インバウンド需要におけるキャッシュレス決済についての分析 -「関西における訪日外国人旅行者動向調査事業」アンケート調査から-
Abstract
本稿では、「関西における訪日外国人旅行者動向調査事業」アンケート調査に基づいて、関西のインバウンド需要とキャッシュレス決済との関係を様々な角度から分析を行った。
本アンケート調査から得られた興味あるfindingsは以下の通りである。
①キャッシュレス決済の利用頻度や形態は国・地域によって異なり、欧州や北米からの訪日外国人客(以下、訪日外客)はクレジットカード利用が多い一方で、中国人は現金もしくはQRコードの利用頻度が高い。
②キャッシュレス決済の利便性について、多くの訪日外客が交通機関や買い物・飲食代支払い時に十分享受していないと感じているようである。また場所別では、飲食店やホテルではおおむね使いやすいと感じているが、バス等の交通機関や寺社仏閣や美術館などにおいては不便であると感じている割合が高い。
③なお、本アンケートでは訪日外客に旅程を通じて為替レートを意識しているか否かも質問している。回答結果は「旅マエ」までは為替レートをある程度意識するが、「旅アト」時には意識しないと答える割合が高くなる傾向がみられた。訪日外客は「旅アト」において今回の旅行を振り返るとすれば、滞在中(「旅ナカ」)においてキャッシュレス決済で財・サービスを購入する際にあまり為替レートを意識しなかった、という興味深い情報を本アンケートは提供していることになる。
今回のアンケート調査は、地域を関西に限定しているが、今後インバウンド需要を促進していくためにも、我が国のキャッシュレス決済をより一層充実させていくことが不可欠であることを示唆している。
本文
1. はじめに
筆者達はこれまでインバウンド・ビジネス産業の戦略を意識しながらマクロ、ミクロのデータに基づく分析を行ってきた。その分析結果から、今後のインバウンド・ビジネス戦略を考える視点として、「ブランド力」、「広域・周遊化」、「イノベーション」という3つのキーワードが重要であることを、昨年のAPIRシンポジウムで示した。しかしながら、新型コロナウイルスの世界的な感染拡大を受け、2020年2月以降に行ってきた日本での水際対策の強化により、現在、訪日外客数は蒸発した状況にある。これによりインバウンド関連産業は大きな打撃を受け、ショックに対する産業の耐性が課題となっている。この状況下では、これまでのようにひたすら訪日外客数を増やすという数量のみを追求する戦略はもはや持続可能ではない。コロナ禍で訪日外客が蒸発している今の状況だからこそ、ポストコロナに向けたインバウンド・ビジネス戦略を再考する必要がある。本稿では、前述した3つの視点のうち、「イノベーション」について分析を行う。具体的には訪日外客のキャッシュレス動向に注目し、分析を行っていく。キャッシュレス決済のようなソフト面のみならずハード面のインフラを整備することで、ポストコロナの訪日外客に対してインバウンド・ビジネス産業は高い付加価値をもつサービスを提供できると考える。
本稿では国土交通省近畿運輸局が実施した「関西における訪日外国人旅行者動向調査事業」のアンケート結果の分析により、関西を訪れた訪日外客の興味深い動態を把握することが可能となった。
本アンケートでは以下の設問を設けている(ヒアリング調査内容については後掲の参考資料を参照)。
A.本人属性(国籍、年齢、性別、世帯年収)、B.旅行属性(旅行手配方法、訪日回数など)の基本的な情報に加え、C.体験・サービスの満足度について、D.決済方法(キャッシュレス決済方法など)について聞いている。加えて、E.関西各地域の費目別消費状況、といった従来のアンケートではあまりみられない内容についてもヒアリングを行っている。なお、ヒアリングの場所を意識したのが本アンケートの特徴でもある。すなわち場所を、旅行前(以下、「旅マエ」)、旅行中(以下、「旅ナカ」)、旅行後(以下、「旅アト」)の3地点に分けて訪日外客に聞いているため、彼らの消費動態の時間的なパターンについて詳細な情報が得られる。なお、各時点における国・地域のサンプルは図表1に示されている。
今回は前述した通り、多くの設問項目の中から「イノベーション」の観点より、D.決済方法についての情報に焦点を当てて分析を行う。
2. キャッシュレス決済がインバウンド需要に与える影響について
