲田義久 KISERマクロ経済分析プロジェクト主査 甲南大学]

米国

6月5日、ウォルマートやコストコなどのチェーンストアーの5月の販売高が前年同月比+3%となったことが発表され、還付税が個人消費支出にまわ る期待からダウ株価はその日に214ポイント上昇し、景気回復のきっかけになるかとも思われた。しかし、翌6日の5月の雇用統計の発表により前日の米景気 に対する期待は崩れた。雇用は5ヵ月連続で減少し、失業率は前月の5.0%から5.5%へと大幅に上昇した。これは2004年10月以来の高さである。ま た、同日に原油価格が139ドル/バレルの高値を更新したことから、ダウ株価は395ポイントも下落し、再びリセッションへの懸念が広まった。
6月6日の超短期予測では、4-6月期の実質個人消費の伸び率を前期比年率+0.7%、実質民間資本形成の伸び率を同+1.7%、実質在庫を同207億 ドルの減少と予測しており、急速な景気回復を期待することはできない。しかし、グラフにみるように、景気は5月の始めに底を打ち非常に緩慢ながらも回復に 向かっていると思われる。失業率が景気に対する遅行指数であり、5月の失業率上昇の主な理由が若者のサマージョブへの応募による求職者の増加であることを 考えれば、5月の雇用統計から米景気に対して過剰に悲観的になることはないだろう。
6月24日、25日に連邦準備理事会(FRB)のFOMCミーティングが開かれるが、FRBは金利を据え置くだろう。その理由としては、すでに十分な金利 引下げをしてきたこと、インフレを懸念せざるをえなくなったこと、そして還付税を中心とする1,680億ドルの家計、企業を通した景気刺激策が今年後半に は景気に好影響を与えてくると考えているからである。

[熊坂有三 ITエコノミー]

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