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「東日本大震災」の検索結果 [ 2/2 ]

  • 熊坂 侑三

    今月のエコノミスト・ビュー(2012年2月)

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     / DATE : 

    AUTHOR : 
    熊坂 侑三

    ABSTRACT

    <「学校年度」を考える?東大秋入学構想を受けて?>

    東大が学部の秋入学への全面移行を目指すという構想をまとめた。国際標準となっている秋入学に移行することで、国際化を進めることがねらいだ。海外から優 秀な学生を受け入れたり、逆に海外に送り出したり、また研究などで海外の大学との提携を促進するための有効な手立てとして秋入学は期待されている。
    私たちは、桜の季節の4月に学校年度と財政年度が同時にスタートすることをごく当然のこととして過ごしてきた。しかし、そのことは国際的に見るとほとんど 例外と言ってよいのだ。財政年度も図表1に見るように国によって違いがある。4月開始の財政年度をとる主要国は日本のほか、英国がそうであるが、学校年度 は9月始まりだ。そもそも学校年度が4月始まりという国はほとんど無く、国際的には学校年度と財政年度が一致していないのが普通なのである。


    学校年度や財政年度も重要な「制度」にほかならないが、「制度」が経済のパ フォーマンスに影響を与えることは経済学的にも疑いの余地はない。例えば、設備投資や人的投資(教育投資など)、技術進歩が中長期的な経済成長の要因であ るが、制度の違いがそれらの収益率に影響を与えるため、制度が経済成長を左右することになるのだ。
    人的投資による収益率が学校年度という制度によって大きく影響を受けている例を示そう。図表2は、1950年から2002年の間について、総出生数10 万人当たり何人のプロ野球選手数を輩出したかを生まれ月別に集計したものだ(このデータは、阪神球団の総合トレーニングコーチを務めたこともある中山悌一 氏の手による)。この図からは、4月生まれから生まれ月が遅くなるにつれてプロ野球選手になる確率が一貫して下がっていくことがわかる。4月生まれと3月 生まれとでは倍以上の開きがある。当然、4月生まれと3月生まれに能力の違いがあることなど考えられない。小学校低学年では1年間の体力や理解力の違いが 大きく、4月生まれの方がチャンスを貰いやすく、それが後々まで影響を及ぼすものと考えられる。すなわち、野球選手になるために同じ投資をしても本人の生 まれ月で収益率が変わってくることを意味しているのだ。わが国のプロ野球の場合、選手育成をほぼ全面的に学校や社会人のアマチュア野球に委ねているため に、学校年度の影響をとくに強く受けることになるのだろう。
    もちろん、仮に秋学期が学校年度のはじまりであったとしても、学校野球・社会人野球による育成システムがベースにある限り、10月生まれがピークになっ ただけだろう。しかし、ここで読み取りたいことは、制度というものは、われわれが考える以上に、人々の選択とその成果に様々な大きな影響を与えている可能 性があるということなのだ。現在の学校年度が国際化の抑制要因となってきたことを軽視することはできないと思うのだ。東大の秋入学の構想は、大学の国際化 にとどまらず、就職・雇用慣行、学校年度全体など日本の社会制度のあり方にも影響を及ぼす可能性があり、制度改革への問題提起としても大きな意味を持つと いえるだろう。

    [高林喜久生 マクロ経済分析プロジェクト主査 関西学院大学]

    日本
    <日本経済は踊り場を経て緩やかな回復軌道へ>

    2月13日発表のGDP1次速報値によれば、10-12月期の実質GDP成長率は前期比年率-2.3%となった。2期ぶりのマイナス成長となり、市場コン センサス(ESPフォーキャスト2月調査:同-0.4%)を大きく下回った。前年同期比で見ても-1.0%と4期連続のマイナスとなり、マイナス幅は前期 (-0.5%)より幾分拡大している。10-12月期のマイナス成長は、東日本大震災からの回復過程に海外経済減速(特にEUのマイナス成長)とタイ洪水 の影響が重なった結果と考えられる。したがって、マイナス成長は一時的であり今回は踊り場とみてよい。
    実際、10-12月期の実質GDPの中身を見ると、実質GDP成長率を最も押し下げたのは純輸出と民間在庫品増減であった。純輸出の寄与度は前期比年率 -2.6%ポイントと2期ぶりのマイナスとなった。一方、国内需要の寄与度は3期連続のプラスとなったが、前2期から大幅に低下し同+0.2%ポイントに とどまった。
    最終週(2月6日)における超短期モデル(支出サイド)の予測は同-2.7%と実績とほぼ同じ結果となった。超短期モデルの予測動態を振り返ると、 10-12月期の基礎月次データがまだ発表されない9月初旬の段階では、マーケットコンセンサスと同様+2%台半ばの成長率を予測していた。ところが、 10月のデータが発表され始める11月末には、-2%台の低成長へと予測はシフトした。以降、予測最終週まで-2%台の予測を継続しており、超短期モデル は2ヵ月程度早く正確に予測できた。一方、興味のあるのはマーケットコンセンサスの動向である。実績値が発表される直前には予測値は小幅のマイナスに転じ たものの、それ以前は一貫してプラス成長を予測していたことに注意。
    2月14日の(支出サイドモデルによる)超短期予測では、1-3月期の実質GDP成長率は、純輸出は引き続き縮小基調にあるが、内需の増加幅が拡大するた め前期比+0.3%、同年率+1.4%と予測する。この結果、2011年度実質GDP成長率は-0.5%となろう。一方、4-6月期の実質GDP成長率 は、純輸出の減少幅が縮小し内需の拡大ペースが維持されるため、前期比+0.6%、同年率+2.4%と予測する。復興需要も見込まれることから少なくとも 年前半は回復基調を維持しよう。
    1-3月期の国内需要を見れば、実質民間最終消費支出は前期比+0.3%増加する。実質民間住宅は同-4.0%減少するが、実質民間企業設備は 同+0.8%増加する。実質政府最終消費支出は同+0.4%、実質公的固定資本形成は同+11.6%となる。補正予算の効果が実感できる状況である。この ため、国内需要の実質GDP成長率(前期比+0.3%)に対する寄与度は+0.6%ポイントと前期から拡大する。
    一方、財貨・サービスの実質輸出は同+0.4%、実質輸入は同+2.4%増加する。このため、実質純輸出の実質GDP成長率に対する寄与度は-0.3%ポイントと前期からマイナス幅が縮小する。

    [[稲田義久 APIR研究統括・マクロ経済分析プロジェクト主査 甲南大学]]

    米国
    <雇用増、所得増、個人支出増の好循環の始まり?>

    2月4日の失業保険新規申請件数は358,000と大きく低下し、堅調な下降トレンドを形成している。今後の労働市場の改善が期待できる。また、グラフか らわかるように1-3月期の実質GDP成長率を所得サイドから見ると、1月の雇用統計更新の後3%程度にまで上昇している。夏の間、一時停滞した製造業、 非製造業も共にISM指数を見る限り、11月頃より再び上昇し始め、景気が再び回復してきたことを示している。このことは、ダラス連銀、カンザスシティー 連銀などの多くの地域連銀の製造業調査にも同じことが言える。支出サイドから予測した経済成長率が低いのは、11月、12月の輸入が非常に大きく伸び、そ れがARIMA予測に影響し1月-3月の輸入が過大に予測されていることが理由として考えられる。GDP以外の実質アグリゲート指標(総需要、国内需要、 最終需要)で見ると、1-3月期のそれらの実質成長率は2%?3%へと拡大してきている。今後、雇用の改善、所得増、個人消費支出増という好循環が生ま れ、持続的な経済成長の可能性がでてきた。
    しかし、連銀エコノミストの間では今もってハト派が優勢であり、ゼロ金利解除などは考えも及ばない。何しろ、政策金利の上昇を2014年以降と考えている 連銀エコノミストは17人中11人にも上る。今もって、シカゴ連銀のCharles Evans総裁などは更なる数量的緩和QE3を主張している。もちろん、タカ派のダラス連銀のRichard Fisher総裁は今の経済状態をみれば、ゼロ金利を維持する正当性は無いと主張している。同じタカ派のフィラデルフィア連銀のCharles Plosser総裁も今後3年近くも異常な低金利政策を維持すれば、連銀への信頼を失い混乱を招くと言い、いつものように金融政策はカレンダーによって決 まるのではなく、経済状況によって決まるものと主張しつづけている。ゼロ金利政策を長期間続けることにはインフレ期待の上昇ばかりか他のリスクもある。そ れは、革新をもたらすようなハイリスク-ハイリターンの投資がなされなくなる可能性である。これは、長期間低成長を続けると、高成長ができないと人々が思 うようになる”Moral Consequence of Economic Growth”に対して、”Moral Consequence of Monetary Policy”と呼べるのではないだろうか。すなわち、超低金利政策のもとでは、ローリスク-ローリターンの投資が多くなり、長期的な高い経済成長率を達 成することが難しくなる。