一般にキャッシュレス決済のポイントは、以下の観点から、財・サービスの購入がより容易になることにある。第1に手元に十分な現金は保有していないが、購入したい財・サービスを即座に消費できるという点である。つまり「消費の即時性」という利点を有している。
第2に、常に現金を手元に保有しておく必要はないという点である。高額の現金を手元に保有していると盗難等にあいやすいが、こうした「現金保有の危険回避性」という利点がある。第3に、クレジットカード(以下、クレジット)やデビットカード(以下、デビット)での決済は現金による支払いと比べ時間がかからない点である。限られた時間の中で消費を行わなければならない場合、「決済の迅速性」は大きな魅力となる。
第4に、カード等による決済は、決済終了後に利用状況(利用日時、利用場所、利用金額など)に関する情報がすべて把握できる。こうした「決済情報の把握性」は今後の消費計画を立てる上でも有益である。
ここで外国人訪問者が外国においてクレジットなどを用いて消費を行う場合、上記のキャッシュレス決済のメリットはどのように反映されているだろうか。以下では中国人観光客が日本で消費する場合を例にあげて説明する。
中国人が日本において日本の現金(円)で財・サービスを購入する際には、図表2が示すように、2段階の手続き=交換を行う必要がある。
第1段階は、自国通貨(人民元)を日本通貨(円)と交換しておく必要がある。この両替は訪日前に中国においても行うことができるが、日本での消費額が大きくなるにつれ、日本で行うケースが増えてくる。第2段階は現金(円)を希望する財・サービスと交換するという手続きである。
こうした2段階の交換手続きは決して容易な手続きとは言えない。通貨の両替は限られた場所でしか行うことができない(実際には外国通貨の両替は国際空港や都市部の両替店に限定される)。さらに両替の手続きは簡単ではなく、時間的なコストや、言語面での意思疎通の問題も無視できない。またそもそも訪問先で高額の現金を保有すること自体が危険である。
現金(円)を用いて日本で消費を行う際にも、さまざまな問題が発生する。希望する商品が見つかったとしても、中国人観光客が実際に購入する段階では、様々な障壁がある。例えば支払い時の現金提供と釣銭の引き渡しや面語での意思疎通の問題がある。こうした点は限られた日数で日本を訪問する観光客(とりわけ初めての訪問客)にとって極めて大きな障壁となる。
キャッシュレス決済は、このような 2 段階の手続きにおいて発生する諸問題を解決する手立てとなりえる。クレジットやデビットなどを利用すれば、自国通貨と外国通貨の交換を行う必要はなくなる。また希望する財・サービスを、十分な現金を保有していなくても、無用な心配や不安を排除して即時に購入することができる(「消費の即時性」「現金保有の危険回避性」「決済の迅速性」が満たされる)。さらに帰国後には、日本での消費に関して詳細な情報を得ることによって、次回以降の旅行計画に関する貴重な指針となる(「決済情報の把握性」が満たされる)。
以上の理由から、キャッシュレス決済の進展はインバウンド需要の増大を促進する可能性が高いと考えられる。翻ってわが国では現金決済が根強く、インバウンド需要を喚起させていく上で少なからず障壁となっているはずである。次節ではキャッシュレス決済についてアンケート調査から得られる情報を整理し、分析を行う。
3. キャッシュレス決済の動向
今回行われたアンケート調査では、関西における訪日外客のキャッシュレス決済に関する設問について回答が得られた。日本におけるキャッシュレス決済の普及は諸外国と比較すれば、まだあまり進んでいないという議論もされている。このためキャッシュレス決済の普及によるソフト・ハード両面のイノベーションは、キャッシュレス決済が日常行われている欧米豪からの訪日外客の誘客にも繋がり、更なるインバウンド需要の拡大も期待できる。そのため今後のインバウンド・ビジネス戦略を考えるうえでも、本アンケートから示唆に富む含意が得られることが期待できる。
3-1. 滞在中に使用した決済方法
アンケートでは最初に今回の日本滞在中の決済方法7について聞いてみた(質問 D1.「滞在中に使用した決済方法をお聞かせください(複数回答可)」)。図表3-1-1は訪日中国人客が日本滞在中に使用した各決済方法の割合を示しており、内訳をみると現金で決済したと答えた割合が 37.4%と高く、次いでQRコードが26.8%、クレジットが25.1%、デビットが10.6%と続いており、総じてキャッシュレスでの決済方法の割合が高いことが分かった。
