人流データを用いた消費動向の予測
Abstract
新型コロナウイルスの感染拡大後、人の位置や動きに関する情報を示す「人流データ」は、ロックダウンなどの政策効果の検証、今後の感染状況の予測などに利用され、注目を集めている。本稿は商業施設への人出と消費の関係性に焦点を当てて、更新頻度の高い日次ベースの人流データを用いて、ほぼリアルタイムで月次の消費データの予測を行った。
具体的に、Google社の「コミュニティ モビリティ レポート」に含まれた商業施設への人出増減のデータと商業動態統計調査の各種販売額データを結合したパネルデータにより固定効果推定を行った。また構築した予測モデルを用いて、足元の人流データで関西2府4県における2020年12月と21年1月の小売業販売額を予測した。得られた結論は以下の3点に要約できる。
(1) 人流データと消費動向との間に統計的に有意な相関があることが確認された。百貨店販売額を被説明変数とした推定では、小売店・娯楽施設への人出増減は統計的に有意ではなかったが、自宅での滞在時間増減は緊急事態宣言下で販売額と有意で負の相関を持つ。また、飲食料品及びドラッグストア販売額を被説明変数とした場合、食料品・薬局への人出増減と住居での滞在時間増減は、いずれも統計的に有意な正の相関を持つことがわかった。
(2) 消費動向を表す経済指標は通常足元より1カ月以上の遅れが生じるのに対して、人流データは数日の遅れしか生じない。人出と消費動向との間にある統計的に有意な関係を確立し予測モデルを構築することで、人流データを用いて足元の消費動向をほぼリアルタイムで予測できる。
(3) 新型コロナウイルス感染再拡大の影響が懸念される。本モデルを用いた予測結果によると、百貨店販売額は、12月は京都府、大阪府、兵庫県でいずれも伸びは前月とほぼ横ばいだが、1月には大幅に減少することが予測される。また、飲食料品及びドラッグストア販売額は、関西2府4県いずれも12月は前月より上昇するが、1月に大幅に減少することが予測される。
なお、予測精度については概ね高いといえる。しかし、説明変数の選択も含めて予測精度改善の余地もあることから、今後の課題としたい。
本文
1. はじめに
新型コロナウイルスの感染拡大で、「位置情報ビッグデータ」の活用に注目が集まっている。位置情報ビッグデータとは、スマートフォンやパソコンなどのデバイスから取得された大量な位置情報データである。取得手段には GPS、Wi-Fi、基地局の電波、ネットワークのIPアドレス情報など様々な方法がある。集められた位置情報データを匿名化し、統計的に加工して解析することで得られた人の位置や動きに関する情報は「人流データ」と呼ばれる。実例として、日本には NTT ドコモによる 「モバイル空間統計 国内人口分布統計」 や KDDI による 「 KDDI Location Analyzer」、海外には Google 社による「コミュニティ モビリティ レポート」や Facebook による「Data for good」がある。
人流データはこれまで自治体の政策立案や企業の経営上の意思決定などに活用されてきた。新型コロナウイルスの感染拡大後、ロックダウンなどの政策効果の検証、今後の感染状況の予測、政策による経済損失の推計などにも利用され、注目を集めている。本稿の目的は、人出と消費との関係性を着目し、更新頻度の高い人流データを用いて、足元の消費動向を即時に予測することである。そのために Google 社の「コミュニティ モビリティ レポート」を利用する。このデータは消費動向と関係する商業施設への人出増減がまとめられているうえに、週に複数回という高い頻度で更新され、足元の変化を即時に把握できる。
「コミュニティ モビリティ レポート」は2020年4月より公開され、新型コロナウイルスの影響によって人の流れが日次でどのように変化しているかをまとめたレポートである。基づいているデータは Google 社アカウントの「ロケーション履歴」を許可しているユーザーから集計されている。データは、6つのカテゴリ「小売店・娯楽施設」、「食料品店・薬局」、「公園」、「乗換駅」、「職場」及び「住居」に分類された場所への訪問者数、又はその場所に滞在した時間が、基準値と比較された場合の変化率を示している。基準値となるのは感染拡大以前の 2020年1月3日〜2月6日の5週間の曜日別中央値である。曜日別基準値と比較することによって、曜日による変動を除去する。