    [[熊坂侑三 ITエコノミー]]

  • 熊坂 侑三

    今月のエコノミスト・ビュー(2012年1月)

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     / DATE : 

    AUTHOR : 
    熊坂 侑三

    ABSTRACT

    <財政再建の議論では、成長を促進するためのエネルギー政策を最優先に>

    日本企業が海外競争相手に比して、経営環境で負っている大きなハンディキャップを「六重苦」と表現することが多い。(1)超円高、(2)高い法人税 率、(3)厳しい労働規制、(4)温暖化ガス排出抑制、(5)海外との経済連携の遅れ、(6)電力不足を指す。これらの多くは従来から指摘されているが、 (5)と(6)は東日本大震災以降に新たに加わったものであり、また(1)も新たなハンディに加えてもよい。
    今日、社会保障と税の一体改革が大きく議論されているが、財政再建だけの議論が中心で財政再建の中身と成長戦略がリンクしていないようである。特に、財政 再建は成長を促進するものでなくてはならない。全体として歳出削減自体は景気抑制的であるが、そのメニュー次第で成長促進的になり得ることを意識しなけれ ばならない。というのも、日本経済の現況は財政再建の実現するための許容度が大きく低下しているからである。その許容度を引き下げている要因の1つが、 「六重苦」のうちの電力不足であり、これが日本経済の大きな成長制約要因となっている。
    東日本大震災以降、日本経済は電力不足に直面してきた。これを回避するために節電に取り組み夏季には前年比で10%近くの電力需要削減を実現した。冬季に も引き続き節電が実施されている。一方、供給側ではこれまで電源構成(発電ベース)の3割近くを占める原子力発電が短期的にはほぼゼロになるという状況下 で火力発電が不足分を代替している。これは、日本経済に追加的な燃料コストが発生し、結果的には海外へ所得移転となる。つまり所得成長がこれまでより低下 し、担税能力が低下し、先行き財政再建をさらに困難にするのである。
    具体的に数字で見てみよう。2009年の原子力発電量は279,750百万kWhであるから、これを火力発電で全量代替すれば単純計算で年3.2兆円程度 の追加コストが発生する。平均代替コストはkWh当たり11.5円で計算している(2011年7月29日エネルギー・環境会議想定に基づく)。東日本大震 災以降(2011年4-11月累計)の貿易動向(通関ベース)を前年同期比で見ると、財輸出は1.7兆円減少し、財輸入は5.2兆円増加している。輸出減 には世界経済の低迷が大きく影響している。一方、輸入増のうち、鉱物性燃料輸入増は3.2兆円と輸入増の62%を説明しており、発電燃料代替によるコスト 増の影響が明瞭に見られる。
    世界経済の先行きを俯瞰すれば、足下米国経済は堅調であるが持続性に問題がある。EU経済はすでに不況下にあり2012年はマイナス成長が予想されてい る。したがって、日本にとってこの1-2年の輸出市場は成長抑制的である。一方、輸入はエネルギー政策に大きな変化がない限り、やはり成長抑制的である。 純輸出は当面日本経済にとって成長を引き下げる要因であることを強く意識しなければならない。現時点では2014年4月から消費税率8%への増税が政府の 議論では想定されているが、この増税議論にかける以上の労力を成長促進するための財政政策の議論に向けられなければならない。特に、先を見据えたエネル ギー政策が最優先順位である。
    以上の議論からはっきりするように、エネルギー政策の中心は(1)省エネルギーの促進(節電のみならず効率的な熱供給が重要)と(2)化石燃料起源のエネ ルギーから再生可能エネルギーへの転換とならざるを得ない。社会保障と税の一体改革による財政再建が実現されるには、経常収支が黒字であることが重要なポ イントとなるが、現状は厳しくその許容度が低下している。社会保障と税の一体改革による財政再建を進めるためには、成長戦略の議論と分離不可能であり、成長を促進するエネルギー政策とセットでなければならない。

    日本
    <10-12月期日本経済は米国とは対照的に低調なパフォーマンス>

    2012年新年を迎えたが、2011年10-12月期日本経済の超短期予測には前月と比較して大きな変化はない。また同期の米国経済の超短期予測(5%程度の高成長)とは対照的である。
    現時点では10-12月期GDPを説明する基礎データは公的固定資本形成や政府最終消費支出関連データを除き11月までがすでに発表されている。
    1月16日の(支出サイドモデルによる)予測では、10-12月期の実質GDP成長率は、内需は小幅拡大するが、純輸出は大幅縮小するため前期比 -0.5%、同年率-1.9%と予測する。日本経済は7-9月期の高成長(+5.6%)から一時的な踊り場へと局面を移すことになろう。一方、2012年 1-3月期の実質GDP成長率は、純輸出は横ばいに転じ内需の増加幅が拡大するため、前期比+0.6%、同年率+2.4%と予測する。この結果、2011 暦年の実質GDP成長率は-1.0%、2011年度は-0.7%となろう。12月予測と変化はない。
    10-12月期の国内需要を見れば、実質民間最終消費支出は前期比+0.2%へと減速する。実質民間最終消費支出をよく説明する消費総合指数を見れば、 11月は前月比-0.4%と2ヵ月ぶりのマイナスとなった。内訳を見れば、10月の耐久消費財(前月比+5.8%)、サービス支出(同+1.0%)はとも に好調であったが、11月は耐久消費財(同-4.0%)が大幅減少しサービス支出も横ばいとなったからである。この結果、消費総合指数の10-11月期平 均は7-9月期平均比+0.2%と減速したがマイナス成長とはならず意外と貢献している。実質民間住宅は同+2.7%増加するが、実質民間企業設備は同 -1.0%減少する。実質政府最終消費支出は同+0.5%、実質公的固定資本形成は同+0.7%となる。補正予算の効果がまだまだ実感できない状況であ る。このため、国内需要の実質GDP成長率(前期比-0.5%)に対する寄与度は+0.2%ポイントと小幅にとどまる。
    一方、財貨・サービスの実質輸出は同-5.3%減少し、実質輸入は同-1.4%減少する。このため、実質純輸出の実質GDP成長率に対する寄与度は-0.7%ポイントと景気を大きく押し下げる。
    米国経済の高成長持続可能性には問題があり、EU経済はすでに景気停滞に入っている現状では、日本経済にとって、当面は純輸出の低調が景気抑制要因となる。加えて補正予算の効果が意外と小さいとなれば、先行き日本経済のダウンサイドリスクはますます高まる。現時点では2011年度末にかけて一時的な踊り場と超短期予測は見ているが、ダウンサイドリスクが高まれば、日本経済は2012年前半に停滞局面に入る可能性に留意しておかなければならない。

    [[稲田義久 APIR研究統括・マクロ経済分析プロジェクト主査 甲南大学]]

    米国
    <いつまで続けられるかFRBのゼロ金利政策>

    1月13日予測では、米国経済(2011年10-12月期)は前週の予測(前期比年率5.1%)からは下方修正されたものの同3.9%(1月13日 予測)と堅調な拡大を続けている。下方修正には11月の貿易統計の影響が反映されている。GDP以外の実質アグリゲート指標をみても、米国経済の強い回復 が見て取れる。しかし、今もってQE3(第3次数量的金融緩和)の可能性を語るエコノミストもいる。FRBの中でさえ更なる金融緩和を支持するエコノミス トもいる。ニューヨーク連銀のWilliam Dudley総裁、ボストン連銀のEric Rosengren総裁、FRBエコノミストのElizabeth Dukuなどのハト派である。例えば、Dudleyは”frustratingly slow”な景気回復、”unacceptably high”失業率と言い、更なるモーゲッジ担保証券の購入を通して、住宅金利の引き下げを唱えている。一方、セントルイス連銀のJames Bullard総裁は景気回復はすでに力強く、これ以上国債を購入することによって長期金利を低下させ経済回復をサポートする必要はないと言う。
    5%にも達する経済回復の中で、何故更なる金融緩和策が必要なのであろうか?実際に住宅金利はすでに十分に低いし、これ以上引き下げてもそれによる住宅市 場の刺激には限界がある。むしろ、最近の新規・中古住宅販売件数を見る限り、住宅市場はまだ水準は低いが改善の方向に向かい始めた。金融当局にとって重要 なことは、できるだけ早く異常な低金利政策から正常な金利水準に戻ることである。これを行っていれば、今後欧州債務危機が悪化したとしても即座の対応が可 能になる。
    1月24日、25日とFOMCミーティングがある。1月27日には2011年10-12月期のGDPが発表される。このFOMCミーティング時には、 FRBエコノミストも同期の経済成長率が高くなることを認めざるをえないだろう。例えば、4%を超える経済成長率が可能になったにもかかわらず、FRBが 更なる金融緩和策の維持をできるだろうか? ハト派のエコノミストが多いFOMCにおいて、その可能性は高いといえる。しかし、現在のような強い経済拡大 が続く中で、FRBが異常なゼロ金利政策を何処まで続けられるのであろうか?連銀にとって重要なことは、今の力強い景気回復を認めそれが持続するようなコミュニケーションを市場と行うことが重要である。FRBが強引なゼロ金利政策に固執すれば、市場からの信頼を失うことになるだろう。