次に欧州をみれば(図表3-1-2)、現金、クレジットでの決済割合は、いずれも46.7%を占めている一方で、デビットは6.7%と小さく、QRコードでの決済は見られなかった。
最後に北米をみれば(図表3-1-3)、現金での決済が46.4%と最も高い。次いで、クレジットでの決済は約42.9%、デビットが約10.7%となっている。なお、QRコードの決済は見られなかった。上述した国籍・地域別訪日外客の決済動態をみれば、以下の通りにまとめられる。
①中国、欧州、北米の訪日外客は現金での決済の割合が高いものの、②総じてみれば、キャッシュレス決済の割合は中国、欧州、北米のいずれの訪日外客においても高い。しかし、③キャッシュレス決済のうちQRコードをみれば、中国は決済方法の約1/4を占めているのに対し、欧州、北米では全く見られないのが特徴である。
次に、本人属性の世帯年収(質問A)と決済方法(質問D)との関係についてみる。
図表3-1-4は訪日中国人客の決済方法毎の世帯年収の分布を示している。図が示すように、現金での決済では年収が10~20万元未満の人が多く、クレジットでは40万元以上の人が多い。デビットでの決済をみると、10~20万元未満または20~30万元未満の人が多い。次にQRコードの決済では、10~20万元未満の人が最も多いが、40万元以上の人も使用していることから、幅広く利用されている傾向が見られる。
このように訪日中国人客では現金での決済は比較的中位の年収の人が使用する傾向がみられるのに対し、クレジットでの決済は年収の多い人が使用している。一方、QRコードでの決済は、年収が中位の人だけでなく、高位の人も使用していることから、幅広い階層で使用されている傾向がみられる。こうしたQRコード決済が幅広い階層に利用されていることについては近年、中国においてアリペイやウィチャットペイなどに代表されるQRコード決済システムの普及が進んでいることが影響していると考えられる。
なお、図表3-1-5は訪日韓国人の決済方法毎の世帯年収の分布をみている。現金での決済をみれば、5,000万ウォン以上の年収の人が多く使用しており、次いで3,000~4,000万ウォンの層となっていることから、比較的年収が中位から高位の人が使用する傾向が見られる。次にクレジットをみれば、5,000万ウォン以上の年収の人が最も多く、次いで多いのが4,000~5,000万ウォン未満の人であることから、年収の高位の人が使用している傾向がみられる。なお、今回のアンケート調査ではQRコードでの決済の調査結果が得られなかった。このように訪日韓国人客にとっての決済は現金及びクレジットが主であり、特に年収が高位の階層においてその特徴が顕著に表れている。
図表3-1-6は訪日台湾人客の決済方法毎の世帯年収の分布を示している。現金での決済は、60~100 万台湾ドル未満の年収の人が多く行っており、次いで100~150万台湾ドル未満、150万台湾ドル以上と続いている。次にクレジットをみれば、100~150万台湾ドル未満の年収の人が最も多く使用しているものの、その他の階層でも総じて使用する傾向が見られた。QRコードでの決済をみれば、60~100万台湾ドル未満、150万台湾ドル以上の年収の人が行っている傾向が見られる。
最後に、図表3-1-7は訪日香港人客の決済方法毎の世帯年収の分布を示している。現金での決済をみれば、10万香港ドル未満の年収の人が多いという特徴がみられた。次に、クレジットでの決済では、20~30万香港ドル未満と30~40万香港ドル未満の年収の人が多いのが特徴的である。
以上より、東アジア各国の世帯年収と各決済の利用関係についてみれば、①中国では世帯年収が概ね中位の人は現金、デビット、QRコード決済を使用するのに対し、高位の年収の人はクレジットやQRコードで決済する傾向が見られる。②韓国では、主として現金とクレジットでの決済だが、高位の年収の人はいずれの決済も行う傾向がある。③台湾では現金、クレジットでの決済が主で、現金ではやや中位の年収の人が使用する傾向があり、クレジットはやや高位の年収の人が使用する傾向があるもののその他の階層も使用していることから年収の違いで大きな差異はあまり見られない。④香港では現金とクレジットでの決済が主として行われており、現金決済は概ね平均的な年収より低位の人が行っており、クレジットは中位またはやや高位の収入の人が使用する傾向が見られる。
3-2 日本におけるキャッシュレス決済の進捗