本稿は、消費と直接に関係する小売店・娯楽施設と食料品店・薬局への人出に焦点を当てる。小売店や食料品店などの商業施設への人出は人々が消費する頻度を示すため、消費動向との間に密接な関係があると考えられる。人出と販売額の関係性を解析することによって、人流データで消費動向を予測することが可能となる。本稿は、2020年2月から11月までの小売業販売額データ(商業動態統計調査)を人出増減データと結合し、都道府県別のパネルデータを作成する。固定効果推定で得た予測モデルと足元の人出増減データを用いて、まだ集計されていない関西2府4県の12月と21年1月の小売業販売額を予測する。
本稿の構成は、2節で新型コロナウイルスの感染拡大以降に全国と関西の人出の推移を見る。3節で人流データと消費の推移を観察し、4節で両者の関係性を統計的手法で検証する。5節で推定結果を用いて関西2府4県における足元の消費動向を予測する。6節で結論と今後の課題を述べる。
2.COVID-19感染拡大と人流の動態
人出は感染状況、感染症対策や祝日などの要因によって変動する。図表1は、本稿が注目する、消費と直接に関係する小売店・娯楽施設及び食料品店・薬局への人出増減の推移を示す。小売店・娯楽施設での消費は外食や教養娯楽など選択的な支出であるため、感染状況などの要因による影響を受けやすく、変動が大きい。第1波の感染拡大と緊急事態宣言に応じて人出が大幅に減少した。
緊急事態宣言解除以降に人出が回復したが、第2波の襲来で回復が鈍化した。第2波の感染拡大で第1波のように人出が大幅減少しなかった主な原因は、緊急事態宣言発令の回避や人々が感染症のある生活への適応にある。第2波が落ち着いた9月以降に人出が緩やかに回復し、10月に「Go To トラベルキャンペーン」 の東京都への適用拡大や「Go To Eat キャンペーン」の開始もあり、右上がりの回復が続いた。しかし、11月に感染者の急増とともに、人出が再び減少傾向となった。12月に年末休暇の影響で人出が 11月を上回ったが、21年1月に年始休業に加え、感染状況の更なる悪化を受けて緊急事態宣言が再発令された影響で20年5月以来の大幅な減少となった。また、連休になるとこれらの場所への人出が大幅に増加する。
一方、食料品店・薬局への人出は変動が相対的に小さい。食料品店・薬局での消費は生活必需品や医療品など基礎的な支出であるので、変動要因による影響が相対的に小さい。それでも緊急事態宣言下の人出が基準値より低下し、連休に人出が増加する傾向が見られる。
図表2は商業施設以外の場所への人出増減の推移を示している。まず、公共交通機関及び職場への人出は変動要因に敏感に反応するので、小売店・娯楽施設への人出と同様に大きく変動する。
一方、住居は、観測期間中に一貫して感染拡大前の基準値と比べて滞在時間が長い。緊急事態宣言中は在宅自粛によって滞在時間の増加が目立ち、連休がある場合に在宅する時間も長くなっている。
また、公園では、連休と4月初め(花見の時期)に人出増加が見られたが、全体的に感染拡大前の基準値と比べて人出が減少した。特に週末の場合、在宅自粛の影響で感染拡大前の基準値と比べて少ないことが多い。
次に関西2府4県における小売店・娯楽施設及び食料品店・薬局への人出を注目する。図表3と図表4はそれぞれ関西の新規感染者数と関西2府4県における小売店・娯楽施設及び食料品店・薬局への人出増減を示している。2府4県における小売店・娯楽施設への人出は全国と同様に、感染状況などの要因による影響を受けて大きく変動する。大阪府と京都府(11月以降を除く)の人出の落ち込みは特に大きく、全国を上回る。兵庫県の人出減少は全国と同程度であり、滋賀県、和歌山県と奈良県の落ち込みは相対的に小さい。
2府4県における食料品店・薬局への人出も全国と同様に、変動が相対的に小さいものの、緊急事態宣言や連休に応じて増減する。京都府と大阪府は緊急事態宣言下の人出減少が他の県より大きく、-5%の減少幅に達した。解除後でも大阪府の人出が基準値を下回ることが他府県と比べて多い(5月26日から1月15日までの間に人出増減がマイナス(原数値)である日が53%あるのに対して、他府県は 12〜41%である)。
京都府と大阪府で人出の落ち込みが相対的に大きい理由として、人出の構成が考えられる。2府にインバウンド訪問者数対日本人人口の割合が高く(図表5)、2月から主なインバウンド相手国への入国規制によって、インバウンドがほぼ消滅したため、人出が大きく減少した可能性もある。
3.人流データと消費動向