    [[熊坂侑三 ITエコノミー]]

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    2011年度マクロ経済分析プロジェクト特別研究(2012年2月)

    研究プロジェクト

    研究プロジェクト » 2011年度

    ABSTRACT

    (主査:稲田義久・甲南大学経済学部教授、高林喜久生・関西学院大学経済学部教授)

    当研究所のマクロ経済分析プロジェクトチームでは、在阪の大手企業・団体の若手スタッフの参加による研究会を組織し、稲田主査指導のもとマクロ計量モデ ルによる景気予測を行なうとともに、高林主査指導のもと時宜に適ったテーマを取り上げ、特別研究を実施している。2011年度は各メンバーが自らテーマを 設定し活動を進めた。

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  • 熊坂 侑三

    今月のエコノミスト・ビュー(2011年10月)

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     / DATE : 

    AUTHOR : 
    熊坂 侑三

    ABSTRACT

    米国やEUの政治的な機能不全(Japanization)や政策失敗リスクの高まりに加え、連日の悪い経済ニュースでマーケットは混乱している。著名な 経済学者や多くのエコノミスト達は世界経済が不況に陥る可能性が急速に高まっており、リーマンショックのような大不況再来となる可能性もあるとコメントし ている。
    特に米国とEUの不況入りの確率は高いとみられている。市場の不確実性が急速に高まり、これが金融機関、企業、消費者の態度を用心深くさせているからだ。 ただ景気の落ち込みは深くはないであろう。何故なら在庫が大幅に積み上がり資本設備の過剰感が急速に高まるとい状況ではないからだ。7-9月期については 米国やEU経済はマイナス成長を避けることができよう。今月の米国経済超短期予測が示すように緩やかな回復の可能性が高まっている。にもかかわらず、市場 の不確実性が急速に高まることから(各経済主体の用心深さが高まり)、数ヵ月後には米国、EU経済は不況入りすると予測されている。というのも、米国では 雇用の増加トレンドが大きく減速しており、この結果、消費者心理は過去30年で最も以上の低い水準にまで落ちている。これは民間消費にとっては強力な逆風 である。また足下(9月)のEUの製造業購買担当者景況指数(PMI)は50を割り込んでいる(不況を意味する)。このような経済ニュースは市場の不確実 性を高め、加えて、緊縮財政と欧州債務問題、エネルギー価格の高止まりが、米国とEUの金融機関、企業、家計の行動を押し並べて圧迫するからだ。
    このような理由で米国とEU経済の不況入りの見方が高まっている。その確率をイメージ的に示せば、緩やかな景気回復の可能性が50%を下回り、不況入りの 確率が50%を上回っている状況といえよう。また不況入りの確率のうちリーマンショックのような厳しい不況の確率は高くはないものの徐々に高まってきてい るのが特徴といえよう。
    一方良いニュースは、日本経済はサプライチェーンの復旧による輸出・生産の回復と今後の補正予算の効果で比較的高い成長が期待され、中国やその他アジア経済では減速するものの引き続き高成長が期待されることである。
    世界経済の先行きは今しばらく混乱の時代となろう。今月の米国超短期予測コラムが述べているように、中央銀行は限られた政策手段の中、市場・消費者とのコミュニケーションを上手くすすめ、市場の用心深さを反転させ、景気回復を本格化させることが重要である。

    [稲田義久 KISER所長・マクロ経済分析プロジェクト主査 甲南大学]

    日本
    <足下は急速な景気回復、先行きは厳しさを増す>

    10月3日発表の日銀9月短観によると、サプライチェーンの復旧による輸出・生産の回復と地デジ移行前の駆け込み需要により、企業の景況感は前回調 査から大きく改善した。最も注目される業況判断指数(DI)は、大企業製造業で+2となり、前回調査から11ポイント大幅改善した。また大企業非製造業 DIも前回から6ポイント改善し+1となった。一方、中小企業の業況判断DIは、製造業で-11と前回調査から10ポイント、非製造業では-19と前回か ら7ポイントそれぞれ改善した。経済活動水準はほぼ震災前に戻りつつあり、今回の落ち込みは東日本大震災による一時的な落ち込みであることを調査結果は示 唆している。ただ景気の先行きについては、これまでの復興事業は遅れており、超円高の定着、加えてグローバル経済の減速懸念が高まっていることから、企業 は比較的厳しい見方をしている。
    超短期予測の足下の見方は9月短観の見方と整合的である。今週の(支出サイドモデルによる)予測では、7-9月期の基礎データのうちほぼ8月までの分が更 新されている。その結果、7-9月期の実質GDP成長率を、内需は引き続き拡大し、純輸出も増加に転じるため前期比+1.4%、同年率+5.9%と予測す る。また10-12月期の実質GDP成長率を、内需は引き続き拡大するが純輸出は縮小するため、前期比+0.6%、同年率+2.5%と予測する。この結 果、2011暦年の実質GDP成長率は-0.4%となろう。ちなみに、市場コンセンサス(ESPフォーキャスト10月調査)は7-9月期同+5.33%、 10-12月期同+2.30%である。
    実際、7-9月期の国内需要を見れば、実質民間最終消費支出は前期比+0.7%と比較的堅調である。実質民間住宅は同+8.2%、実質民間企業設備は 同+1.9%増加する。実質政府最終消費支出は同+0.6%、実質公的固定資本形成は同+3.2%となる。このため、国内需要の実質GDP成長率(前期 比+1.4%)に対する寄与度は+1.3%ポイントと内需の貢献が大きい。
    一方、財貨・サービスの実質輸出は同+5.4%増加し、実質輸入は同+5.9%増加する。このため、実質純輸出の実質GDP成長率に対する寄与度はプラスに転じるものの+0.2%ポイントと小幅にとどまる。
    一方、主成分分析モデルによれば、7-9月期の実質GDP成長率を前期比年率+5.8%と支出サイドモデル予測とほぼ同じ結果となっている。ただ 10-12月期については同-0.1%と支出サイドモデルより厳しい予測結果となっている。このよう、支出サイド、主成分分析、両モデルとも、先行きにつ いては景気の減速を予測している。先行きについては、第3次補正予算、超円高、グローバル経済の動向が重要で、予断を許さない状況となっている。

    [[稲田義久 KISER所長・マクロ経済分析プロジェクト主査 甲南大学]]

    米国
    <緩慢な景気回復を示し始めた米国経済>

    グラフに見るように、景気は7月の半ばから8月の半ばまで急減速し、市場もリセッションを懸念しはじめた。今もって、かなりのエコノミストがダブル ディップ・リセッションを懸念している。しかし、超短期モデルでは支出サイドから予測した実質GDP成長率が7月半ばから8月半ばに底を打ち、その後上昇 トレンドを形成している。更に、所得サイドから予測した実質GDP成長率も約1ヵ月遅れで底を打ち、その後同じように上昇トレンドを形成し始めた。これは 超短期モデルによる典型的な景気回復の(予測)パターンである。
    10月14日の超短期予測では、支出サイドからの7-9月期実質GDP成長率(前期比年率)が2.2%となったことから、10月27日に発表される同期の 実質GDP成長率(速報値)が2%を超える可能性もでてきた。実質総需要、国内需要、最終需要の予測も9月半ばから上昇トレンドを形成し、景気が底を打ち 回復し始めたことを示している。しかし、今週の超短期予測ではそれらの成長率は1.0%?2.0%の範囲にあり、極めて緩やかな景気回復と言える。すなわ ち、リセッション懸念は薄らぎ、景気はポジティブなモメンタムを示し始めたことを、超短期予測は示唆している。
    このように景気が緩やかに回復し始めたものの、消費者心理は非常に弱い。10月14日に発表されたミシガン大学の消費者センチメントの期待指数は過去30 年以上の低い水準にまで落ちている。それゆえ、FRBはこの景気回復のモーメントをうまく捉え、市場と消費者にうまくコミュニケートし彼らの景気回復への 信頼を高めることが必要である。バーナンキFRB議長は10月4日の上下両院の合同経済委員会における「景気見通しと最近の金融政策」の証言において”景 気回復が”close to faltering”とコメントをして、景気回復に非常に悲観的な見方を示した。10月12日に公表されたFOMC議事録をみても、FRBはこれ以上景気 が悪くなった時の対策を議論している。今、FRBにとって大事なことは市場と消費者に景気回復への信頼感を高めるためのコミュニケーションをうまくとるこ とである。例えば、バーナンキ議長はすぐにも”close to faltering”の見方を打ち消し、“緩やかながらも景気は回復し始めた”と訂正することである。すぐに、ハロウィン、サンクスギビング、クリスマス とホリデーシーズンに入るのであるから、FRBはこれまでの景気への悲観的な見方から注意深い楽観的な見方に転じ、市場・消費者とのコミュニケーションを 上手くすすめ、ゆっくりと始まった景気回復を本格化させることである。

