研究成果

research

今月のトピックス(2009年5月)

Abstract

<2009年度補正予算のマクロ経済への効果とその含意: アンケート調査に基づく検討>

【はじめに】
関西社会経済研究所(KISER)では、麻生内閣による経済危機対策についてアンケート調査(ウェブベース)を行い、5月13日に速報結果を報告した。一 方、5月20日発表された1-3月期の実質GDP(1次速報値)は前期比年率-15.2%と戦後最大の落ち込みとなった。これをうけて、KISERは26 日に日本経済の四半期見通しを発表する。これまで財政・金融政策の効果をマクロモデルのシミュレーションを通じて分析してきたが、より正確を期すために、 昨年以来、マクロ・ミクロの両アプローチから検討している。今回のアンケート結果のミクロ情報がマクロモデル分析に援用される。本コラムでは、先般発表し たアンケート調査結果を精査し再検討した結果から、その政策効果や含意に焦点を当ててみよう。

【アンケート結果の精査と政策効果の推計】
アンケート調査では、経済危機対策(補正予算)のうち、低炭素革命関連、(1)エコカー購入への補助、(2)グリーン家電普及促進、(3)太陽光発電システム購入への補助、(4)住宅などの購入にかかわる贈与税の減免などを取り扱った。
補正予算(財政政策)の効果により発生する需要の推計は、基本的にはアンケートによる回答率に母集団である世帯数(エコカーは保有台数)を乗じて計算し ている。1,000というサンプルから出来るだけ正確に母集団の行動を推計するため、速報発表後に回答率の精査を行うとともに母集団の選択にも注意を払っ た。さらに、政策に関係なく購入する予定者の割合から潜在的な需要を割り出し、それが業界の最近の販売量と大きく相違しないかチェックも行っている。
1.エコカー
今回の精査では、車を持っている人のうち(車歴13年以上90、13年未満631)、今後1年以内の車の購入予定がないと答え、さらに、新車購入の予定 はなかったがこの政策により新車を購入すると答えた人(車歴13年以上3、13年未満16)のみをカウントした。この比率を車歴13年以上、13年未満の それぞれの台数に乗じる。ちなみに、2008年3月末の乗用車登録台数は4,147万台(車歴13年以上817万台13年未満3,330万台)である。

スクラップ促進策とエコカー減税による追加的な需要創出効果は、合計、111.7万台となる。これに1台あたり200万円(インサイト、プリウスの最も安いランクの価格を参考とする)をかけると、約2兆2,334億円が政策効果となる。
2.グリーン家電
現在グリーン家電(テレビ、冷蔵庫、エアコン)のいずれも購入予定はないが、制度が実施されるならエコ家電を購入したいと答えた人の中で、それぞれのエ コ家電を購入すると答えた人のみが今回の政策による追加的購入の該当者とみなしている。全サンプルに対する割合は、テレビは8.5%、エアコンは 6.6%、冷蔵庫は7.0%である。この割合を2009年3月時点の世帯数(労働力調査)に乗じて追加需要を、さらに当該エコ家電の平均単価を乗じて金額 を推計している。エコ家電のうち、テレビとエアコンについては全世帯数を母集団としているが、冷蔵庫については2人以上の一般世帯を母集団としている。

グリーン家電普及促進策による追加的な需要創出効果は、合計、1,010.4万台となり、約1兆480億円が政策効果となる。
3.住宅用太陽光発電システム
2005年国勢調査によると、全世帯4,906万世帯のうち、持家一戸建の世帯は2,539万世帯である。全世帯数は、直近2009年3月時点には、 5,059万世帯になっている。全世帯数の伸び率から、直近の持家一戸建数は2,618万戸と推計できる(2,539×5,059/4906)。この世帯 数が補助金対象になる。補助金対象者のうち、アンケートで太陽光発電システムをぜひ設置したいと答えた人の割合(24/494=4.9%)をかけると、 128.3万戸となる。
これに実現可能性バイアスを考慮する。一戸建住宅を所有していると答えた人と太陽光発電システム補助金制度を利用したことがある、と答えた人の比率は 5.5%(=25/458)である。これに直近の持家一戸建推計数2,618万戸をかけると、142.9万戸となる。しかし実際には、1997-2005 年度の累積設置戸数は25.3万戸程度で利用実績は小さい(財団法人新エネルギー財団のデータ調べ)。すなわち、17.7%(=25.3/142.9)し か実際には設置されていないことになる。
これを修正係数とすると、アンケートベースの128.3万戸に17.7%をかけた22.7万戸が新しく太陽光発電設備を設置する戸数になる。結局、250万円/戸×22.7万戸=5,675億円が追加的な需要効果と推計できる。

最後に、贈与税制度の拡充による住宅投資創出効果をアンケートから推計しようとしたが、質問が正確に理解されていない可能性があり、今回は推計しなかっ た。グリーン家電や乗用車のような耐久消費財については、経済条件が多少変化しても購入意思が実現される可能性は高いが、住宅のような高額な買い物につい ては別物であると判断した。この政策の効果の推計には不確実性が付きまとうためである。

