研究成果

research

コロナ危機下における企業の財務調整- 法人企業統計調査結果から考察した課題 –

Abstract

1. コロナ危機下での企業の財務調整状況について、本稿では、企業のバランスシート(貸借対照表)項⽬のうち、特に、内部留保(利益剰余⾦)と有利⼦負債の変化に焦点を当てて考察する。

2. コロナ危機前の⽇本企業の財務状況を特徴づけるポイントは、2012年以降、7年連続で過去最⾼を更新している内部留保(利益剰余⾦)の拡⼤である(2019年度、475兆円)。内部留保といわれる利益剰余⾦は、建物・設備への国内投資やM&A(企業の合併・買収)などに活⽤され、資産の部に建物・設備、投資有価証券などとして計上される。内部留保はさまざまな形で活⽤されていることが、コロナ危機前の⽇本企業全体の財務内容であったと理解できる。ただし、内部留保の厚みを業種別にみるとばらつきが⼤きい。1ヶ⽉当たり売上⾼に対する倍率でみれば、全産業平均で3.8ヶ⽉分の利益剰余⾦があり、多くの製造業は平均を超える利益剰余⾦の⽔準にある。⼀⽅で、⾮製造業は平均を下回る利益剰余⾦の⽔準の業種が多い。

3. コロナ危機による⽇本企業への影響を法⼈企業統計で概観すると、最悪期の2020年4-6⽉期は、売上⾼と経常利益が⼤幅な減少を記録した。その結果、政府・⽇本銀⾏の⾦融⽀援もあって借⼊⾦増加や社債発⾏により⼤量の資⾦確保が図られ、負債の増加でバランスシートは悪化した。しかし、機動的に取り崩せる内部留保の蓄積があったことで、⾃⼰資本⽐率はわずかな低下ですんでおり、健全な⽔準を維持している。こうした財務状況を製造業、⾮製造業で分けてみると、⾮製造業はより厳しいという実態がわかる。⾮製造業の中でも、特にコロナ危機で需要減退の強い影響を受けているサービス関係業種の財務状況はさらに厳しく、今後も需要の低迷が続けば、⼩規模企業などで事業継続が⼀気に困難になるリスクがあろう。

4. ポストコロナを視野に⼊れた⽇本企業の今後の課題として、潜在成⻑率の押し上げにつながる内部留保の有効活⽤、バランスシート悪化に対応する事業構造改⾰の推進をあげたい。コロナ危機での社会の変化は、新たな投資機会を⽣み出す。そうした好機をとらえる投資は、内部留保を活⽤して積極的に⾏う必要がある。また、コロナ危機対応で資⾦繰りを確保するために増加した負債増によるバランスシートの悪化は、放置されれば今後の⼤きな問題となる。中⼩企業を⽀える実質無担保・無利⼦の融資制度で元本返済が猶予されるこの5年間のうちに、中⼩企業のキャッシュを⽣み出す⼒を回復し、さらに強化していく事業構造改⾰に取り組んでいかなければならない。問題状況が違う業種ごとに、当該の業界団体、所管省庁、⾦融機関、⾦融・法務・企業再⽣の専⾨家などが参画して、現状分析と今後の対応⽅向について議論し、業種に応じたきめ細かい対応をとっていく必要があるのではないか。

本文

はじめに

法⼈企業統計の2020年10-12⽉期の調査結果が今月2⽇に公表された。これにより、コロナ危機下の昨年の企業の財務調整状況を把握できることになった。そこで、本稿では、企業のバランスシート(貸借対照表)項⽬のうち、特に、内部留保と有利⼦負債の変化に焦点を当てて考察する。この2つに焦点を当てた理由は、近年の⽇本企業の財務調整で⼤きな意味合いを持つからである。

⽇本企業は、バブル経済崩壊以降(1994年以降)、借⼊⾦返済をできる限り⾏うことで過剰債務の解消を優先課題として進めてきた。その結果、有利⼦負債の⽐重を減らし、⾃⼰資本⽐率を⾼め、財務基盤を強化してきた(図表1)。また、収益拡⼤の中でも、リスク回避のために内部留保(利益剰余⾦)を増やす傾向を強めている(図表1)。それゆえに、⼤企業を中⼼に好調な企業業績により増加した利益を貯め込み、投資や賃上げの原資へ⼗分に回さないとの批判が近年たびたび聞かれた。しかし、昨年のコロナ危機では、積み増した内部留保があったからこそ、多くの企業が経営危機に陥らない防波堤としての効果を発揮した。ただその⼀⽅で、多くの企業が資⾦繰り⽀援の融資を受けて、有利⼦負債が⼤きく積み上がることになり、バランスシートが再び悪化している。

以下、コロナ危機前の近年の企業財務の状況を概観した上で、コロナ危機下での変化をみる。

 

1.コロナ危機前の⽇本企業の財務状況〜内部留保の増加と活⽤

コロナ危機前の⽇本企業の財務状況を特徴づけるポイントは、2012年以降、7年連続で過去最⾼を更新している内部留保(利益剰余⾦)の拡⼤である。2019年度で、その額は475兆円である。

ここで注意したいことを先に述べたい。利益剰余⾦というバランスシート(貸借対照表)の貸⽅の⼀項⽬の増加だけをみて、内部留保として、例えば、多額の現⾦・預⾦を貯め込んでいるというのは不正確な⾒⽅である。バランスシートは、貸⽅として、企業が資⾦をどのような⽅法で調達し、借⽅として、調達した資⾦をどのような形の資産として保有しているかをるものである。貸⽅、借⽅の両⽅を総合的にみる必要がある。