    [ [熊坂有三 ITエコノミー]]

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    2011年版関西経済白書「つながる関西パワーで新たな日本へ」(2011年9月)

    研究プロジェクト

    研究プロジェクト » 2011年度

    ABSTRACT

    財団法人関西社会経済研究所はこの度、「2011年版 関西経済白書?つながる関西パワーで新たな日本へ」を発行しました。

    2011年版白書は、3部構成になっており、第Ⅰ部は「日本経済、関西経済の見通しと課題」と題し、日本及び関西経済を解析するとともに、東日本大震災からの復興に向けての関西の役割を述べています。
    第Ⅱ部は、「新たな社会へ関西産業の力」と題し、関西発展のための「民」の方向性として、関西の設備投資と医療産業に焦点を当てて分析しています。
    第Ⅲ部では、「自治体改革先進地域・関西」と題し、関西発展のための「官」のありかたを、自治体運営と地域成長政策の2つの側面から分析、記述しています。

    ●第Ⅰ部 日本経済、関西経済の見通しと課題
    第1章 日本経済の動きと関西経済?復興における関西経済の役割?
    第2章 日本及び関西経済が抱える構造的課題から
    特集1 民主党政権の税制改革

    ●第Ⅱ部 新たな社会へ関西産業の力
    第3章 新たなグローバル時代への企業投資
    第4章 医療先進地域・関西を目指して
    特集2 KANSAIグリーン・イノベーション

    ●第Ⅱ部自治体改革先進地域・関西
    第5章 関西自治体運営のゆくえ
    第6章 関西成長に向けた地域デザイン
    資料編 データでみる関西

    2011年9月7日発売
    定価2,500円(税込み)

    政府刊行物センター及び関西の大手書店(旭屋書店、紀伊国屋書店、ジュンク堂書店など)で発売。

  • 熊坂 侑三

    今月のエコノミスト・ビュー(2011年8月)

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    インサイト » コメンタリー

     / DATE : 

    AUTHOR : 
    熊坂 侑三

    ABSTRACT

    <国債の格付けを考える>

    8月5日、米国格付け会社のスタンダード&プアーズ社(以下S&Pと略す。また本文中で示される格付けは、全てS&Pによる格付けであ る)が、米国債の格付けを最上位の「AAA」から「AA+」に一段階引き下げた。これは史上初のことであり、金融市場は混乱している。米国は世界一の大国 であり、米ドルは世界経済の基軸通貨である。今その米ドルの信認が大きく揺らいでいる。「世界一安全な金融資産」と考えられてきた米国債の格下げが世界経 済に与える影響は小さくない。格付けは信用リスクを示す一指標に過ぎないが、マーケットが判断材料にする以上無視することはできない。
    格付けにおいて最も評価を下げているのはギリシャ国債である。2011年に入ってから既に計4度、「BB+」から「CC」にまで、8段階も引き下げられている(以下、格付けはいずれも自国通貨建て長期国債、7月31日現在)。

    日本国債の格付けは、現在、最上位から4番目のランクの「AA-」である。かつては日本国債も「AAA」であったが、2001年2月から2002年4月 にかけて3回にわたり格下げされ「AA-」となった。その後、小泉政権の下で行われた財政再建が評価され、2007年4月に「AA」に格上げされたが、今 年2011年1月に再び「AA-」に格下げとなっている。また4月には東日本大震災による財政負担増が懸念され、アウトルックが「安定的」から「ネガティ ブ」に変更された。
    国債は無担保であるが、事実上、家計や企業の担税力を担保に発行されている。すなわち国がデフォルトの危機に瀕した場合には、企業に対して増税してファイナンスするという手段がある。このため、国債の格付けは原則として国内事業会社の社債格付けの天井になる。
    国内の社債の格付けに目を転じると、大震災の補償が巨額になることを受けて東京電力の格付けが大幅に下げられている。また東電以外の電力会社の格付けも原 発の稼働率低下による業績悪化から低下傾向にある。債券の格付けは国や企業の信用リスクのみを見ており、成長力や社会的評価などは見ない。例えばソフトバ ンクの社債の格付け(BBB-)よりもNTTドコモの社債の格付け(AA)の方がはるかに高い。

    さて、日本国債の格付けは、政府債務残高対GDP比率からすると、むしろ高い格付けで踏みとどまっているようにも思える。2011年の日本の同指標は 212.7%にも達し、OECD加盟国中最悪である(数値はOECD Economic Outlook 2011による)。前述のギリシャの同指標は、157.1%と日本よりも低い。これは、日本国債が、潤沢な国内貯蓄によってファイナンスされていることが 大きな安定要因となっているためである。また、消費税率が低く増税の余地がある、と見られているとも考えられる。IMFは日本に対して、財政再建のため消 費税率を15%にまで引き上げることを要請している。
    国債が格付けされることは国民経済全体としての担税力の評価に加え、国の財政運営力も格付けされることを意味する。国が財政再建の道筋を明確に示すことが国債格付けの改善にもつながり、国内企業の信用力の天井を高めることになろう。

    [高林喜久生 マクロ経済分析プロジェクト主査 関西学院大学]

    日本
    <7-9月期経済は内需と純輸出が拡大し5%を上回るプラス成長>

    8月15日発表のGDP1次速報値によれば、4-6月期の実質GDP成長率は前期比年率-1.3%となった。3期連続のマイナスであるが、市場コンセンサ ス(ESPフォーキャスト8月調査:前期比年率-2.80%)を上回る結果となった。最終週における超短期モデル(支出サイドモデルと主成分分析モデル) の平均成長率予測は同-2.5%と市場コンセンサスに近かった。うち、支出サイドモデル予測は同-1.0%、一方、主成分分析モデル予測は同-4.0%と なった。われわれが重視している支出サイドモデルの予測値はほぼ実績と同じ結果となった。

    グラフ(予測動態)からわかるように、震災の影響が色濃い4月データが更新された6月初旬の超短期予測は、4-6月期の実質GDP成長率を前期比年率 -6%台と予測していた。しかし、5月のデータが更新された6月下旬から7月初旬にかけて、予測は-4%台に上方修正された。以降、超短期予測は明瞭な アップトレンドを示し、6月データが出そろう8月初旬にはマイナス幅は大きく縮小した。四半期ベースでは3期連続のマイナスだが、月次ベースでみれば 3?4月の大幅な落ち込みは、5月以降に明瞭に持ち直しに転じている。このことから、日本経済は5月に震災の落ち込みから反転したといえよう。
    4-6月期のGDP1次速報値を反映した今週の超短期予測(支出サイドモデル)は、7-9月期の実質GDP成長率を、内需は引き続き拡大し、純輸出も増加に転じるため前期比+1.3%、同年率+5.2%と予測する。また10-12月期の実質GDP成長率を、内需の拡大幅は縮小するが純輸出は引き続き拡大するため、前期比+0.5%、同年率+2.1%と予測する。この結果、2011暦年の実質GDP成長率は-0.3%となろう。
    7-9月期の国内需要を見れば、実質民間最終消費支出は前期比+0.1%となる。実質民間住宅は同+0.2%、実質民間企業設備は同+3.7%増加する。 実質政府最終消費支出は同+0.7%、実質公的固定資本形成は同+5.5%となる。このため、国内需要の実質GDP成長率(前期比+1.3%)に対する寄 与度は+0.9%ポイントとなる。
    財貨・サービスの実質輸出は同+6.5%増加し、実質輸入は同+5.6%増加する。このため、実質純輸出の実質GDP成長率に対する貢献度は+0.4%ポイントとなる。
    このように、日本経済は年後半にかけて内需の拡大、純輸出のプラス反転により、景気回復のモメンタムは非常に強いといえよう。10兆円程度と想定される3次補正予算の今後の効果にも期待が持てる。これに対して、ダウンサイドリスクは、世界経済のスローダウンによる輸出の減速、電力供給制約を回避(原発停止分を火力発電で代替する)するための燃料輸入の追加的増加が懸念される。追加的な燃料輸入は年3兆円を上回ると予測(第88回景気分析と予測を参照)されており、今後、純輸出の減速・反転が要注意である。

    [[稲田義久 KISER所長・マクロ経済分析プロジェクト主査 甲南大学]]