人出から社会経済の活動レベルが伺える。小売店や食料品店などの商業施設への人出は人々が消費する頻度を示すため、消費動向との間に密接な関係がある。商業動態統計調査の小売業販売額データを用いて、人出と消費との関係を分析する。小売店・娯楽施設への人出に対して百貨店販売額、食料品店・薬局への人出に対して飲食料品(スーパー+百貨店)及びドラッグストアの販売額合計のデータを利用する8。販売額と人出は共に、新型コロナウイルスの感染拡大以前の1月の数値を基準値として、基準値と比較した変化率を見る。
図表6は全国の小売店・娯楽施設及び食料品店・薬局への人出増減とそれぞれに対応した小売業販売額変化率の推移を示す。8月を除けば小売店・娯楽施設への人出増減は百貨店販売額変化率の推移と非常に類似しており、人出の増加(減少)と共に販売額の増加(減少)が見られる。3月以降人出増減と販売額変化率は常にマイナスである。
一方、食料品店・薬局への人出増減と、飲食料品及びドラッグストア販売額合計の変化率との相関は相対的に弱いが、正の相関が見られる。また、観測期間中に人出の変動が小さく、基準値を下回ることもあるが、販売額変化率が常にプラスとなっている。販売額増加の理由として、外出自粛による巣ごもり需要の増加が考えられる。
次に関西2府4県における人出と消費の推移を観察する。図表7は京都府、大阪府と兵庫県における新規感染者数、小売店・娯楽施設への人出増減と百貨店販売額変化率の推移を示す。3府県ともに人出と販売額の変動の間に正の相関が見られる。また、人出と販売額の落ち込みが最も激しいのは大阪府であり、次は京都府と兵庫県である。その原因は前述した大阪府と京都府におけるインバウンド消費の重要性にある。
図表8は2府4県における新規感染者数、食料品店・薬局への人出増減と飲食料品及びドラッグストア販売額変化率の推移を示す。滋賀県と奈良県では明確な相関が見られないが、他の府県では弱い正の相関が見られる。
出所:厚生労働省「地域ごとの感染状況等」、Google 社「コミュニティ モビリティ レポート」と経済産業省『商業動態統計』より筆者作成
4.人流と消費動態の統計的検証
人流データと消費動向との関係性を統計的手法で検証するために、2020年2月から11月までの販売額変化率と人出増減率の都道府県別パネルデータを用いて固定効果推定を行う。百貨店販売額変化率に対して、モデル1とモデル2で推定し、飲食料品及びドラッグストア販売額合計の変化率に対して、モデル3とモデル4で推定する。
まず、モデル1では被説明変数が百貨店販売額の変化率で、説明変数が小売店・娯楽施設への人出増減(月平均値)である。両者の相関は図表6で観察されたように、正であると予想される。モデル2はモデル1の説明変数に更に住居での滞在時間増減、及び緊急事態宣言下であるかどうかを示すダミーと人出増減との交差項を加える。住居での滞在時間が長ければ外出して消費することが少なくなり、両者の相関は負であると考えられる。また、緊急事態宣言下で人々の消費行動も変化する可能性がある。例えば、生活用品を買い溜めする傾向が強くなる。この場合、人出と消費との間の関係も変わるので、交叉項でそのような変化をモデルに取り入れる。
図表9は推定結果を示す。モデル1で小売店・娯楽施設への人出増減と有意な正の相関があるが、モデル2でこの相関は有意でないことが確認された。また、モデル2から、緊急事態宣言下に自宅での滞在時間増減との間に有意な負の相関があることも明らかになった。
次に、モデル3では被説明変数が飲食料品及びドラッグストア販売額合計の変化率で、説明変数が食料品・薬局への人出増減(月平均値)である。両者の間には正の相関があると予想される。モデル4はモデル3の説明変数に更に住居での滞在時間増減、及び緊急事態宣言下であるかどうかを示すダミーと人出増減との交差項を加える。住居での滞在時間が長ければ、巣ごもり需要によって飲食料品及びドラッグストア販売額が上昇する可能性もあれば、外出する頻度が減って消費することが少なくなる可能性もあるため、係数の符号に対する予想は不確定である。
推定の結果、食料品・薬局への人出増減の係数はモデル3で有意ではないが、モデル4で他の説明変数による影響を排除すると、食料品・薬局への人出増減と販売額との間に有意な正の相関が認められた。また、住居での滞在時間増減の係数が有意に正である。自宅での滞在時間が増加すると、巣ごもり需要が増加し、飲食料品などの販売額増加につながると考えられる。一方、緊急事態宣言下ダミーと住居での滞在時間増減との交差項が有意に負であることは、緊急事態宣言下に自宅での滞在時間増加による巣ごもり需要増加の効果が弱まること示す。これは緊急事態宣言による外出自粛効果がもたらした影響であると考えられる。
5.関西消費動向の予測:緊急事態宣言再発令への含意