次に日本における「キャッシュレス決済対応について、ご自身の国と比べて日本は進んでいるかどうか」という質問項目(D2.)から得られた結果をみる。日本と自国でのキャッシュレス決済動向を比較することにより、キャッシュレス決済の進捗状況の違いを客観的に整理することができる。その結果を示したのが図表3-2である。それぞれ、中国、欧州、北米、欧米豪のカテゴリーに分類して示しているが、日本ではキャッシュレス決済が進んでいる(Yes)と答えた割合が高かったのは北米のみで、中国は約75.3%、欧州は約71.4%、欧米豪は約 63.6%の割合で進んでいない(No)と答えている。本アンケート調査結果から日本のキャッシュレス決済の進捗をみれば、訪日外客に対してキャッシュレス決済の普及はまだ十分進んでいないようにみえる。
3-3. キャッシュレス決済における利便性:支出項目別
前項では日本におけるキャッシュレス決済の進捗について述べたが、本項ではキャッシュレス決済時の利便性を支出項目別についてみていく。図表3-3-1では訪日外客(全国籍)が買物、飲食、交通、娯楽サービス等、宿泊の各項目においてキャッシュレス決済を行った際、「一番不便だった時はいつか」という質問項目に答えた割合を示している(質問 D5.)。結果、一番不便だと感じていた時が交通費などを支払う時であり、最も不便を感じていない時は娯楽サービス等に関する支払い時であった。また買物と飲食で不便だと感じている割合が約 25%となっており、4人に1人は不便を感じているという結果が得られた。
次に国籍・地域別にみれば、中国の訪日外客は交通費の支払い時に不便だったと答えた割合が高く45.9%で、次いで飲食時の支払いが28.4%となっている(図表3-3-2)。欧州をみれば、中国と同じく交通費の割合が高く70.0%となっており、多くの人が不便だと感じていることがわかる。次いで買物と飲食が20%となっているのに対し、娯楽サービス等や宿泊には不便だとは感じてはいな
かった(図表3-3-3)。以上から、中国、欧州の訪日外客は交通関連でのキャッシュレス決済に不便さを感じている傾向が見られた。この結果からもわかるように、交通費の支払いや飲食の支払い時のキャッシュレス決済化はまだ遅れているように思われる。
3-4. キャッシュレス決済における利便性:支出場所別
前項では各費目によってキャッシュレス決済の利便性が国籍・地域別で異なることを明らかにした。本項では更に決済場所によってその利便性がどのように異なっているかを見ていく(質問 D6.)。
図表3-4-1は訪日中国人客が飲食店、鉄道、バス、タクシー、ホテル、旅館、寺社仏閣、美術館、ホステル・カプセルホテル、有料住宅宿泊、それぞれの場所におけるキャッシュレス決済の使いやすさを5段階で示している。もっとも使いやすい際は5、もっとも使いにくい際は1、普通程度である場合は3と答えている。
図を見れば、飲食店やホテル等では概ね使いやすいと答えている割合が多い一方、バスや美術館では使いにくいと回答している割合が高い傾向が見られる。これはキャッシュレス決済が普及している宿泊施設や外食チェーンの飲食店などでは不自由なく使える反面、キャッシュレス決済が行いにくいバスなどの交通機関やあまりキャッシュレス決済を導入できていない美術館等の施設においては課題があると言えるだろう。
図表 3-3-3 日本滞在中におけるキャッシュレス決済の利便性(欧州)
3-5. 決済時における為替レートの意識調査
最後に今回のアンケート調査では決済方法に関する質問項目だけではなく、「キャッシュレスで決済時する際、為替レート(自国通貨と円の交換レート)を意識しますか」という設問も行っている(D4.)。これまで筆者たちは、インバウンド需要における決定要因として、短期の観点から為替レートの変動が重要であると述べてきた。しかし、2.でも述べたように、キャッシュレス決済では、自国通貨と相手国側の交換レートを気にせず財・サービスを消費できるため、現金決済と比べてあまり為替レートを意識しないのではないかと考えられる。こうしたキャッシュレス決済が進むということは、煩雑な通貨の両替をすることなく財・サービスへの消費に繋がると考えられるため、消費拡大を意図するうえで非常に重要な意味を持つといえるだろう。
図表3-5-1は訪日外客の為替レートの意識を、「旅マエ」、「旅ナカ」、「旅アト」の3時点での調査結果を示している(全国籍ベース)。関空入港時の「旅マエ」で為替レートを意識していると答えた(Yes)割合は60.3%、旅行途中の「旅ナカ」では63.8%、関空出国時の「旅アト」では24.4%となっており、「旅マエ」、「旅ナカ」と比較して「旅アト」の割合は低下している。