    米国
    <米経済のリセッションリスクは政策当局にある>

    グラフ(米国経済超短期予測の動態)からわかるように、超短期予測は7-9月期における景気のスローダウンを予測し、FRBによる今年前半の景気の一時的 なスローダウンという見方を楽観的とみていた。実際に、8月9日のFOMC声明で今の景気のスローダウンが連銀の当初予想していた経済成長率よりもかなり 低いことを認めた。今度は逆に2013年中頃までのスローな経済動向を予想し、今までの異常な低金利をこの先約2年も継続することをこのFOMC声明で言 及している。経済というのは、常にジグザグに動きながら、一定のトレンドを形成していく。すでに、数回あった出口戦略の機会を見逃してきた上に、今度はこ の先2年間の金融政策の自由度を狭めてしまった。同グラフに見るように、7-9月期の景気は確かにスローダウンしてきたが、7月の中頃から上昇トレンドに 転換している。現時点の実質GDP伸び率は需要・所得両サイドの平均実質GDP成長率伸び率は前期比年率‐1.0%程度であるが、その他の実質アグリゲー ト指標(総需要、国内需要、国内購入者への最終需要)はGDPと同じように、7月半ばから上昇トレンドに転換し、今の時点ではそれらの指標は 1.5%?3.0%の伸び率になっている(グラフ「実質アグリテート指標の予測動態」参照)。
    8月2日の米債務上限引き上げ法案が成立した後、米経済への楽観的な見方が生じるはずであった。しかし、民主・共和党のリーダーシップの欠如から、政治家 はほとんど恒例とも言える債務上限引き上げ法案を来年の選挙目的に利用した。このことから、米国債のデフォルト懸念が声高に強調されるようになり、米経済 があたかもギリシャ経済、イタリア経済と同様と市場は捉えるようになった。今回の債務上限引き上げ法案に対する政治家のリーダーシップの欠如は、今後の財 政政策からの景気刺激策を非常に難しいものとしてしまった。
    現状、実質GDPでみた米国の経済成長率は低いが、自律的な回復基調にある。しかし、リセッションへのリスクは財政・金融当局の政策に対する自由度の喪失 である。更に、最近では著名なエコノミストがやたらにダブルディップリセッションを懸念する傾向にある。正直言って、この1,2年の彼らのダブルディップ リセッション懸念は外れているが、彼らの市場に与える心理的な影響は大きい。エコノミストの仕事はリセッションを予測することではなく、リセッションを回 避する方向へ導くことにあるのだが、何故か悲観的なコメントをするエコノミストが多くなった。一つには、リセッション予測が外れても、あまり責められるこ とはないからだろう。

    [ [熊坂有三 ITエコノミー]]

  • 熊坂 侑三

    今月のトピックス(2011年6月)

    インサイト

    インサイト » コメンタリー

     / DATE : 

    AUTHOR : 
    熊坂 侑三

    ABSTRACT

    世界経済の見通しについて、足元の景気は一時的な停滞にとどまるという見方が増えつつあるが、先行きについては景気のダウンサイドリスクを強調する傾向 が高まっている。足元の見方の背景には米国と日本経済の下方修正があり、実際、4-6月期の日米の超短期予測はこの見方を支持している。
    確かに先行きのダウンサイドリスクは高まりつつあるが、足元の停滞は二番底に陥るのではなく一時的な軟化(ソフトパッチ)にとどまろう。2011年後半 に日本経済は急速に回復するであろうし、米国経済も原油価格の軟化が続くことにより民間消費や設備投資を支え成長は年前半から幾分か加速するものとみてい る。
    世界経済が直面するダウンサイドリスクとして、これまで3つの要因に注目してきた。(1)緊縮財政、(2)原油価格の高騰、(3)東日本大震災の影響で ある。世界経済にとって3つの逆風のうち(2)の要因は幾分緩和されてきたし、(3)のうちサプライチェーンの混乱も急速に改善されつつある。いまや主要 なダウンサイドリスクは、緊縮財政、債務問題に対する不確実性の高まりである。逆に、アップサイドリスクとしては、原油価格が低下することから家計のバラ ンスシート制約が緩和し、加えて企業の潤沢なキャシュフローから民間消費ならびに設備投資が堅調に推移することを指摘できる。
    当研究所では日本経済の四半期予測を定期的に発表しているが、その際、外生変数として海外経済、特に、米国、EU、中国経済の動向に注目している。簡単に地域の見通しをスケッチしておこう。
    米国経済:米国超短期予測が見ているように2011年前半の米国経済の成長率は2%程度の低成長にとどまるものと考 えられるが、景気の二番底(ダブルディップ・リセッション)は避けられよう。原油価格の低下でインフレが落ち着くことにより潜在的な需要(家計消費と企業 設備)が出てこよう。また輸出も期待できる。
    EU経済:足元、EU経済にとって最大の試練はギリシャ問題である。短期的にはギリシャへの資金供与は見込まれる (すなわち、デフォルトは回避できる)が、長期的には資金の需給ギャップをどのように埋めるかの道筋は立っていない。金融機関のリスク許容度が低下した場 合は、景気へのダウンサイドリスクは高まる。
    中国経済:最近の中国経済は民間企業部門ですでに軟化の兆しが見られる。不動産価格の過熱感は十分とは言えないが収 まりつつあり、5月の貨幣供給の伸びは2008年以来の低い値となった。しかし、同月の消費者物価指数でみたインフレ率は前年比+5.5%を記録し、政府 の目標値を上回っている。このため、すでに高い銀行の支払準備率は今後も引き上げられよう。一方で、工業生産や都市部固定資産投資は堅調である。そのた め、中国経済のハードランディングは避けられようが、年後半の経済は減速基調となろう。
    日本経済は、2011年後半に輸出の供給制約が緩みまた復興需要の効果が出てくることにより、急速に加速するとみている。しかし、先行きのダウンサイド リスクが高まりつつあることから、輸出の供給制約が解消できたとしても、順調に輸出が成長のドライバーとなるとは限らないのである。(稲田義久)

    日本
    <4月データは反転回復を示すが、4-6月期経済は依然マイナス成長>

    6月20日の予測では、多くの4月データが更新されている。データの多くは前月比でプラス反転して回復のスピードを速めているが、3月の落ち込みが大きいため水準は1-3月期平均より相当低いことに注意が必要である。
    例えば、4月の鉱工業生産指数(確報値)は前月比+1.6%上昇し、前月の大幅落ち込み(同-15.5%)から反転した。しかし、4月の実績は1-3月 期平均よりなお9.0%低い。製造工業生産予測調査によると、5月の製造工業の生産は前月比+8.0%、6月は同+7.7%と引き続き増産が予想されてい るが、仮に実現しても1-3月期の水準を超えるのは7-9月期となろう。また設備投資動向を示す資本財出荷指数は4月に前月比横ばいとなったものの、 1-3月期平均より9.9%低い水準である。
    家計消費の代表的な指標である消費総合指数は4月に前月比+2.4%と大幅上昇し、2ヵ月ぶりのプラスとなったが、震災の影響もあり1-3月期平均比 0.7%低い水準に留まっている。また4月の新設住宅着工数は前月比-1.1%と減少し、2ヵ月連続のマイナス。4月は1-3月期平均比-5.2%と減少 しており、足下住宅着工は下落傾向にある。
    一方で、復興需要が期待されるところであるが、公共投資関連のデータもさえない。4月の公共工事(建設総合統計ベース)は前年比-9.3%と減少した。 13ヵ月連続のマイナス。季節調整値ベースでも3ヵ月連続のマイナスである。注意すべきは、東日本大震災の影響により宮城県の4月分が取りまとめられてい ないことである。このため政府は前年比を発表していない。4月の前年比はわれわれが仮に計算したもので、厳密には問題がある。建設総合統計における 2010年度の宮城県のウェイトは1.9%であるが、これを考慮しても、復旧・復興はまだまだこれからである。
    このように内需の縮小、外需の大幅縮小のため、6月20日の支出サイドモデルは、4-6月期の実質GDP成長率を前期比-2.0%、同年率-7.8%と 大幅なマイナスを予測する。一方、7-9月期の実質GDP成長率を、内需と純輸出が小幅拡大するため、前期比+0.4%、同年率+1.4%と予測する。
    4-6月期の国内需要を見れば、実質民間最終消費支出は前期比-0.5%となる。実質民間住宅は同-5.2%減少し、実質民間企業設備も同-3.2%と 減少する。実質政府最終消費支出は同0.6%増加するが、実質公的固定資本形成は同-4.1%となる。このため、国内需要の実質GDP成長率(前期比 -2.0%)に対する寄与度は-0.7%ポイントとなる。
    財貨・サービスの実質輸出は同-8.1%減少し、実質輸入は同0.1%増加する。この結果、実質純輸出の実質GDP成長率に対する貢献度は-1.3%ポイントとなる。
    今後、5-6月のデータが更新されるにつれて4-6月期の実質GDP成長率は上方修正されマイナス幅が縮小してくるが、依然マイナス成長にとどまろう。 問題は7-9月期以降の回復のスピードが問題である。米国経済の低調、中国経済の減速傾向は、供給能力回復をドライバーとして輸出による急速な回復を期待 する日本経済にとって、ダウンサイドリスクを高めてきているといえよう。

