ABSTRACT
地域が世界と直につながる経済社会のグローバル化の進展、本格的な人口減少が進む日本の将来を見据えるならば、関西はひとつという視点から、地域としての総合力を発揮することがますます重要になる。本稿では、関西における広域連携の実績と課題を踏まえ、多様性や独自性を尊重しながらも、関西としての総合力を発揮できる制度のあり方として、関西広域連合の機能強化の必要性について意見を述べる。
DETAIL
はじめに
関西には、京都、大阪、神戸という大都市をはじめ、個性豊かな諸都市があり、それらの周りには、豊かな自然に恵まれた地域が日本海側から太平洋側まで広がる。豊富な歴史文化遺産の集積にも表れているように、各都市や地域には、歴史的にも固有の伝統、文化、産業を育んできたところも少なくない。
観光インバウンドの継続的増加が示すとおり、こうした関西の多様性は、関西の大きな魅力になっていることは間違いない。その一方で、「関西はばらばら」「関西はひとつひとつ」と揶揄、批判されてきたように、多様性や独自性のゆえに、関西をひとつにとらえて、アピールする、行動するということでは、連携や一致協力を拒む、視野の外に置くというような気風が行政および住民ともにあったことは否めないであろう。
地域が世界と直につながる経済社会のグローバル化の進展、本格的な人口減少が進む日本の将来を見据えるならば、関西はひとつという視点から、地域としての総合力を発揮することがますます重要になる。
本稿では、関西における広域連携の実績と課題を踏まえ、多様性や独自性を尊重しながらも、関西としての総合力を発揮できる制度のあり方について意見を述べたい。
1.関西における広域連携の実績と課題
(1)大規模プロジェクトの推進
関西では、1970年代後半から、経済活性化や将来の発展基盤の形成をめざした大規模プロジェクトを立ち上げる動きが強まった。これらは府県域を越えるプロジェクトとなり、官民が広域的に連携して推進していくこととなった。東京一極集中が強まり、1970年以降、関西経済の低迷と相対的地位低下が続いたことに対する危機意識が、大規模プロジェクトの組成と広域連携による推進を促したといえよう。ここでは、大規模プロジェクトとして、関西国際空港、関西文化学術研究都市、高速道路ネットワーク整備を例としてあげる。
関西国際空港
関西国際空港(関空)は、1960年代以降、航空需要が拡大し、大型のジェット旅客機が就航し始めた中で、騒音公害への配慮から発着時間に制約がある大阪国際空港(伊丹空港)のみでは将来の航空需要に対処できないという見通しの下、国が中心となって構想・計画し、地元調整を経て、1994年に滑走路1本で開港した。関西の新国際空港ということで、官民の広域連携の下、空港建設事業や空港会社への出資、国内外へのポートセールス団の派遣、さまざまな開港PRキャンペーンの推進が行われた。開港後、さらに複数の長距離滑走路を備えた完全24時間運用のグローバルスタンダードの国際拠点空港を実現するため、2007 年の第2滑走路供用開始をめざす2期事業も、官民の広域連携により推進された。目標どおりの2007 年の第2滑走路供用開始後も、エアポートプロモーションをはじめ、関空の就航便数の増加・利用促進に関西一体となった取り組みが継続されている。
今後、関西一体という視点からの広域連携の真価が問われるのは、関空・伊丹・神戸の関西3空港問題である。国・自治体・経済団体等の関係者からなる関西3空港懇談会において、3空港がどのように機能分担し、航空需要へ対応していくかが課題となるが、根強い自治体の利害対立があり、合意形成は容易ではない。課題は空港の運営だけにとどまらず、空港間アクセス、背後の都市づくりなどまで視野に入れた関西全体での検討・調整が必要であり、調整力ある広域自治組織の存在が求められる。
関西文化学術研究都市
関西文化学術研究都市(けいはんな学研都市)は、1978年に発足した関西学術研究都市調査懇談会(座長:故奥田 東・元京都大学総長)により提唱された。創造的、国際的、学際的、 業際的な文化・学術・研究の新たな展開の拠点として、1987年の関西文化学術研究都市建設促進法の施行以来、京都府、大阪府、奈良県の3府県にまたがる京阪奈丘陵において、産学官連携の下、国家プロジェクトとして事業が進められてきた。1994年のまちびらき以降、立地施設や人口は着実に増加し、多くの研究開発成果も生み出している。まちの成熟度に応じて柔軟に事業を進めることが可能なクラスター型開発による、学術・研究にとどまらない、住む、働く、交流するといった複合型機能を有する都市としての整備が奏功した。 けいはんな学研都市は経済情勢等幾多の困難を経ながらも、確かな成長を見せてきたが、3府県・8市町の境界があるがゆえに一体的発展を妨げる面もあったことは否めない。学研都市全体を一つの特別な自治体にしていれば、住民の一体感の醸成、自治体間で温度差のない開発整備方針の統一と実行、クラスター間を結ぶ道路等のインフラの早期整備などにおいて、より大きな効果をあげられたものと思われる。
高速道路ネットワーク整備
関西には、関空・阪神港といった世界とのゲートウェイとなる空港・港湾のみならず、その後背圏には日本有数の製造拠点や消費市場があり、各拠点と空港・港湾を結ぶ高速道路ネットワークの整備は欠かせない。かねてより、高速道路のミッシングリンク(ネットワークの途切れ)の解消が大きな課題となっていたが、関西の官民が一体となった要望活動や機運醸成により、2012年4月に新名神高速道路の一部区間の建設凍結が解除され、さらに、大阪湾岸道路西伸部(2016年度より)や淀川左岸線延伸部(2017年度より)の事業化につながった。