図表2に⽰す⽇本企業全体のバランスシートにおいて、2010年度と2019年度を⽐較すると、純資産の部で利益剰余⾦が181.1兆円増加している⼀⽅で、資産の部では、現⾦・預⾦が56.3兆円、建物・設備等が24.7兆円、投資有価証券が147.0兆円、その他の固定資産が51.6兆円、それぞれ増加している。内部留保の利益剰余⾦は、借⼊⾦、社債や新株の発⾏により調達した資⾦と同じく、建物・設備への国内投資やM&A(企業の合併・買収)などに活⽤され、資産の部に建物・設備、投資有価証券などとして計上される。投資有価証券の⼤幅な増加は、事業活動のグローバル化に対応するために、海外企業へのM&Aが積極的に⾏われていたとみられる。

もちろん、現⾦・預⾦の形で資産に計上されるものもある。企業において、⽇々の運転資⾦や緊急時の備えとして、⼀定の現⾦・預⾦の保有は不可⽋である。2019年度で、⽇本企業全体の現⾦・預⾦額は運転資⾦の1.2倍3であり、多過ぎる⽔準ではない。現⾦・預⾦は中⼩企業で多く保有されている。中⼩企業では、設備投資の際の資⾦調達は⾦融機関からの借⼊が中⼼となっており、資⾦繰りの悪化等により借⼊が難しくなる場合に備え、内部留保を厚めに蓄積せざるを得ない⾯がある。

このように、法⼈企業統計調査結果から考察すると、内部留保はさまざまな形で活⽤されていることが、コロナ危機前の⽇本企業全体の財務内容であったと理解できる。

 

 

ただし、⽇本企業全体で内部留保が蓄積されていたといえ、その厚みを業種別にみるとばらつきが⼤きい。すべての業種において、⼗分な内部留保があるわけでない。図表3に⽰すとおり、1ヶ⽉当たり売上高に対する倍率でみれば、全産業平均で3.8ヶ⽉分の利益剰余⾦があり、多くの製造業は平均を超える利益剰余⾦の⽔準にある。⼀⽅で、⾮製造業は平均を下回る利益剰余⾦の⽔準の業種が多い。コロナ危機の需要消失で⼤きな影響を受けている卸売・⼩売(利益剰余⾦:1.9ヶ⽉分)、宿泊・飲⾷サービス(同:1.1ヶ⽉分)はかなり低い⽔準にある。

 

 

図表4で、業種別の⾃⼰資本⽐率をみても同様な傾向がある。⾃⼰資本⽐率が低いと、売上の⼤幅減があれば資⾦繰りが困難となり、経営危機に陥るリスクがある。⼀般的には、健全な財務基盤としては、⾃⼰資本⽐率が40%以上であることが望ましいとされる。製造業では40%以上の業種がほとんどであるが、⾮製造業ではばらつきがある。コロナ危機の需要消失で⼤きな影響を受けている卸売・⼩売(⾃⼰資本⽐率:35.8%)、宿泊・飲⾷サービス(同:24.8%)は低い⽔準にある。

 

 

2.コロナ危機下での⽇本企業の財務調整〜内部留保活⽤の⼀⽅でバランスシート悪化

コロナ危機による⽇本企業への影響を法⼈企業統計で概観すると、図表5に⽰すとおり、最悪期の2020年4-6⽉期は、売上⾼が前年同期⽐61.2兆円減(17.7%減)、経常利益が同10.8兆円減(46.6%減)と⼤幅な減少を記録した。4-5⽉に緊急事態宣⾔が発出されたことに伴い、経済活動が⼤きく制約され、外出⾃粛なども重なって需要が急減したからである。売上高と経常利益ともに前年同期⽐マイナスであるものの、7-9⽉期、10-12⽉期は回復に向かっている。経常利益は10-12⽉期には前年同期の⽔準に近くなっている。売上⾼があまり回復しない状況でも、固定費となる⼈件費や設備投資を抑制して財務管理を機敏に進めたものによるとみられる。最悪期の4-6⽉期は従業員数が前年同期⽐225.2万⼈減(6.6%減)と⼤幅に減らされたが、その後は雇⽤調整助成⾦などの政策⽀援もあって減少幅が⼩さくなっている(前期⽐では増加を続けている)。設備投資は、2020年4-6期から3四半期連続で前年同期を下回っており、新規投資が抑制されている。

資産と負債の財務⾯をみると、4-6⽉期末の短期借⼊⾦残⾼が前年同期⽐31.3兆円増(20.8%増)と急増し、その後も⾼い⽔準で増加している。7-8⽉期からは⻑期借⼊⾦の増加も⽬⽴つ。売上⾼の急減により資⾦繰りの悪化を回避するために短期借⼊⾦が増加している。7-8⽉期以降の⻑期借⼊⾦の増加は、事業の継続・再起に必要な資⾦確保を図る動きがあるとみられるが、昨年5⽉から始まった⽇本政策⾦融公庫等や⺠間⾦融機関による中⼩企業向け実質無利⼦・無担保融資、⽇本政策投資銀⾏等による中堅・⼤企業向け危機対応融資などの政府・⽇本銀⾏の⾦融⽀援の効果が⼤きいといえる。⽇本企業全体として、こうした借⼊⾦増加や社債発⾏により⼤量の資⾦確保が図られ、現⾦・預⾦の積み増しを強める動きとなっている。今後の⽀払に備えて、現⾦・預⾦という⼿元流動性の確保に企業が動くのは、新型コロナウイルス感染収束の先⾏きが⾒通せないことによる。現⾦・預⾦は、直近の10-12⽉期でも前年同期⽐31.1兆円増(同15.3%増)と増加傾向に変わりない。