    [[稲田義久 KISER所長 マクロ経済分析プロジェクト主査 甲南大学]]

    米国
    <4月の輸出入統計で米景気減速懸念が解消?>

    グラフ(4-6月期米国経済の超短期予測動態)を見れば、4月半ばまでは1-3月期の景気スローダウンの影響が見られ、その後景気が拡大に転じたものの 労働市場の改善が進まず、5月13日から6月3日の超短期予測は、市場、エコノミスト達が懸念したとおりの景気のスローダウンを示している。しかし、6月 9日に発表された4月の貿易赤字は、輸出が前月比+1.3%増加、輸入が同-0.5%減により、437億ドルへと3月の468億ドルから大きく改善した。
    このデータにより米景気のスローダウン懸念が薄れ、エコノミストは4-6月期の経済成長率を上方に修正するようになった。確かに、超短期予測も4月の輸 出入を更新することによって、需要サイドからの同期の実質GDP伸び率を6月3日の前期比年率+0.9%から+3.9%へと大きく上方修正した。しかし、 所得サイドからの実質GDP伸び率の予測は6月3日の+1.0%から+0.4%へと逆に下方に修正されている。すなわち、支出サイドでは4月の大幅な純輸 出の改善が名目・実質GDPの上方修正をもたらしたが、所得サイドからの名目GDPは6月3日と6月10日のあいだではほとんど変化せず、輸入の大幅な減 少からGDPデフレーターが上方に修正され、その結果所得サイドからの実質GDPが下方に修正されたのである。
    すなわち、支出サイドだけに注目すれば確かに景気のスローダウン懸念はなくなるものの、所得サイドをみればやはり景気のスローダウン懸念が残る。理論的 には支出サイド、所得サイドからのGDPは一致するわけであるから、今後の超短期予測では次のようなことが生じるだろう。
    (1) 5月、6月の輸入が現時点の超短期予測より大きく伸び、支出サイドからのGDPを  下方に修正する。
    (2) 6月の雇用がかなり改善し、個人所得が増加し所得サイドからのGDPを上方に修正  する。5月の雇用統計の上方への改定も考えられる。
    (3) 5月の鉱工業生産指数、小売販売統計を更新することで法人所得が増加し、その結  果所得サイドからのGDPが上方に修正される。
    この2週間の超短期予測からみれば、4-6月期野成長率は支出・所得の両サイドからの実質GDP伸び率の平均値の1.5%?2%程度(前期と同程度)が 妥当であろう。すなわち、ロバート・シラー教授が懸念しているようなダブルディップ・リセッションの可能性は極めて小さいと言える。しかし、単に4月の貿 易赤字の大幅改善により景気回復に楽観的になるのも問題である。景気の現状を正しく把握するには、常に支出・所得の両サイドをみることが重要である。

    [[熊坂有三 ITエコノミー]]

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    関西エコノミックインサイト 第10号(2011年6月3日)

    経済予測

    経済予測 » Quarterly Report(関西)

     / DATE : 

    ABSTRACT

    「日本経済のマクロ経済分析?関西経済の現況と予測?」研究成果報告
    (主査: 稲田義久・甲南大学経済学部教授
    高林喜久生・関西学院大学経済学部教授)

    「関西エコノミックインサイト」は、関西経済の現況の解説と、計量モデルによる将来予測を行ったレポートです。関西社会経済研究所が公表する日本経済予測と連動しており、原則として四半期ごとに公表いたします。

    第10号(2011年6月)の概要は以下の通りです。
    1.関西は東日本大震災の直接的な被害を受けなかったが、全国的な自粛・買い控えムードと風評被害によって消費が停滞し、さらに生産も、電力問題とサプライチェーンの寸断による供給制約の影響を少なからず受けた。

    2.震災後、全国の輸出が減少する中、関西は小幅ながら増加を維持し、代替輸出の拠点としての機能を発揮した(4月シェア25.3%と26年ぶりの高水準)。
    また、3月の鉱工業生産の減少幅も全国と比べて軽微に止まり、代替生産の機能も担った。
    加えて関西では百貨店の増床等の影響もあり消費の落ち込みは避けられた。

    3.東日本大震災の影響と日本経済の最新予測を織り込み、関西の実質GRP成長率見通しを2011年度+0.5%、2012年度+2.0%と改訂した。震 災の影響で11年度は前回よりも-1.6%ポイントの下方修正であるが、プラス成長を維持する。成長率寄与度をみると、全国とは異なり民需と特に外需が引 き続き関西経済の成長の牽引役となる。
    公的需要は、被災地への重点配分により関西ではマイナス要因になる。

    4.今後の関西経済へのリスク要因の一つとして電力不足にともなう生産への懸念がある。
    7-9月に5%の電力供給減が生じたならば、関西のGRPは0.5%程度減少すると予想される。

    5.東日本大震災からの復興における関西の役割としては、①学術研究・イノベーション、②観光産業、③新エネ・省エネビジネスの3つの強みを活かした取り組みを進めることが必要である。

    PDF
  • 熊坂 侑三

    今月のトピックス(2011年5月)

    インサイト

    インサイト » コメンタリー

     / DATE : 

    AUTHOR : 
    熊坂 侑三

    ABSTRACT

    今月のトピックスでも引き続き東日本大震災の問題を取り扱いたい。
    気になるコラムがあった。日経新聞5月9日付の『景気指標』の「復興論議は現地直視から」である。コラムのヘッドラインが示すように、適切な震災に対する 政策は正しい現実認識から始まる。すなわち、「復興計画、復興財源の議論に参加するすべての関係者にはまず被災地を歩いて現実を自分の目で認識することを 勧めたい」としていることである。阪神・淡路大震災と比較して今回の震災は被害が広域に及ぶという点で大きく異なる。また被災県ごとに被害の内容が大きく 異なり、本当に必要な復興計画は地域ごとに多様なものになるのである。関西社会経済研究所ではまずはマクロ的な被害分析から始め、復旧・復興に向けての提 言を取り扱う予定であるが、上記コラムの指摘は我々にとっては喉に刺さるとげのようなものである。
    このことは気になっていたがチャンスが巡ってきた。地震発生2ヵ月後の5月12日に関経連『震災復興対策特別委員会』(安藤圭一委員長)の東北ヒアリング 調査に参加させていただいたことである。宮城県を中心に一日で4箇所のヒアリングを行うことができた。強行軍ではあったが成果の多い調査であった。調査先 は、(1)物流、(2)製造業、(3)建設業、(4)政策金融と現状での復旧・復興状況を知る上でバランスのとれたものである。以下ヒアリングの結果を簡 単にコメントする。

    【物流】
    サプライチェーンの混乱については、自動車と電子機器について影響の大きさを伝える向きが多いが、食料などの流通保管のチェーンも大きな被害を受けてい る。最初の調査先は鴻池運輸仙台食品流通センターである。同センターは本震と4月7日の最大余震で事務所が使用不能となり、現在仮事務所使用中である。倉 庫は建物に大きな被害はなかったものの、中のラック、商品に被害がでている。特に、冷蔵設備の被災は商品に微妙な影響を与える。4月20日から通常業務を 再開したが、震災直後、道路は普通車でも通りにくい状態が10日間くらい続き、また停電が1週間続いたとのことであった。
    福島県の相馬、岩手県の三陸沿岸などではまだ配送がストップしている。それ以外は通常通りに回復している。仙台では主要量販店の食品納入センターが多いエ リアが被害を受けた。7割くらい受入れ体制はできたものの、消費の落ち込みもあり、現在荷物量は震災前の4?5割程度の回復にとどまっている。

    【製造業】
    第二の訪問先は段ボール製造のレンゴー仙台工場パッケージングディビジョンである。工場は仙台湾沿岸に位置しており地震発生1時間後に津波が襲った。津波 は社屋を抜けてあらゆるものを流したため工場は壊滅的で再開不能の状況にある。近隣には大企業の工場や配送設備が多くありダメージの大きい典型的な被災地 域である。ただ印象的であったのは、リーダーの判断の早さであった。レンゴーの工場移転については社長が従業員の意見も聞いて即断されたようである。内陸 部の工業団地に土地を即座に手当てし、結果的には雇用が現地で確保されることとなった。これは稀有な復興の一例である。
    宮城県の復興については、宮城県と沿岸部の基礎自治体とで建築規制などの問題で意見がなかなか一致しないようである。理想と現実のはざまで、企業を現地に 残すことに苦慮している。湾岸地区以外にある8割の企業は年内再建と言っているが、湾岸地区の2割はまだ行方不明者がいて、再建の手前の状況である。
    各社の段ボール需要をみると、復興は予想より早いが、マーケットではバラツキがある。宮城県は商業や水産業が多い。商業ではすでに荷動きの動きが見られるが、魚市場の復旧はまだ塩釜のみである。

