研究成果

research

今月のトピックス(2008年5月)

Abstract

気になる米国経済回復パターン
日銀の展望レポートでの海外経済の見通し

日銀が4月に発表した「展望レポート」で示した記述のうち、注目されるのはスタグフレーションのリスクに言及した箇所である。上振れ・下振れ要因 の第2のポイントとして、エネルギー・原材料価格の動向について、「・・・国際商品市況が想定以上に上昇した場合には、各国でインフレ圧力の高まりにつな がるリスクがあり、その後の景気下振れ要因となるおそれもある。また、日本にとっては、海外への所得流出が増加することにもなり、企業や家計の支出活動に マイナスの影響を及ぼす可能性がある。」と、明確にスタグフレーションのリスクを指摘した。
また金融政策のあり方については、金融政策運営のバイアスを中立に戻した。スタグフレーションのリスクのもとでは、金融政策をはっきりと緩和方向に変化 させることは非常に難しくなるからである。このような政策環境の変化を日銀は不確実性の高い状況と修飾することで前回の「展望レポート」から海外経済の見 通しを事実上下方修正した。
“景気回復のアルファベットスープ”はどのパターンか?もっとも蓋然性が高いのはW字型回復
日銀は上振れ・下振れ要因の第1のポイントとして、海外経済や国際金融資本市場の動向を議論している。すなわち、米国経済の動向とサブプライム住宅ローン問題に端を発する金融混乱の帰趨である。
1-3月期の米国経済はかろうじてプラス成長(前期比年率+0.6%)を維持した。これまで、経済が不況に陥った際、不況からの四半期回復パターンについ て活発に議論されてきた。どの景気サイクルも同じではなく、それぞれの成長パターンには特色がある。2001年の不況の際には、トリプルV字型と特徴付け られた。米国では景気回復のパターンを特徴付けることを、ちょうどスープにアルファベットの形をしたパスタを入れることになぞらえて、”景気回復のアル ファベットスープ”という。今回は景気回復パターンの候補としては、V、U、W、L字型があげられている。
V字型回復については、最も可能性が低い。実際、すでに2四半期低成長が続いており、今四半期はマイナス成長が予想されるからである。U字型回復は蓋然性 の高いパターンである。直近のように原油価格(WTI)が120ドル/バレルを超えガソリン価格がさらに高騰すれば、所得税還付による減税効果が予想以上 に相殺され、民間消費が低迷し、年後半の成長回復が期待できない場合である。W字型回復は、現在一番蓋然性が高いとされている。2008年第2四半期に政 策減税が実施されるため、これが一時的に景気を押し上げるが、次四半期には政策効果が消滅するためである。L字型、これはU字型回復の極端なケースで景気 回復が非常に弱い場合である。
不況からの回復がどのようなパターンをとろうとも、2009年の経済成長は潜在成長のトレンドを下回る蓋然性は非常に高いと思われる。これはバブル崩壊後の日本経済の経験が教えている。