 

 

さらに、財務⾯での変化で注⽬されるのは、内部留保である利益剰余⾦の減少である。4-6⽉期以降の3四半期連続で前年同期を下回っている。2019年度末の2020年1-3⽉期末に470.8兆円あった利益剰余⾦が、4-6⽉期に11.8兆円減少、7-9⽉期に5.5兆円減少となっている。4-9⽉の間に計17.3兆円の利益剰余⾦が取り崩されたことになる。最終損益が悪化し、配当⾦⽀払などを取り崩して賄うほかなかったとみられる。

コロナ危機で、⽇本企業の収益が急激に悪化し、負債増でバランスシートは悪化した。しかし、機動的に取り崩せる内部留保の蓄積があったことで、⾃⼰資本⽐率はわずかな低下ですんでおり、健全な⽔準を維持している。コロナ危機の前は内部留保への批判が強かったが、コロナ危機という⾮常事態において、危機への備えとして、平時より⼀定⽔準の⼿元流動性(現⾦・預⾦)や内部留保(利益剰余⾦)を確保し財務基盤を強化しておくことの重要性が確認されたといえよう。

以上述べている内容は⽇本企業を全体としてみたマクロ的な評価である。企業の収益やバランスシートの変化については、製造業と⾮製造業で違いはあるし、業種によっても異なる。

そこで、製造業と⾮製造業の財務状況を⽐較してみる。⽐較にあたり、企業業績を評価するメルクマールとして重要なのは、営業キャッシュフロー(営業CF)である。企業が事業活動でどれだけキャッシュを⽣み出しているかを表すものである。図表6は製造業、図表7は⾮製造業の財務指標の推移を⽰したものである。

 

製造業では、外需の回復・増加による⾃動⾞産業が牽引することで営業CFは2020年7-9⽉期以降急速に改善し、10-12⽉期にはコロナ危機以前の2019年1-3⽉期の⽔準に戻っている。借⼊⾦は2020年4-6⽉期には短期が急拡⼤したが、その後短期が減り⻑期が増えている。利益剰余⾦も2020年7-9⽉期から増加に向かっている。従業員数を減らす雇⽤調整は続いている。設備投資は2020年4-6⽉期に⼀気に抑制され、その後も前年同期を下回る低い⽔準の状況が継続している。

 

 

⾮製造業では、コロナ危機でマイナス影響を強く受けたサービス関係等の業種が多く、営業CFは2020年7-9⽉期以降上向いたものの、コロナ危機以前の2019年1-3⽉期の⽔準には戻っていない。借⼊⾦は2020年4-6⽉期に急拡⼤し、その後も短期・⻑期ともに増加傾向にある。利益剰余⾦は2020年10-12⽉期にはやや増加している。従業員数は、需要の回復により2020年7-9⽉期から増加傾向にある。設備投資は 2020年4-6⽉期から3四半期連続で前年同期を下回っている。

次に、⾮製造業の中でも、特にコロナ危機で需要減退の強い影響を受けているサービス関係業種の財務状況をみる。直近の2020年10-12⽉期で、多くの業種において、⻑期借⼊⾦の増加、利益剰余⾦の減少となっている。⾃⼰資本⽐率が低下している業種も多い。営業CFも総じて低い。

 

 

業種別にみると、この中でもばらつきがある。巣ごもり需要で堅調な⾯もある卸売・⼩売業、富裕層の購⼊やリモートワークによる転居などの⾯で住宅需要のある不動産業は、利益剰余⾦、⾃⼰資本⽐率は増えている。⼀⽅、宿泊業、飲⾷サービス業、⽣活関連サービス業、娯楽業は厳しい。

宿泊業と飲⾷サービス業では、⾃⼰資本⽐率が、それぞれ15.0%、25.8%と、落ち込みが⼤きく、今後、需要の低迷が続けば、⼩規模企業などで廃業や倒産が⼀気に増えるリスクがあろう。財務基盤の著しい脆弱化は、信⽤リスクを⾼め、資⾦繰りのための借⼊⾦調達も困難となる。

3.今後の課題〜成⻑に向けた内部留保の有効活⽤と事業構造改⾰の推進

ポストコロナを視野に⼊れた⽇本企業の今後の課題として、潜在成⻑率の押し上げにつながる内部留保の有効活⽤、バランスシート悪化に対応する事業構造改⾰の推進をあげたい。

コロナ危機の下での⽇本企業の財務調整において、内部留保(利益剰余⾦)の蓄積があったことは危機回避に⼤きな役割を果たしたことが確認できた。今後、景気の回復・好調の局⾯になっても、将来の危機に備えて、設備投資や賃⾦の増加よりも内部留保を厚くすることを優先する動きが続けば、資本蓄積の抑制を通じて潜在成⻑率を押し下げかねない。コロナという未曾有の危機の経験が、⼿元流動性確保や内部留保の積み増しの動機を強める可能性もある。