    【建設業】
    宮城県の沿岸部の惨状を見て内陸部に移動すると、震災についてはかなり異なる印象を受ける。第三の訪問先は仙台市内の竹中工務店東北支店である。
    今回は震災の特徴は地震そのものの被害よりも、津波による広範囲の影響が大きいことである。阪神・淡路大震災以降、地震への備えはしっかりしていたが、津 波に対しては十分でなかったようである。また、当時と異なるところは、景気回復につれ建築資材価格が上げ基調のところに今回の地震が起こっており、深刻な 状況ではないものの資材価格の高騰を懸念しているとのことであった。
    復興をどういう方向に持っていくべきかについて意見交換をした。建築制限を6ヵ月としているが、被災市町村には職員も被災し、限られた期間内で復興の明確 な方向付けはなかなか厳しいとの印象を受けた。住居を高台に移せというのは現実性に乏しい、高さ5?6メートルの防波堤とRC防災拠点を組み合わせるべき との意見も聞かれた。堅牢な建物を免震でつくるということが重要で、1000年に一度のため住居を移すより、避難して被害をミニマム化することが重要との 指摘もなされた。
    建設業のサプライチェーンに問題はあるかについて聞いてみた。建設産業は、本来はエリアごとに分散した地場産業的なものだが、エレベーターなどはある部品 がないため復旧できない。エレベーターを設置できないことから、新築のビルにテナントが入れないという影響も表れているとのことであった。
    広域連合の促進について質問したが、震災後連携を強める動きは出てきているがまだまだの印象を受けた。ただ観光については、夏祭りで東北はすでに連携はし ている。また復興院のような機能を仙台におくべきではとの質問に対しては、政府には現地でもっと現場を見てほしいとの意見があった。

    【政策金融】
    最後の訪問先は、日本政策金融公庫仙台支店である。大企業のみならず是非とも中小企業や農林水産業の状況を聞きたかったためである。
    東京商工リサーチによれば、石巻、気仙沼の7割の企業が被害を受けており、鳴子、作並、秋保温泉では風評被害が出ており、震災以後予約が全部キャンセルになり先行きに不安を持っている。GWに客足は一時回復したが、その後また減少している。
    同公庫によれば、管轄地域企業からの相談の3割が返済の相談、7割が融資の相談である。福島県のみが返済相談と融資相談の割合が半々となっており、同県で は原発の問題があり復旧・復興の遅れが目立つ。ちなみに、震災後の融資申込金額は平時の年間申込金額と同規模になっている。
    沿岸部は企業の集積地で、同行の取引先の4割が被災した。経営者の再建への意志は高いものの、生産の大幅縮小を余儀なくされている。この結果いわゆる二重 債務問題が生じている。これに対して、国民生活事業については、ニューローンとリスケジューリングを並行してできるだけ対応しているが、それは今後の見通 しあるものが基本となる。
    農林漁業者のマインドが変わって復興への意欲が出てきている。農業はすでに6次産業化の動きがある。企業参入、大規模化、農地が使えるまで植物工場を使う 動きもある。漁業はまだだが、それでも協同化など、かってない動きがある。6次産業化すると、資金管理、マーケティング等の必要が出てくるので、結局、復 興は人の問題(human capital)だということに尽きる。
    漁業者の復活と水産加工業等の復活は車の両輪である。協同化して頑張ろうという動きがある。そのために冷蔵庫や作業場の共同化、大企業と中小企業の連携、 スーパーでの地産地消フェアなど、創意工夫がみられる。ただ、株式会社化は漁業権、農地法等で身動きが取れない状況でありブレイクスルーが難しい。株式会 社化より今ある三セク、農業公社を活用すべきとの意見も聞かれた。
    以上、今回の宮城県を中心とした被災地調査では、はからずも冒頭紹介したコラムの忠告を確認するものとなった。たしかに、被害状況は多様であり、復興計画も多様でなければならない。重要なのは人の問題(human capital)であるとの印象が強かった。(稲田義久)

    日本
    <4-6月期には最悪期を脱するがマイナス成長>

    19日発表のGDP1次速報値によれば、1-3月期の実質GDP成長率は前期比-0.9%、同年率-3.7%となり、2期連続のマイナスとなった。
    実質GDP成長率は市場コンセンサス(ESPフォーキャスト5月調査:前期比年率-1.53%)を下回った。一方、最終週における超短期モデル(支出サイ ド)予測は同-0.1%となった。予測動態をみると、1-2月期の基礎統計(生産、小売、貿易等)は好調であったため、超短期予測は3月の後半(1-2月 期データが利用可能となる)では同5%を超える成長を予測していた。しかし、3月データ(震災の影響が出る)が入手可能となる4月半ば以降、明瞭なダウン トレンドを示し、1-3月期のデータが出尽くす5月には明瞭にマイナスの領域に入った。3月11日の東日本大震災のインパクトがいかに大きかったか容易に 想像がつく。
    5月20日の予測では、1-3月期GDP1次速報値と4月の一部のデータが更新された。その結果、支出サイドモデルは、4-6月期の実質GDP成長率を、内需は停滞し純輸出は大幅に縮小するため前期比-0.8%、同年率-3.1%と予測する。また7-9月期の実質GDP成長率を、内需は反転するが純輸出が引き続き縮小するため、前期比+0.1%、同年率+0.6%と予測する。日本経済は4-6月期に最悪期を脱し、7-9月期にプラス反転するであろう。
    4-6月期の国内需要を見れば、民間需要では、実質民間最終消費支出は前期比-0.4%となる。実質民間住宅は同-4.7%減少し、実質民間企業設備も同 -1.9%減少する。一方、公的需要では、実質政府最終消費支出は同+0.8%、実質公的固定資本形成は同+5.1%となる。このため、国内需要の実質 GDP成長率(前期比-0.8%)に対する寄与度は0.0%ポイントとなる。
    問題は純輸出である。ライフラインや生産ラインの復旧で最悪期を脱するが、依然として供給制約のため、財貨・サービスの実質輸出は同-4.5%減少する。 一方、実質輸入は同+0.4%増加する。このため、実質純輸出の実質GDP成長率に対する寄与度は-0.8%ポイントと大きな成長制約となる。
    主成分分析モデルは、4-6月期の実質GDP成長率を前期比年率-3.0%と予測している。また7-9月期を同+1.6%とみている。この結果、支出サイ ド・主成分分析モデルの実質GDP平均成長率(前期比年率)は、4-6月期が-3.1%、7-9月期が+1.1%となる。

    [[稲田義久 KISERマクロ経済分析プロジェクト主査 甲南大学]]

    米国
    <二つの懸念?景気スローダウンとインフレ?>

    2011年1-3月期の実質GDP成長率(前期比年率、速報値)は、超短期モデルの支出サイドからの最終予測値の1.7%とほとんど同じ1.8%となった。
    この1.8%の経済成長率に対して、市場は”disappointed(失望的)”、政策当局は”sluggish(のろのろした)”成長率と解釈し、ほとんどの連銀エコノミストは異常な超金融緩和政策の出口戦略を実行することを考えていない。
    一方、1-3月期のヘッドラインインフレーション(個人消費支出デフレータ:前期比年率)は3.8%とインフレを懸念すべき上昇率になっている。もちろ ん、連銀はコアインフレ(コアCPI)をまだ2%以下に安定しており、コモディティー価格の高騰などの影響をうけるヘッドラインインフレの上昇は一時的と の見方をする。しかし、生活者にとって重要なのは食料・ガソリンを購入しなければならないヘッドラインインフレーションである。
    すなわち、今後の米景気を判断する上で大事なことは、(1)1-3月期における景気のスローダウンが”ソフトパッチ(一時的な景気のスローダウン)”だっ たのか、そして(2)ヘッドラインインフレーションは連銀の言うように一時的なものであり、将来の期待インフレは安定しているかにある。
    グラフから米景気のスローダウンは4月半ばに底入れし、その後再び拡大に向かっていることが分かる。5月13日時点における実質GDP成長率は2%にまで 回復している。経済動向を実質総需要、実質国内需要、実質国内最終需要でみても、景気は4月半ばから拡大に転じ、それらの成長率は2.8%?3.4%にま でなっている。すなわち、1-3月期の景気のスローダウンがソフトパッチであった可能性が高い。一方、超短期予測モデルによるヘッドラインインフレーション(4-6月期)は上昇トレンドにあり、3.8%と予測している。一方、コアインフレも2%に達するとの予測で、連銀のインフレ許容範囲の上限に達している。
    最近、ミネアポリス連銀のNarayana Kocherlakota総裁は年末までに50ベーシスポイントの政策金利引き上げの可能性を示唆した。もちろん、今の連銀エコノミストにとっては想定外 の話しである。しかし、超短期予測を見る限り、Kocherlakota総裁の言うことはありえないことではない。ミシガン大学の消費者センチメント調査 に見るように、期待インフレ率は4.5%程度にまで上昇している。更に、出口戦略は政策金利を引き上げるというよりも、そもそも異常な金融政策を正常に戻 すということである。