次に訪日中国人客をみれば、為替レートを意識する割合は「旅マエ」では73.5%、「旅ナカ」では57.1%と次第に意識が低下する傾向が見られた。更に「旅アト」では20.8%となり、旅行時期に応じて為替レートの意識に変化がみられた(図表3-5-2)。
欧州の訪日外客をみれば、「旅マエ」での割合は66.7%であったが、「旅ナカ」では20.0%となり、旅行中ではあまり意識をせずに過ごす傾向がみられるようである。なお、「旅アト」については図表1-1が示すように回答は得られなかった(図表3-5-3)。
以上、為替レートの意識について本アンケートから得られた結果は以下の通りである。①「旅マエ」において訪日外客は為替レートに対して意識をしている割合が高いが、「旅アト」時には意識をしないと答える割合が多くなる傾向がみられた。②「旅アト」において、訪日外客は今回の旅行を振り返るということを考えれば、滞在中においてキャッシュレス決済で財・サービスを購入する際にあまり為替レートを意識しなかった、という興味深い示唆が得られた。
4. アンケート調査結果からの含意
今回のアンケート調査では、訪日外客は日本におけるキャッシュレス決済状況について、自国の状況と比して良いと感じる人もいるが、多くの人はあまり良いとは感じていないという結果が得られた。中でも、不便と感じている人が多かったのは、交通機関などの支払い時であった。近年、日本国内のバスやタクシーを利用する際、クレジットやQRコードでの決済が可能となってきているが、それでも訪日外客にとっては未だに不便と感じているようである。また、鉄道の利用時に関しても券売機などで切符を購入する際にキャッシュレス決済が対応可能の場所が増えているが、今回の調査結果をみれば訪日外客に対して、あまり認知されていないように思われる。
交通機関においてこうしたキャッシュレス決済可能が訪日外客に認知されることは、今後のインバウンド・ビジネス戦略を考えるうえで重要なポイントとなってくる。例えば、これまである目的地まで行くために料金を計算し、切符を現金で購入していたことが、キャッシュレス決済が普及することで、その煩雑さを幾分解消することが可能となり、今まで行けなかった場所にも訪れる機会が増えることが期待できよう。その際、重要なのはキャッシュレス化の多様性を考えることである。欧米豪の訪日外客は主にクレジット決済だが、アジア圏、特に中国ではQRコードでの決済が主流であることを鑑みれば、QRコード決済にも対応可能とする必要があると考える。
5. おわりに
以上、訪日外客のキャッシュレス決済に関する動態をアンケート調査から得られた結果より考察してきた。ポストコロナに向けた戦略を見据えて、キャッシュレス決済に代表されるイノベーションのためへのインフラ整備は、今後日本を訪れる外国人に対して非常に重要な意義を持つと言える。その際に、①キャッシュレス決済を行う場所のみならず、多様なキャッシュレス決済への対応可能性が重要である。また、クレジットだけでなくQRコードでの決済が増加していることを考えれば、それに対応した端末などの導入を行う必要も出てくるだろう。②これまでのように買物や宿泊を行う場所のみならず、交通、飲食や娯楽サービス等が行える場所においても、キャッシュレス決済対応を真摯に検討していく必要がある。
このように訪日外客の視点から見れば、キャッシュレス決済のインフラ整備についてまだ不十分な面はあるが、課題解決のために政府はキャッシュレス決済のインフラ整備を着実に進めている。また、2019年10月の消費税率引き上げに伴い、20年6月まで行われたキャッシュレス決済でのポイント還元事業は日本国内におけるキャッシュレス環境に少なからず影響を与えている。経済産業省(2020)によれば、この事業開始以降、キャッシュレス決済を導入した事業者の割合は26.7%(19年9月時点)から35.7%(20年5月時点)まで上昇した。また、消費者のキャッシュレス決済利用率についても週1回以上の利用が約6割以上となるなど、利用頻度は着実に増加しているように思われる。この際、特にQRコード決済の普及が進んでおり、その利用率は増加傾向で推移している。
こうしたQRコード決済の普及は、利用者の多いアジア(特に中国)からの訪日外客に対しての消費を考える上で重要となろう。こうしたインフラ整備が進むことにより、訪日外客のみならず国内客の消費意欲を促進することにも繋がることが期待されよう。