研究成果

research

今月のトピックス(2008年10月)

Abstract

<金融危機は世界恐慌につながるか?>

今月の米国経済や日本経済の見通しが示すように、世界経済は米国発の金融危機により同時不況局面に突入したかのようである。2008年初に 14,691.41円からスタートした日経平均株価は9月25日にはまだ12,000円台を維持していたが、10月1日以降、8営業日連続で下落し10日 には8,276.43円まで急落した。震源地の米国では、10月の第2週だけでダウ平均株価は1,874ポイント下げ、18%の下落と1週間での下落率は 過去最悪となった。まさに金融市場はパニックである。

しかし、われわれは、世界経済が長期の同時恐慌に突入するとは考えていない。世界経済は、太平洋をまたいで不均衡となっている貯蓄投資構造のリバランス過 程にあり、この調整過程はしばしば荒いものとなろうが、決して底割れすることはないと見ている。すなわち、中国やインド経済は減速が予想されているものの 世界経済のアンカーとなり、不況の深化を緩和させてくれると見ているからである。
バブル崩壊後の日本経済の例が示すように、確かに米国経済の低迷がしばらく続くのは不可避である。住宅価格が更に下落し、ストック調整が進み、民間貯蓄率が上昇する形で、新たな均衡経路に向けての調整が進むであろう。
米国発の金融危機がグローバルになり世界経済にとって深刻になった今、日本を除く世界の主要な中央銀行は10月8日にそれぞれ政策金利を50ベーシスポイ ント(0.5%)引き下げ、金融危機への協調姿勢を示した。これには市場は冷たい反応を浴びせたが、10日、11日にワシントンで開かれたG7ミーティン グにおいて、各国蔵相・中央銀行総裁は、グローバルな経済成長を維持するために、信用の流れを回復し、金融市場を安定させるために協調政策をとることに同 意、5項目からなる行動計画を発表した。市場がどの程度これを評価し、またどの程度金融危機の解決に役立つかは不透明であるが、株価のfree fall(暴落)は一旦下げ止まるであろう。
このように世界各国が危機にすばやく対応し、また世界経済の懐が大きくなっている点は、過去の大恐慌時と決定的に異なる。BRIC’sを中心に発展途上国 の内需を中心とした発展が世界経済を支えるであろう。今月の中国経済見通しで述べられているように、中国政府は、他国経済が減速するなか中国経済が安定を 維持することが決定的に重要であることを十分理解している。中国は必要であるなら経済活動を刺激する財政金融政策を実施するであろう。実際、十分な外貨準 備の蓄積を国際的な金融危機に対して柔軟に利用できるであろう。
もう1つのプラス材料は原油価格の下落である。2007年に2倍となり2008年前半には高止まりしていた原油価格は、景気減速とファンドの手仕舞いにより現在70-80ドルで推移している。今後も下落基調で推移すれば、企業や消費者のマインドが回復してくるであろう。