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  • 熊坂 侑三

    今月のトピックス(2011年4月)

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     / DATE : 

    AUTHOR : 
    熊坂 侑三

    ABSTRACT

    【被害推計について】
    3月11日に東日本を襲った大震災被害の本格的な評価にはまだまだ不確実性が伴う。過去の経験によれば、大きな天災が発生した後、1-2四半期は経済にマ イナスの効果が出てくるが、復興が始まれば成長率は加速し、むしろプラスの効果をもたらす。これが過去の経験が教える平均的なパターンである。しかし、今 回のケースとは過去とは異なる側面が多々ある。マグニチュード9を超える大地震のみならず、大津波が東日本を襲い、その影響で原子力発電所が破損し、大幅 な電力供給不足を引き起こしたことだ。いわば複合的な天災(triple disaster)といえよう。
    関西社会経済研究所では、被害推計を含めこれら一連の震災被害のマクロ経済的影響を順次評価していく予定であるが、まず東日本大震災被害の直接被害と間接 被害にわけて一次的な評価を行った。前月のトピックスでは間接的な被害推計の概要を報告したが、その後直接的な被害をも推計した。
    改めて推計結果を要約すると以下のようになる。(1)ストック(住宅、社会インフラ、企業設備、自動車・船舶、流通在庫)に対する直接被害額は17.78 兆円となる。また(2)GDPに対する間接被害額は6.02兆円(GDP比1.2%)となる。関西GRPは2,698億円(関西GRPの0.3%)の損失 となる。震災の影響が半年としても日本経済(GDP)に与える影響は、0.6%?0.8%程度と推計できる。ただし現時点では、原子力発電の被害の収束に 明確な見通しが得られないため、過去の経験が役に立たない。経済の回復パターンは後ずれする可能性が高い。
    今後、被害の出方のポイントは、(1)電力供給削減による生産の減少がいつまで続くかである。それと、(2)原子力発電の安全管理の信頼喪失に伴う消費者 センチメントの低下が民間消費を大幅に長期にわたって減少させる可能性である。これは国内に限らない。風評被害ともいえる海外消費者の訪日旅行忌避や日本 製品輸入に対する過剰な反応がいつ終息するかは現時点では見極めづらい。また(3)生産の減少と風評被害は輸出に大きく影響する。

    【復旧・復興の考え方は如何にあるべきか】
    復興のビジョンについて菅総理は、自らの諮問機関である復興構想会議の五百旗頭議長に対して「元に戻す復旧ではなく、改めて作り出す創造的な復興策」を要求した。
    復興に際しての基本理念は、(1)震災以前から人口減と産業の衰退に直面していた東北地方の単なる復旧ではなく新たな再生を目指すべきと思われる。そのた めにも、東北地方の復興ビジョンをまず明確にすべきである。今回の震災が第3次石油危機の性格を持つことから、エネルギー供給の安定化のみならず企業の弾 力的な生産編成を目指すべきであろう。(2)その際、東北地方の再生構想は東北の人びとに委ねるべきであるが、阪神淡路大震災では十分な実現を見なかった 分権型復興モデルを目指すべきである。(3)また分権型・広域型復興を実現するための先行モデルにすべきと思われる。今回の復旧に当たっては関西広域連合 が非常に有効な機能を果たしていることに注目すべきである。(4)そのためにも、関東大震災後に時限で設けられた復興院のようなものが必要であるが、歴史 的にうまく機能しなかった反省から総合行政機関とする必要があり、国のたて割型地域再生を復興に持ち込むことは避けるべきであろう。最後に、復旧・復興に 向けての基本的な考え方として、阪神淡路大震災の復興の過程で実現されなかった教訓を今回は活かされなければならないことを最も強調したい。

    日本
    <1-3月期の日本経済は震災の影響もあるがプラス成長を維持>

    徐々に3月のハードデータ(景気ウォッチャー調査、消費動向調査、貿易統計)が発表されている。今週の予測では、3月の貿易統計が更新された。この結果、 支出サイドモデルは、1-3月期の実質GDP成長率を、内需は停滞し外需が小幅反転拡大にとどまるため前期比+0.3%、同年率+1.4%と予測してい る。前月の予測(+5.1%)から大幅に下方修正されており、このことは、1-2月期の経済が非常に強かったことを意味している。
    また4-6月期の実質GDP成長率を、内需及び純輸出がともに縮小するため、前期比-0.5%、同年率-1.9%と予測している。今回はじめてマイナス成長に転じている。
    超短期モデルではGDP項目を説明する月次データを時系列モデルで予測している。その予測月次データを四半期変換し、過去のGDP項目との関係を推計した ブリッジ方程式に代入することにより、先行き予測を行っている。時系列モデルの予測パフォーマンスは非常に優れているが、地震のような出来事は予測できな い。そこで3月データについては、消費総合指数と鉱工業生産指数についてのみ、以下のような方法で仮置きした。消費総合指数については、阪神淡路大震災の 起こった1995年1月の下落率を2011年3月の下落率とした。また鉱工業生産指数を電力供給量と就業者数で説明し、電力供給量の弾力性を推計した。こ れを用いて3月の予想電力供給量削減から鉱工業生産指数の下落幅を事前に予測した。
    その結果、1-3月期の実質民間最終消費支出は前期比-0.5%となる。実質民間住宅は同+0.1%増加し、実質民間企業設備は同+0.3%増加にとどま る。実質政府最終消費支出は同+0.7%、実質公的固定資本形成は同-2.5%となる。このため、国内需要の実質GDP成長率(前期比+0.3%)に対す る寄与度は+0.0%ポイントとなる。
    財貨・サービスの実質輸出は同+0.7%増加し、実質輸入は同-1.8%減少する。このため、実質純輸出の実質GDP成長率に対する貢献度は+0.3%ポイントとなる。
    一方、主成分分析モデルは、1-3月期の実質GDP成長率を前期比年率+3.4%と予測している。また4-6月期を同-2.5%とみている。この結果、支 出サイド・主成分分析モデルの実質GDP平均成長率(前期比年率)は、1-3月期が+2.4%、4-6月期が-2.2%となる。
    1-3月期については、マーケットコンセンサスは小幅のマイナス成長(-0.22%:4月ESPフォーキャスト調査)を予測している。しかし超短期モデル は、同期の日本経済を震災の影響もあるが小幅のプラス成長にとどまるとみている。本格的な震災の負の影響は4-6月期に出てくるものと思われる。

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    米国
    <いつまで続く連銀の超緩和金融政策>

    4月7日に欧州中央銀行(ECB)は2008年の金融危機以降初めて政策金利を引き上げた。今後インフレが加速する傾向がみられれば、金融を引き締めてい くことを示唆したともいえる。しかし、3月15日のFOMCミーティングの議事録は政策担当者の間において意見の相違があることを示しているが、連銀は依 然としてこれまでの超緩和金融政策を転換する様子を示していない。
    ダラス連銀のRichard Fisher総裁は“金融緩和政策をこれ以上長引かせれば、一時的に終わったかもしれないインフレ圧力を増幅するかもしれない”と言っている。リッチモン ド連銀のJeffrey Lacker総裁は“米経済は順調に回復しており、インフレ圧力が高まってきており、年末前に連銀が政策金利を引き上げる可能性もある”と言っている。し かし、Ben Bernanke連銀議長をはじめ多くの連銀エコノミストは“長期の期待インフレは安定しているし、今のコモディティー価格の高騰も安定化に向かうであろ う。それ故、今の(超)金融緩和政策は適切である”と考えている。更に彼らは“今の景気回復は脆弱であり、まだ今の金融政策を方向転換するわけには行かな い”と言う。クリーブランド連銀のSandra Pianalto総裁は4月7日のパリでの講演で、“今の米景気、インフレ状況をみれば、QE2を予定通り完了し、異常に低いフェデラルファンド・レート の目標値を長期間維持することが望ましい”と全く出口戦略などは考えていない。
    連銀のハト派エコノミストはいたってインフレに対して楽観的であるが、ミシガン大学の消費者センチメント調査にみるように多くの消費者は物価上昇を日常生活の中で感じている。
    グラフから、米景気回復のモメンタムが3月半ばから弱まっていることが分かる。4月28日には1-3月期のGDP1次速報値が発表されるが、同期の経済成 長率を超短期モデルは前期比年率2%?3%と予測している。これは、1月、2月の悪天候によるソフトパッチ(景気の一次的な低迷)の状況かもしれないが、 連銀ハト派エコノミストにとって、超金融緩和策を継続させる都合のよい理由にはなる。4月末のFOMCミーティングで出口戦略が導入される可能性はまずな いだろう。しかし、連銀は将来のインフレ抑制に対してあまりに遅い行動から、インフレリスクが着実に高まっていることを意識すべきである 。この先、連銀とECBの相違がみられるであろう。

    [[熊坂有三 ITエコノミー]]