コロナ危機での社会の変化は、新たな投資機会を⽣み出すのではないだろうか。そうした好機をとらえる設備・ソフトウェア・⼈材育成への投資は、内部留保を活⽤して積極的に⾏う必要があると考える。個々の企業において、経営者が⾃社の財務状況やポストコロナの経営戦略を踏まえて、投資機会の探索に努めていくべきであろう。

また、コロナ危機対応で資⾦繰りを確保するために増加した負債増によるバランスシートの悪化は、放置されれば今後の⼤きな問題となる。過剰債務問題を先送りすれば、経済の低迷が⻑引き、⽇本経済の潜在成⻑率を押し下げることになろう。コロナ危機下の中⼩企業の資⾦繰りと事業継続を⽀える実質無担保・無利⼦の融資制度で借⼊⾦の元本返済が猶予されるのは最⻑で5年となっている。営業CFが回復しないと返済は難しくなる。返済にどう対応するかは、今後、避けられない課題となる。そのためには、この5年間のうちに、中⼩企業のキャッシュを⽣み出す⼒を回復し、さらに強化していく事業構造改⾰に取り組んでいかなければならない。

このためには、政府・経済界の全体がバランスシート悪化への対応は先送りできない課題と強く認識し、問題状況が違う業種ごとに、当該の業界団体、所管省庁、⾦融機関、⾦融・法務・企業再⽣の専⾨家などが参画して、現状分析と今後の対応⽅向について議論し、業種に応じたきめ細かい対応をとっていく必要があるのではないか。政府は個々の企業経営に介⼊するのではなく、関係者の横断的な議論・対応の仕組みづくりや税制・法律等の⽀援措置を⾏うことに役割を発揮すべきと考える。市場から退出せざるを得ない企業は、退出や転業などが円滑に進むようになることが必要であり、その際に失業する労働者に対しては、正規労働者を主に想定し適⽤要件に限定がある雇⽤保険制度の枠組みを越えて、幅広く⽀援の対象にするような雇⽤のセーフティネットを充実していくことも検討する必要があるかと思われる。

関連論文

  • 藤原 幸則

    四半期開示制度の日本企業の経営に与えた影響 – 研究開発費に関する企業財務データのパネル分析 –

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    インサイト » トレンドウォッチ

     / DATE : 

    AUTHOR : 
    藤原 幸則

    ABSTRACT

    岸田文雄首相が所信表明演説(2021年10月8日)で四半期開示制度の見直しを表明して以降、金融庁の金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループにおいて検討が行われてきたところ、2022年度報告書では四半期開示は維持し、取引所規則による決算短信に一本化するのが適切とされた。主に情報利用者の便益からの意見が大勢になっており、日本の四半期開示制度の経営に与える影響について、実証研究の十分な蓄積があっての政策決定とは必ずしも言えないものとなっている(そもそも日本での実証研究の数は非常に少ない)。そこで、本稿では、企業の長期的視点にかかわる研究開発に対して、四半期開示制度が短期利益志向を助長し、研究開発費の抑制などの影響を与えているかどうかの検証を企業財務データのパネル分析により試みた。以下はその要旨である。

     

    1. 四半期開示の導入による研究開発費の抑制の因果関係については、仮説として、四半期開示によって投資家の短期利益志向が強まり、それが企業に対する市場からの圧力となって経営判断を短期化させ、目先の利益を計上するために、研究開発費の抑制による財務内容の改善といった対応に頼る企業行動がみられる可能性があると考えた。投資家の短期利益志向を表す指標としては、投資家の株式平均保有期間の短期化、外国法人等株式保有率の上昇という二つのものがあるとみている。

    2. 四半期開示制度の導入による投資家の短期利益志向を表す指標をもとに、企業の長期的な研究開発活動にどのような影響を与えているかを企業の財務データによるパネル分析を行った。
    分析対象企業は、日本の各業界を代表し株式取引の多い日経225の株価銘柄企業(225社)とした。パネル分析では、研究開発費の推計モデル式を設定し、投資家の短期利益志向を表す指標の影響の統計的有意性を検証した。

    3. 今般の推計結果では、特に外国法人等株式保有率のパラメータの符合や統計的有意性に頑健な結果が得られた。短期利益を求めて、利益還元など強く求める海外投資家の市場圧力が、日本企業の研究開発費を抑制している可能性があることが示唆されたことになる。ただし、結果の評価は慎重に考える必要があり、分析対象企業の拡大やモデル式の一層の改善といった研究課題がある。また、今後、政策決定のエビデンス蓄積に向けて、筆者以外にも多くの研究者が、四半期開示制度の評価を試みる有益な実証研究を進めていくことを期待したい。

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  • 藤原 幸則

    四半期開示制度の日本企業の経営に与えた影響

    研究プロジェクト

    研究プロジェクト » 2022年度 » 日本・関西経済軸

    RESEARCH LEADER : 
    藤原 幸則

    ABSTRACT

    リサーチリーダー

    上席研究員 藤原幸則 大阪経済法科大学経済学部教授

     