更新頻度が高い人出増減の日次データによって、足元の経済動向を即時に把握できる。現在利用可能な商業動態統計販売額の最新データは2020年11月までであるが、12月と21年1月の人出増減から小売業販売額の先行きを予測する。全国で見ると、12月に感染拡大が続き、上旬に人出が減少する傾向になったが、下旬に年末休暇の影響もあり、小売店・娯楽施設と食料品・薬局への人出が大幅に増加した。結果、人出増減の月平均値は3月以来の最高となった。1月に年始休業に加え、感染状況の更なる悪化を受けて緊急事態宣言が再発令された影響で、小売店・娯楽施設と食料品・薬局への人出はいずれも20年5月以来の大幅な減少となった。そのため、小売業販売は 12月に上昇し、1月に百貨店を中心に販売額の減少幅が拡大し、小売業販売が低下していくと予想される。
3節の推定モデルを用いて12月と1月の関西2府4県の小売業販売額変化率を具体的に予測する。モデルの当てはまりを示す調整済決定係数がより高いモデル2とモデル4で予測する。予測する際1月の緊急事態宣言ダミーは1とする。図表10は京都府、大阪府と兵庫県の百貨店販売額変化率への予測を示す。2月から6月までの予測値を実績値と比較すると、誤差があるものの、実績値の変動を大まかにとらえているといえよう。7月以降に実績値の変動をあまり捉えられていないのは、推定結果で示されたように人出と百貨店販売額との相関が有意に確認されたのは緊急事態宣言下のみであるから。予測結果では、3府県はいずれも12月の百貨店販売額変化率が11月よりほぼ横ばいに推移し、1月に大きく下落する。
図表11は2府4県の飲食料品及びドラッグストア販売額変化率への予測を示す。府県によって誤差が大きく、予測値は実績値の変動をうまく捉えられないことがある。予測の結果では、いずれの府県においても12月に販売額が上昇し、1月に大きく低下する。
予測結果から12月と1月の販売額を求め、季節変動を除いた前年同月比を計算した場合、百貨店販売額は京都府、大阪府と兵庫県のいずれにおいても、12月に前年より減少し、減少幅は前月から拡大する。1月に減少幅は更に拡大すると予測される。また、飲食料品及びドラッグストア販売額は、12月に2府4県のいずれにおいても前年より減少し、1月に滋賀県と和歌山県で減少幅が更に拡大するのに対して、それ以外の府県で減少幅が縮小すると予測される。
6.結論
本稿は、Google 社の「コミュニティ モビリティ レポート」と商業動態統計調査のデータを用いて、人出増減と消費動向との関係性を分析し、構築した予測モデルと足元の人流データで関西2府4県における2020年12月と21年1月の小売業販売額を予測した。得られた結論は以下の3点に要約できる。
(1) 人流データと消費動向との間に統計的に有意な相関があることが確認された。百貨店販売額を被説明変数とした推定では、小売店・娯楽施設への人出増減は統計的に有意ではなかったが、自宅での滞在時間増減は緊急事態宣言下で販売額と有意で負の相関を持つ。また、飲食料品及びドラッグストア販売額を被説明変数とした場合、食料品・薬局への人出増減と住居での滞在時間増減はいずれも統計的に有意な正の相関を持つことがわかった。
(2) 消費動向を表す経済指標は通常足元より1カ月以上の遅れが生じるのに対して、人流データは数日の遅れしか生じない。人出と消費動向との間にある統計的に有意な関係を確立し予測モデルを構築することで、人流データを用いて足元の消費動向をほぼリアルタイムで予測できる。
(3) 新型コロナウイルスの感染再拡大の影響が懸念される。本モデルを用いた予測結果によると、百貨店販売額は、12月は京都府、大阪府、兵庫県でいずれも伸びは前月とほぼ横ばいだが、1月には大幅に減少することが予測される。また、飲食料品及びドラッグストア販売額は、関西2府4県いずれも12月は前月より上昇するが、1月に大幅に減少することが予測される。
本稿の消費動向に対する予測結果を実績値と比較すると、一部のデータには比較的予測誤差が大きいものもあるが、予測の精度は概ね高いといえよう。予測誤差が生じる原因の一つは、人出の場所カテゴリが商業動態統計調査の販売額データに十分に合致しないことである。例えば、百貨店販売額データに対して小売店・娯楽施設への人出を説明変数として利用したが、小売店・娯楽施設にはショッピングセンターの他に、テーマパークや博物館も含まれている。予測誤差を縮小させるために、販売額データにより合致した人流データを用いて推定する必要がある。また、人出の他に、天候や催事の数など販売額に影響を及ぼしうる変数を説明変数に加えることで、推定式の説明力を高める余地がある。説明変数の選択も含めて予測精度を改善することは今後の課題としたい。