日本
<7-9月期経済、2期連続のマイナス成長の可能性高まる。戦略的な景気刺激策が必要>

今回の超短期予測では、8月のデータと9月の一部のデータが更新された。比較的好調であった7月に比して、8月は前月から大幅に悪化した。特に、生産が大 幅に低下し、雇用や民間消費にも悪影響が出てきたといえよう。8月の鉱工業生産指数は前月比3.5%低下し、下落幅は2001年1月以来の大きさとなっ た。輸送機械等の輸出関連業種の減産が影響しているようである。完全失業率は4.2%となり、前月から0.2%ポイント悪化。消費総合指数は前月比 0.2%低下し、2ヵ月ぶりのマイナスである。この結果、7-9月期日本経済は横ばいないしマイナス成長になる可能性が高まってきた。加えて、米国発の金 融危機は株価の暴落、円の対ドルレートの急騰により、年度後半も低成長を余儀なくされそうである。
日銀9月短観によると、大企業製造業の業況判断DIが2003年6月調査以来のマイナスとなった。原材料価格の高止まり、内外需の減速、加えて金融市場の 混乱の影響で業況判断は大きく悪化している。今回調査は、株価暴落や円レート急騰の影響を反映しておらず、先行き企業のセンチメントはさらに悪化しそうで ある。
今週の超短期(支出サイド)モデル予測によれば、7-9月期の実質GDP成長率は、純輸出の小幅拡大が内需の小幅縮小で相殺されるため、前期比+0.0%、同年率+0.1%と予測される。
7-9月期の国内需要を見れば、実質民間最終消費支出は前期比+0.3%となる。一方、実質民間住宅は同-3.5%と2期連続のマイナス、実質民間企業設 備は同-1.1%と3期連続のマイナスとなる。実質政府最終消費支出は同横ばい、実質公的固定資本形成は同-1.3%と減少する。このため、国内需要の実 質GDP成長率(前期比+0.0%)に対する寄与度は-0.1%ポイントとなる。
財貨・サービスの実質輸出は同0.5%増加し、実質輸入は同-0.4%と減少するため、純輸出の実質GDP成長率に対する貢献度は+0.1%ポイントにとどまる。
10-12月期の実質GDP成長率については、内需は小幅増加、純輸出は停滞するため、前期比+0.4%、同年率+1.5%と予測している。この結果、2008暦年の実質GDP成長率は+0.7%となろう。
主成分分析モデルは、7-9月期の実質GDP成長率を前期比年率-0.3%と予測している。また10-12月期を同+2.4%とみている。われわれは、こ の2週間、成長率予測をゼロないしマイナスと大幅に下方修正している。両モデル平均で見ると、7-9月期の実質GDP成長率は4-6月期の-3.0%に続 いてマイナス成長になる可能性が高くなってきた。すなわち、日本経済はリセッションに突入する可能性が高くなってきたといえよう。ただ、唯一のプラス材料 は原油価格の下落であり、これは企業収益の減少を下支えしよう。一方、実質所得の増加が期待されないなか、民間最終消費支出を落ち込ませないためにも、個 人所得減税はそれなりの意味を持つであろう。減税が実施される年度末には原油価格の下落から消費者のセンチメントが底打ちしている可能性が高いからであ る。減税以外では、予算制約のもと、バラマキではなく将来を展望した戦略的な支出が必要とされよう。

[[稲田義久 KISERマクロ経済分析プロジェクト主査 甲南大学]]

米国
<グローバル金融危機にG7は対処できるか>

米国の金融危機が実体経済にも影響を及ぼしてきた。グラフに見るように、10月10日の超短期モデルは7-9月期の米国経済成長率を前期比年率-1%程度 と予測している。しかも、インフレ率はGDP価格デフレーター、個人消費価格デフレーターでみると同+4%?+6%になるだろう。米国経済は7月半ば以 来、明瞭な下方トレンドを示している。
米国発の金融危機が世界経済にとって深刻になった今、世界の主要な中央銀行は10月8日にそれぞれ政策金利を50ベーシスポイント(0.5%)引き下げ、 金融危機への協調姿勢を示した。しかし、株式市場はこの協調政策に“ノー”をつきつけた。8日、9日とダウ平均株価は前日比それぞれ189ポイント、 679ポイント下げた。結局その週だけでダウ平均株価は1,874ポイント下げ、1週間での下落率は18%の下落と過去最悪になった。これに対して、その 2日後の10日、11日に開かれたG7ミーティングでは、各国蔵相・中央銀行総裁は、グローバルな成長を維持するために、信用の流れを回復し、金融市場を 安定させるために協調政策をとることに合意、5項目からなる行動計画を発表した。しかし、市場がこれをどの程度評価し、またどの程度金融危機の解決に役立 つかは不透明である。特に、EU諸国の協調行動が実際に行われるかについて疑問がもたれている。過去の例を見れば分かるように、統合に合意するのに30年 かかったように、EU諸国は簡単なことさえ合意するにも時間がかかるからである。
週明けの13日午前中の米株式市場を見る限り、市場は少なくともG7の行動計画にはポジティブに反応しているように思われる。しかし、この行動計画には具 体的な対策が含まれていないことから全く安心はできない。10月14日(現地時間)には、ブッシュ大統領が発表した金融機関への資本注入を柱とする金融安 定化策を発表したが、投資家の”Greedy(貪欲)”によるバブル化による資産価格の上値と、バブル崩壊後の彼らの”Fear(恐怖)”による資産価格 の底値を予測することは不可能である。

[ [熊坂侑三 ITエコノミー]]

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