    研究目的

    現在、金融庁の金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループにおいて、企業情報開示のあり方について幅広い検討が行われている。とりわけ、四半期開示制度の見直しは、重要課題として位置づけられている。
    企業ごとの実態を考慮せず、短期的かつ一律的な財務情報の開示を促す現行の四半期開示制度は、企業経営者や投資家の短期的利益志向を助長しているとの懸念がかねて指摘されている。また、SDGsやサステナビリティへの意識と関心が高まるなかで、四半期ごとの定型的な開示を求める制度が、果たして、中長期的な企業価値向上を見据えた企業と株主の建設的な対話に寄与するものなのか、疑問の声もあげられている。
    頻繁な情報開示を行う企業が大きな負担を負っていることから、関西経済界からは四半期開示の義務付け廃止の要望が、2009年以来、政府や取引所に対して幾度も行われている。これに対し、今年4月、新しい資本主義実現会議と金融審議会は、四半期開示は維持し、取引所の決算短信に一本化するとの方針を示した。主に情報利用者の便益からの意見が大勢になっており、実証分析による十分なエビデンスがあっての議論になっていない。

    研究内容

    四半期開示制度による投資家の短期的利益志向化(株式保有期間の短期化)が、企業の長期的な企業価値向上への取り組み(長期投資、研究開発等)にネガティブな影響を与えているのではないか、ということを仮説として実証分析したい。たとえば、長期投資や研究開発の水準を被説明変数、ROA、Leverage、投資家株式保有期間その他を説明変数とする回帰分析が考えられる。法人企業統計によるマクロベースと上場企業の財務データ(サンプル数:数百社、30年)によるミクロベースの両面で、実証分析を行うつもりである。

     

    研究体制

    研究統括

    本多 佑三  APIR研究統括、大阪学院大学教授、大阪大学名誉教授

    リサーチリーダー

    藤原幸則  APIR上席研究員、大阪経済法科大学経済学部教授

     

    期待される成果と社会還元のイメージ

    四半期開示制度の日本の企業経営への影響(特にネガティブな影響)について、これまで十分な実証研究が行われていない現状から、日本企業の経営データ(上場企業対象)に基づく実証分析を行い、四半期開示制度の企業経営に与える影響を報告書にまとめる。報告書はWEBサイトに掲載、公表する。

    政府の制度見直しへの反映、企業や社会の課題認識と世論形成につなげる。

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  • 藤原 幸則

    金融所得課税のあり方 – 国民の資産形成と成長資金供給の促進を重視した議論を –

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     / DATE : 

    AUTHOR : 
    藤原 幸則

    ABSTRACT

    昨年秋、自民党総裁選挙を契機に金融所得課税の見直し議論がにわかに注目された。しかし、市場関係者から懸念の声があり、昨年10月初めには株価下落もあって、表立った議論は消えた。昨年12月の令和4年度与党税制改正大綱では、今後の検討課題とされている。今回の議論の背景は、いわゆる「1億円の壁」というフレーズに端的に集約されている。本稿では、金融所得課税の見直し議論の背景と論点を概観したうえで、そのあり方について私見を提起している。今後の金融所得課税のあり方として、重視すべきことは、国民の資産形成と成長資金供給の促進にあると考える。将来の検討課題として、コロナ対策のために発行した国債の償還財源について、コロナ禍の終息後の経済回復を待って、所得税や法人税を時限的に付加増税することにあわせて、金融所得課税も超高所得者を対象に税率を25%(現行税率20%+5%)へ時限的に付加増税することは現実的に納得性があるものと考える。

     

    1. 「1億円の壁」の問題は、申告所得税において所得階層別にみた場合、合計所得金額が1億円超になると所得税の負担率が下がっていくことをさしている。高所得者層ほど所得に占める株式等譲渡所得の割合が高くなっており、その金融所得の大部分は分離課税の対象として、累進所得課税よりも相対的に低い税率が適用されているからである。これがゆえに、税負担の不公平、所得再分配機能の低下、格差の拡大と問題視されている。

    2. 金融所得課税の見直しについて、分離課税の税率を一律に引き上げる場合、高所得者層の税負担増加にとどまらず、中低所得者層も増税になるという問題がある。株式・債券等の有価証券を持つ中低所得者は幅広く存在している。大衆増税にならないよう、たとえば、税率引き上げの対象を合計所得金額が1億円超の超高所得者に限定するということが考えられる。
    しかし、税率が高率になると、投資家心理を冷やし株価下落などの金融資本市場への影響がありうる。こうした影響の判断は難しいが、何よりも、成長資金供給に向けて、投資家が積極的にリスクテイクを行うという機能を損なってしまうことにならないかが懸念される。

    3. 今後の金融所得課税のあり方として、重視すべきことは、国民の資産形成と成長資金供給の促進にあると提起したい。中低所得者層の資産形成の支援に向けてはNISAの拡充や株式等譲渡所得の総合課税選択可とすること、高所得者層には損益通算範囲のさらなる拡充などを検討する必要がある。将来の検討課題として、コロナ対策のために発行した国債の償還財源について、コロナ禍の終息後の経済回復を待って、所得税や法人税を時限的に付加増税することにあわせて、金融所得課税も超高所得者を対象に税率を25%(現行税率20%+5%)へ時限的に引き上げることは現実的に納得性があることだと考える。

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  • 藤原 幸則

    コロナ後における財政の規律回復と健全化 – 内閣府「中長期の経済財政に関する試算」から考察した論点 –

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     / DATE : 

    AUTHOR : 
    藤原 幸則

    ABSTRACT

    内閣府は、例年1月と7月に「中長期の経済財政に関する試算」の結果を公表している。今年、7月21日に最新の試算結果が示された。2025年度のPB(プライマリーバランス)黒字化目標を堅持した骨太方針2021を数字で裏付けるものである。本稿では、この最新の試算結果を考察し、コロナ後における財政の規律回復と健全化の論点整理を行った。要約は以下の通りである。