日本

1-3月期のGDP1次速報値は5月16日に発表される。同期の実質GDP成長率(前期比年率)の直近の市場コンセンサスは2.5%-3.0%程度であ り、今回は超短期予測と市場コンセンサスには大きな乖離はない。すなわち、5月12日の支出サイドモデル予測では、1-3月期の実質GDP成長率は、内需 と純輸出がバランスよく拡大するため、前期比+0.6%、同年率+2.6%である。
1-3月期の国内需要を見れば、実質民間最終消費支出は前期比+0.5%となる。実質民間住宅は同+14.6%と5期ぶりのプラスとなるが、実質民間企業 設備は同-1.6%となる。実質政府最終消費支出は同-0.2%減少、実質公的固定資本形成は同+0.4%となる。このため国内需要の実質GDP成長率 (前期比+0.6%)に対する寄与度は+0.3%ポイントとなる。
財貨・サービスの実質輸出は同+1.8%、実質輸入が同-0.2%となる。純輸出の実質GDP成長率に対する寄与度は+0.3%ポイントとなる。この結果、2007年度の実質GDP成長率は+1.8%と予測する。
1-3月期の成長率予測(前期比年率)を時系列的に遡ると、市場コンセンサス(ESPフォーキャスト調査)では、3-4月に、円高・株安の影響を受け成長 率予測が+1%以下へと下方修正されたが、超短期予測は+3%程度の比較的高い成長率を予測し続けてきた。その理由は、純輸出が前期に引き続き成長率を引 き上げ、民間最終消費支出が堅調で民間住宅が前期比プラスに転じる予測したためである。金融経済が急速に変化しても、実物経済のジャンプスタートはあり得 ないのである。金融経済の変化の影響はラグを持って実物経済に影響してくるのである。
すなわち、金融経済変調の影響は年後半に出てくるとみている。比較的好調な1-3月期経済も中身を見れば、慎重にならざるを得ない。特に、民間最終消費 支出はGDP統計では季節調整において閏年効果が反映されないためにかさ上げされている可能性が高く、実態はあまり強くないことだ。また民間住宅もこれま で縮小傾向にあった前年比マイナス幅が3月は再び拡大しており、要注意である。
主成分分析モデルでは、1-3月期成長率は前期比年率+3.1%、4-6月期を同-0.3%と予測している。ちなみに、支出サイドモデルによる4-6月 期の成長率は+1.6%である。この結果、両モデルによる1-3月期の平均成長率予測は同+2.9%、4-6月期は同+0.6%と予測している。日本経済 は 2008年央にかけ成長減速が明瞭となってきた。

[稲田義久 KISERマクロ経済分析プロジェクト主査 甲南大学]

米国

4月30日に2008年1-3月期の経済成長率(前期比年率:速報値)が+0.6%と発表された。ラリー・サマーズ、マーティン・フェルドスタイ ン、アラン・グリ?ンスパンやウォーレン・バフェットなど著名なエコノミスト、投資家が米経済は”ただいまリセッション中”と述べていたが、バーナンキ FRB(連邦準備理事会)議長も、これまでのアグレッシブな金融緩和策をみれば、彼らの仲間に入るだろう。グラフで見るように、景気は2月半ばから急速に 悪化し始めたことは事実であるが、支出・所得両サイドからの平均実質GDPの伸び率がゼロ%以下にならなかったことから、超短期予測は景気のスローダウン を認めるものの、彼らのようなマイナス成長を示唆する悲観的な景気判断はしなかった。このような急速な景気のスローダウンを、予測モデルを使わず直感に頼 るならば、深刻なリセッションを予測するのも無理はないかもしれない。しかし、彼らの金融市場、とりわけ株式市場へ与えた影響は大きかった。やはり足元の 景気判断には著名人の予測(ご託宣)よりも超短期モデル予測のような”Go by the Numbers”(数値的手法に基づく判断)が役立つと思われる。
FRBは同日のFOMCミーティングでFF(フェデラルファンド)の目標レートを2.25%から2.0%へ、公定歩合を2.5%から2.25%へ とそれぞれ25ベーシスポイント(0.25%)引下げた。公定歩合の引下げには10人のFOMCメンバー全員が賛成したが、FFレートの目標値の削減には 2人のメンバーが反対をした。今回の政策金利の引下げで、市場はこれまでの金融引下げ政策に一応終止符を打ったと考えている。4月30日の超短期モデル予 測では、4-6月期の成長率は0.5%、コアPCE(食料品とエネルギーを除く個人消費支出)価格上昇率は+2.4%と急速な景気回復は望めない一方、イ ンフレが幾分FRBの許容範囲(1%?2%)を超えると見込んでいる。まだ、サブプライム問題からの金融危機が完全に終息したわけでないことを考慮に入 れ、そしてこれから始まる所得税還付による景気刺激策の効果が未知数であるときに、無理に今回FFレートまで引下げ、金融緩和に終止符を打ったというイ メージを市場に与えなくてもよかったのかもしれない。もっとも、公定歩合の引下げだけで、市場が納得したかは別の話になるが。

[熊坂有三 ITエコノミー]

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