【アンケート結果の経済政策への含意】
以上の推計結果は、速報の段階よりはスケールダウンされたが、われわれは経験上確度の高い結果であると考えている。低炭素革命関連の補正予算により、民 間最終消費支出に3兆8,489億円の追加需要が2009年度に発生すると考えられる。2008年度の民間最終消費支出は290.6兆円であるから、民間 最終消費支出を1.3%引き上げることになる。経済全体では0.7%程度の引き上げとなろう。
もっともこのアンケートは4月時点での経済情勢にもとづく消費者の追加需要を推計していることに注意しなければならない。最近発表されている夏のボーナ スの予測を見れば、前年比20%程度の減少を避けられないようである。大型の耐久消費財(big ticket items)の購入にはボーナスが決定的に重要である。これからは所得制約が強まることがはっきりしているから、ここで示した推計には上方バイアスがか かっている可能性があることを指摘しておこう。
最後に、低炭素革命関連の補正予算の効果で2009年度に発生する追加需要は2010年度には消滅することを忘れてはいけない。ちょうど消費税引き上げ の駆け込み需要と同じである。その結果、2009年度には民間最終消費支出は成長促進要因となるが、2010年度には0.7%程度の抑制要因に転じるので ある。仮にその部分を世界経済の回復による外需が相殺してくれれば、日本経済は大不況からうまく脱出できることになる。結局、外需頼みの回復といえよう。 景気回復はダブルディップ型になる可能性が高いことを指摘しておこう。 (稲田義久・入江啓彰)

日本
<4-6月期日本経済、楽観は禁物>

5月20日に発表された1-3月期GDP1次速報値によれば、同期の実質GDPは前期比-4.0%、同年率-15.2%と前期(-14.4%)を上回る 大幅なマイナスとなった。下落率は戦後最悪となり、昨年4-6月期以来4四半期連続のマイナス成長を記録した。この結果、2008年度の成長率は -3.5%となった。実績は直近の超短期モデル予測(支出サイドモデル、主成分分析モデルの平均値:-17.4%)やマーケットコンセンサス予測(ESP フォーキャスト:-15.9%)を小幅下回る結果となった。超短期モデル予測の動態を見れば、2月の月次データが利用可能となった2月末の予測において は、すでに-14%程度の大幅な成長率予測へ下方シフトが起こっている。超短期予測は2ヵ月程度早く大幅落ち込みを予測できたことになる。
1-3月期の成長率が戦後最大の落ち込み幅となった主要因は、輸出の急激な落ち込みと低調な民間需要(民間最終消費支出と民間企業設備)である。日本の 景気の落ち込み幅は、他の先進国、米国(年率-6.1%)やEU(約年率-10%)のそれを大きく上回っている。これは、輸出に大きく依存した日本経済成 長モデルの脆弱性を引き続き示したことになる。
ただ、3月には生産や輸出が前月比でプラスに転じたことにより、マーッケトでは4-6月期は前期比でプラス成長になる可能性がささやかれている。
1-3月期のGDPを更新した今週の支出サイドモデル予測によれば、4-6月期の実質GDP成長率は、内需と純輸出が引き続き縮小するため、前期比-1.9%、同年率-7.5%と予測される。前期よりマイナス幅は縮小するものの依然としてマイナス成長が続くとみている。
4月の多くのデータが利用可能ではなく、予測モデルでは時系列モデルによる予測値を用いているため、今回のようにほとんどデータが急激な下方トレンドを 示している状況では転換点の予測は後ずれする。4月のデータが利用可能となれば、実質GDP成長率のマイナス幅が縮小することは予想できるが、プラスに転 じるかについては次回の予測を待ってみたい。プラス要因として補正予算の効果が期待できるが、新型インフルエンザ等マイナスの要因もあるからである。

[[稲田義久 KISERマクロ経済分析プロジェクト主査 甲南大学]]

米国
米景気に対して注意深いながらも楽観的な見方が広まってきた。最も良い例は5月5日のバーナンキFRB議長の議会両院経済委員会での証言である。彼は  ”昨年秋以降の急激な景気悪化のペースがかなり緩やかになってきた”とコメントをし、景気が2009年4-6月期において安定化することを示唆した。確 かに、最近の新規失業保険申請件数の増加はピークを打ち、雇用減少の緩和、製造業の平均週労働時間の上昇、NAHB(全米住宅建設業者協会)住宅市場指数 の1月以降の反転している。景気後退の象徴となっていた労働市場・住宅市場のこれ以上の悪化が止まる兆候をみて、マーケットは彼の証言を受け入れている。
市場エコノミストの4-6月期経済成長率の予測は-0.5%から-1.5%の範囲にある。これは今週の超短期モデルの予測値と近い(前期比年率-1.1%)。
景気判断するのにトレンドが重要である。ミシガン大学の消費者コンフィデンス指数、特に将来指数は2月の50.5から急速に上昇し始め、6月には 69.0にまでなっている。グラフが示すように、超短期モデル予測も3月6日の予測から4月24日の予測まで、4-6月期実質GDP伸び率の予測値が緩や かな上昇トレンドを示し、米景気の安定化を示していた。しかし、5月1日以降になるとこれまでの緩やかな上昇トレンドが急速に下降トレンドに転換し始め た。超短期モデルの予測が景気の転換点を示すのに少なくとも市場より1ヵ月早いことが理解できる。今後の超短期予測にもよるが、おそらく1ヵ月後には、” 第2四半期における景気安定化”という注意深い楽観的な見方が幾分悲観的な見方に変わる可能性が高い。

[[熊坂侑三 ITエコノミー]]

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