    1. 今回の試算結果によると、「成長実現ケース」では、2027年度にPB黒字化が達成される。前回(2021年1月)試算結果では2029年度であったのが2年早くなっている。コロナ前への経済回復がやや遅れると見通しているにもかかわらず、こうした試算結果となるのは、名目GDPの水準の落ち込みによる収支悪化要因よりも、2020年度の税収の予想外の上振れによる収支改善要因の方が大きいということの結果といえるだろう。また、歳出改革を今後も継続すれば、PB黒字化の前倒しが視野に入る試算結果ともなっており、コロナ後における財政健全化の道筋についての検討で、歳出改革は重要なポイントになることがわかる。

    2. 内閣府の中長期試算の前提となっている全要素生産性の上昇率(いわば技術進歩率)については、以前から多くの研究者から非現実的あるいは過大な想定との疑問が呈されている。潜在成長率の過去の推移から、今回試算の「成長実現ケース」の想定は過大ではないかという見方はどうしても否めない。かといって、1%弱を下回る「ベースラインケース」の想定のままであってもいけない。政府が成長戦略の柱に掲げるグリーンやデジタルについて、具体的な戦略を積み上げていく議論が、財政健全化の道筋の具体化という意味でも必要である。

    3. コロナ感染の収束が見極められてから、財政規律の回復とともに、PB黒字化などの財政健全化目標を再設定するのがよいだろう。コロナ後の財政健全化については、人口減少・高齢化等による構造的な財政赤字への対処と、コロナ対策のような予期できない緊急措置による財政赤字への対処とを、分けて考える必要がある。また、コロナ後の財政規律の確保のために、コロナ対応の施策を中心に、必要なくなったものが存続しないよう既存歳出のスクラップに取り組む必要があるし、補正予算も含め、追加的な歳出にはそれに見合う安定的な財源を確保するというペイアズユーゴー(pay as you go)原則が踏まえられるべきである。

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  • 藤原 幸則

    雇用調整助成金の効果と課題 – 新型コロナウイルス感染症特例措置をめぐって –

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     / DATE : 

    AUTHOR : 
    藤原 幸則

    ABSTRACT

    1. 新型コロナウイルス感染症の拡⼤は、企業規模を問わず、幅広い産業や業種に深刻な影響を及ぼしている。このような中で、政府は企業の事業継続と雇⽤維持の⽀援に注⼒している。失業を防⽌する雇⽤維持対策として雇⽤調整助成⾦がある。政府においては、昨年2⽉14⽇、雇⽤調整助成⾦の「新型コロナウイルス感染症特例措置」を創設して対応を⾏っている。

    2. 雇⽤調整助成⾦について、2021年1⽉15⽇時点で、申請件数は累計で 36万件、⽀給決定額は累計で2兆6,042億円となっており、幅広い企業や事業主が助成⾦を活⽤している。リーマンショック時の助成⾦⽀給額実績の年度ピークは2009年度で6,535億円だったのに⽐べて、今回のコロナ禍では著しく急増していることがわかる。完全失業率について、2020年4⽉以降で最⾼3.1%(10⽉)、直近の11⽉は2.9%と、リーマンショック後の最悪の数値(2009年7⽉5.5%)に⽐べて低い⽔準にとどまっている。コロナ禍の中で2020年4〜6⽉期に実質GDPが年率約3割減という落ち込みがあったことを考えると、雇⽤調整助成⾦が未曾有の経済危機の中での失業防⽌という点で⼤きな効果を発揮していると評価できよう。

    3. コロナ禍の中では雇⽤調整助成⾦の活⽤が急拡⼤し、特例措置の適⽤期間も1年にわたることとなり、雇⽤調整助成⾦の財源プールとなっている雇⽤安定資⾦の涸渇化が懸念されるようになっている。雇⽤調整助成⾦は、事業主の利益だから財源は事業主負担という本則があるが、危機対応の観点から⾒直すべきではないか。そもそも、今般の感染症拡⼤による経済危機は、事業主連帯の考え⽅での保険料で雇⽤調整助成⾦の財源を賄うに⾜る域を超える異常事態であり、失業の著しい急増を避けることは経済や社会にとって⼤きな利益ともなる。⾃然災害やパンデミックなどによる国難とも⾔うべき重⼤な経済危機に際しては、雇⽤調整助成⾦へ⼀般財源を投⼊できることを本則にすべきと考える。

    4. 欧⽶各国は、危機的な新型コロナウイルス感染症の急拡⼤に直⾯して、雇⽤維持政策の実施を相次いで延⻑しているが、出⼝を模索する動きもある。⽇本においても雇⽤維持政策の出⼝の模索は悩ましい課題であるが、危機がある以上は雇⽤調整助成⾦の特例措置を延⻑しつつも、コロナ禍の中でも様々な創意⼯夫や対策によって事業の継続・再開・転換を図る企業に対する重点的な助成に軸⾜を移していくべきであろう。労働者を休業させて雇⽤維持を図るだけの企業に対しては、雇⽤情勢をみながら、段階的に特例の縮減を進めていくべきであろう。また、成⻑分野への労働移動促進のための⽀援、職業能⼒開発への⽀援は、思い切った強化を図るべきと考える。

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  • 藤原 幸則

    後期高齢者医療費の自己負担割合のあり方- 今年末に取りまとめられる所得基準の線引きに向けて –

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     / DATE : 

    AUTHOR : 
    藤原 幸則

    ABSTRACT

    1. 我々が病院や診療所で受診した場合、医療費の窓⼝負担(⾃⼰負担)が必要になる。現⾏制度では、現役世代は所得に関係なく3割負担、70〜74歳の⾼齢者は原則2割負担であるが、75歳以上の後期⾼齢者は原則1割負担となっている。⾼齢者でも現役並み所得がある場合は3割負担となる。

     

    2. 2022年から団塊の世代が75歳以上の後期⾼齢者に⼊り始め、医療費が急増していく⼀⽅で、⽀え⼿の現役世代の⼈⼝は急減が⾒込まれると想定される中で、現役世代の負担上昇を抑えながら、医療保険制度の持続性を維持する観点から、後期⾼齢者医療費の⾃⼰負担割合を負担能⼒に応じて2割に引き上げる議論が進んでいる。政府の全世代型社会保障検討会議などでは、⼀定以上の所得がある⼈には⾃⼰負担割合を2割に引上げる⽅針であり、焦点となる所得基準の線引きの議論を本年末までに⾏うとし、⼤詰めの段階に来ている。

     

    3. 今後も現役世代が⾼齢者医療を⽀えていく必要があるが、医療保険制度を維持し、増⼤する⾼齢者医療費を現役と⾼齢の両世代でなるべく公平に負担を分かち合うためには、「能⼒に応じて」という意味で、⼀定以上の所得がある⾼齢者については、⾃⼰負担割合を引上げることはやむを得ない。⼀⽅、⾼齢者側の事情も⼗分に踏まえる必要がある。1⼈当たり医療費は年齢階級が上がるほど増えていく。⾼齢者は平均年収も⼀般的に下がるので、年間所得に対する患者の窓⼝負担額の割合は現役世代より⾼い。所得が低いほど負担が逆進的になる。

     

    4. そもそも、所得基準の線引きについては、明確な根拠を求めることは難しいが、筆者の考えとしては、所得額に応じて利⽤者負担割合が1割、2割、3割とすでに分けて設定されている介護保険サービスを参考にしてはどうかと考える。後期⾼齢者医療費の⾃⼰負担割合引上げについては、まずは、合計所得160万円以上(年⾦収⼊等約280万円以上)の⼀般所得者を対象に2割負担を導⼊するのが適当と考える。その導⼊タイミングは、急な制度変更で混乱が⽣じないよう、2022年4⽉以降に75歳になる⾼齢者から順次適⽤していくのがよいだろう。

     

    5. また、将来的な検討課題となるが、「能⼒に応じて」の負担という中には⾦融資産や不動産の保有状況も反映させることが考えられる。例えば、フローの年間収⼊は少なくても多額の⾦融資産や不動産を保有する⾼齢者には3割負担を求めることは検討に値するだろう。

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  • 藤原 幸則

    新型コロナウイルス対策特別会計(仮称)の設置 -予算・執行の透明化と財政規律の確保を求める-

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     / DATE : 

    AUTHOR : 
    藤原 幸則

    ABSTRACT

    新型コロナウイルスは、海外で依然猛威をふるっている。国内においても、今後、インフルエンザとの同時流⾏や感染流⾏の「第3波」の可能性があり、警戒は怠れない状況にある。新型コロナウイルスは、わが国の財政の悪化にも⼤きな影響を及ぼしている。コロナ禍の出⼝は未だ⾒通せず、財政⾚字の⼤幅な増加が今年度だけで終わる保証はない。

    もちろん、新型コロナウイルス対応は、国⺠の⽣命と経済社会を守るためのものであり、必要な歳出は躊躇なく機動的に⾏うことが必要である。しかし、財政規律のタガがはずれたままであってよいわけはない。財政⺠主主義の原則に照らし、緊要な予算・執⾏でも透明性の確保と事後の効果検証は必要であるし、緊急事態から脱したときから、財政健全化に向けてどのような取り組みを⾏うかも今から議論・検討しておくべき重要課題と考える。そこで、今後の財政健全化に向けては、平時と緊急時で分けて考えていくことを提案したい。提案内容の要約は、以下の通りである。

    1. コロナ禍前からのわが国財政は、社会保障の給付と負担のアンバランスなどによる構造的な財政⾚字を抱えており、こうした平時の財政の健全化については、潜在成⻑率を引上げ、経済成⻑を通じた税収増による財政収⽀改善が重要であるとともに、社会保障⽀出増加の抑制に踏み込んだ改⾰、消費税による安定的な税財源の確保が必要と考える。

    2. ⼀⽅、新型コロナウイルス対応に要した緊急の歳出については、東⽇本⼤震災復興特別会計にならい、別途、「新型コロナウイルス対策特別会計(仮称)」を設置して、事業に時限を付しつつ、予算・執⾏を⼀元的に管理し透明化するとともに、その財源充当のために発⾏した国債全額は、コロナ危機からの経済回復後の特別増税などにより計画的に償還していくことが必要と考える。コロナ禍の今を⽣きる世代が連帯して負担し、将来世代に負担を先送りしないとして、借換債も含め全体として20年間で償還し終えるのが適切と考える。

    3. 新型コロナウイルス対策で発⾏した国債の償還財源については、負担の分かち合いや能⼒に応じた追加負担という意味で、所得税が最も望ましい。特に、コロナ禍でも所得減の影響が少なかった(あるいは、影響がなかった)中・⾼所得者に特別な負担を求めることは公平の観点から妥当であろう。これに加え、社会連帯と経済対策の受益という意味で、法⼈も幅広く負担することが必要だろう。さらに、国際協調により資産課税や⾦融取引課税を主要国が同時に同税率で導⼊することもめざすべき⽅策であろう。

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  • 藤原 幸則

    水災害の激甚化への総合的対策の強化- 全国的な対策推進の枠組み、土地利用規制、保険制度の強化を-

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     / DATE : 

    AUTHOR : 
    藤原 幸則

    ABSTRACT

    近年、全国各地で豪⾬等による⽔災害が頻発し、被害も甚⼤化するケースが増えている。限られた財政の中では、堤防強化や砂防⼯事などの公共事業によるハード対策だけに頼るには限界がある。⽔災害リスクを低減させる⼟地利⽤、実効性ある避難態勢の構築などのソフト対策もあわせて推進していく必要がある。国としても、2020年度からハード・ソフト⼀体の「流域治⽔」という総合的対策の強化に舵を切っている。こうした国の動きは⾼く評価できるが、効果をさらに⾼めるためには、地震対策と同じような総合的対策の枠組みの強化、浸⽔ハザードエリアでの⼟地利⽤のさらに踏み込んだ規制、⾃助を促す⽔災害保険の強化が、なお必要な課題と考える。これら課題への対応策として、本稿において提案する内容の要約は、以下の通りである。

     

    1. 地震対策では「地震防災対策特別措置法」が制定され、国と地⽅あげた全国的な防災対策の強⼒な推進の枠組みがあるが、⽔災害対策では⽤意されていない。近年の激甚化する⽔災害で顕在化した課題への対応をはじめ、全国的な⽔災害対策の強⼒な推進のため、国は「⽔災害対策特別措置法」(仮称)を制定し、全都道府県において優先度も踏まえた実施⽬標の設定と5年おきの事業計画を策定し、進捗管理のPDCAを回す枠組みの早期具体化を期待する。

     

    2. ⽔災害リスクの⾼い地域では、現⾏法上、⼀部開発許可の厳格化があるものの、警戒・避難態勢の整備を求めるにとどまる。浸⽔ハザードエリアすべてにおいて、新たな開発規制を課すことは現実的でない。浸⽔深が深く浸⽔継続時間が⻑いと想定される地域や家屋倒壊等氾濫想定区域といった特にリスクの⾼いエリアでは、新たな開発を原則禁⽌とすべきと考える。

     

    3. ⾃助による保険の備えは、⽔災害の被災者の住宅再建で重要な役割がある。甚⼤化する⽔災害は今後も続く可能性が⾼く、⺠間損害保険会社の保険⾦⽀払負担⼒の余⼒が激減している。⼤都市の⼤河川の氾濫ともなれば、⼀気に限界に達しかねない。先⾏する地震保険と同じように、⺠間の負担⼒を超えるところは国が再保険を⾏い、官⺠が保険責任を分担する⽔災害保険制度を整備する時に来ているのではないだろうか。この新しい保険制度では、損害補償だけの機能にとどまらせず、住⺠・企業等に⽔災害リスクを認識させ防災意識を⾼めるとともに、危険な⼟地の開発禁⽌といった適切な⼟地利⽤や地域の防災・減災努⼒と連携するような制度設計を⾏う必要がある。保険料にリスクの⾼低を反映させ、住⺠や地域等の防災・減災努⼒に応じて保険料の割引を受けられるインセンティブとあわせたものとすべきである。

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  • 藤原 幸則

    新型コロナウイルス対策で見えた地方の財政力格差-税源交換による地方税の偏在是正・税収安定化を-

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    AUTHOR : 
    藤原 幸則

    ABSTRACT

    新型コロナウイルスの感染拡大は、地域経済にも大きなマイナス影響を及ぼしている。地域経済の悪化は税収減により地方財政へ影響が及び、その影響は長期化する可能性がある。感染拡大は地方財政への影響の長期化だけにとどまらない。そこで、本稿では、新型コロナウイルス感染拡大で見えた地方の財政力格差の背景と問題点を整理し、財政力格差の要因になっている税収の偏在是正のための制度改革の提案を行った。地方税の偏在性において、最も大きいのが地方法人二税であり、最も小さいのが地方消費税である。そこで、地方の法人課税分と国の消費税分について、同額で税源交換し、地方消費税を拡充することが有効と考え、シミュレーションも行った。

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  • 藤原 幸則

    最低賃金をどう決定するか -経済実態、生活圏を反映した水準決定とエリア設定を-

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     / DATE : 

    AUTHOR : 
    藤原 幸則

    ABSTRACT

    新型コロナウイルスの感染拡大による経済危機は、2020年度の最低賃金改定の議論に大きな影響を与えている。本稿では、最低賃金引上げについての近年の動向や議論の論点(国際比較、生産性との関係、全国一元化)を整理した上で、制度の見直し提案として、①エビデンスに基づく経済実態に即した引上げ額の検討、②都道府県単位のエリア設定を見直し、同一都道府県でも経済実態に即した区分けや都府県をまたがる生活圏としての一体化を反映した水準決定、③ポリシーミックスによる引上げが可能となる環境整備、という3点を示している。

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