事業化が困難を極めたのは、大阪湾岸道路西伸部と淀川左岸線延伸部である。道路公団民営化以降は高速道路会社の料金収入を原資とした新規建設が抑制され、国庫負担のある道路事業であっても、建設区間の自治体に巨額の財源負担問題が生じ、長らく暗礁に乗り上げていた。現行制度では、道路建設区間の自治体にのみ負担があり、府県を越えた広域幹線道路の早期整備が難しい。関西一体の広域自治組織が優先順位も判断しながら、受益の度合いに応じた広い財源負担を調整できれば、より早く事業化できたと考える。
(2)広域産業振興
関西には、基礎素材、加工組立、部品・部材等の製造業からサービス業まで、幅広い分野の産業が集積しているが、リーディング産業が不在の状況にある。将来に向けて関西経済が発展し続けていくためには、関西のポテンシャルを生かし、広域的に連携しながら、リーディング産業となりうる成長産業の育成、創業・ベンチャー支援が必要である。ここでは、広域観光戦略の推進、健康・医療産業の育成、創業・ベンチャー支援を例としてあげる。
創業・ベンチャー支援
経済成長に不可欠なイノベーションに関しては、創業・ベンチャー支援が重要である。関西でも各自治体が施策として取り組んでいる。現状、京阪神地域で見ると(図表2を参照)、各自治体が個々に大阪産業創造館や大阪イノベーションハブ(大阪市)、起業プラザひょうご(兵庫県)、神戸インキュベーションオフィスやSOHOプラザ(神戸市)、京都リサーチパーク(京都府・市)などの支援施設を開設し、ビジネスプランの評価、資金支援、支援者ネットワークでの対応などのさまざまな支援プログラムを展開している。民間においても、スタートアップ支援オフィスの提供やベンチャーキャピタルなどによる支援に取り組むところが出てきている。
残念ながら、健康・医療産業のようなプラットフォームはなく、多くの創業・ベンチャー支援が、ばらばらに広域的な連携なしに行われている。また、ベンチャーキャピタルのような有力な資金支援者は関東や海外に多い。関西一体でのベンチャー・エコシステム(効果的かつ持続的に創業・ベンチャーを育成支援する環境)の構築に向けて、起業家の発掘、起業家同士あるいは起業家と支援者のネットワーク構築、さらには国内他地域や海外とのつながりなど、広域連携による効果的な支援が不可欠と考える。
(3)広域自治組織(関西広域連合)の実現
関西では、個々のプロジェクトやテーマでの官民の広域連携のみならず、広域課題に対応する複数事業を束ねる広域連携組織の実現にも取り組んできた。この取り組みは、分権改革・広域行政の議論ともあわせて行われてきた経緯がある。
議論の先駆けは経済界から提起された。関西経済連合会は、2003 年2月、提言「地方の自立と自己責任を確立する関西モデルの提案」をとりまとめた。提言では、「選択肢の多いフレキシブルな地方制度」への改革が必要であり、特に関西の多様性を生かすためには府県連合型の州制が適切であると主張し、その上で、既存の広域連合制度を活用して「広域連合関西州」を設置することを提案した。関西における広域自治組織や分権改革についての産学官による具体的な議論や検討は、この提言を契機に本格化した。
2006 年7月に、関西の2府7県4政令市の知事・市長と経済団体トップによる関西分権改革推進協議会が発足し、関西の広域課題として取り組むための広域連合の事務を明確にするとともに、既存の関西の広域連携組織の整理統合について精力的な議論・検討が行われた。その結果、2007 年7月、当時存在していた複数の広域連携・官民連携組織が関西広域連携協議会を中心として発展的に解散・合流し、新たに関西広域機構が設立された。
関西分権改革推進協議会では、2007 年6月の総会において、「国からの権限・財源の移譲を受けて府県を越える広域的課題に取り組む広域自治組織として、地方自治法に基づく関西広域連合の設置は有力な選択肢」と合意されており、それを引き継ぐ形で、関西広域機構の中に分権改革推進本部が設置された。同本部において、関西広域連合の設立に向けた詳細な検討が進められた。
このような分権改革・広域行政の流れと広域連携・官民連携の流れが合流する形で、2010 年 12 月、滋賀県、京都府、大阪府、兵庫県、和歌山県、鳥取県、徳島県の2府5県の参画により、関西広域連合が設立された。府県で構成される広域連合は、全国初のものとなった。
関西広域連合は、①地方分権改革の突破口を開く(分権型社会の実現)、②関西における広域行政を展開する(関西全体の広域行政を担う責任主体づくり)、③国と地方の二重行政を解消する(国の地方支分部局の事務の受け皿づくり)、という3つを狙いとして掲げた。広域防災、広域観光・文化・スポーツ振興、広域産業振興、広域医療、広域環境保全、資格試験・免許等、広域職員研修という7分野の事業および企画調整事務で府県を越えた活動を進めている(図表3に実施事務の概要を示す)。
2012 年4月に大阪、堺、京都、神戸の各政令市が加入し、2015 年 12 月には奈良県も部分加入(広域防災、広域観光・文化・スポーツ振興の2分野に参加)した。関西広域連合が、名実ともに関西一体の広域自治組織となるためには、奈良県が部分参加でなく、全部の事業に参加することを強く期待したい。
関西広域連合は、関西一体での意見の主張、ドクターヘリを運航する広域医療の推進、東日本大震災でのカウンターパート方式支援などで評価される成果をあげてきた。しかし、国の地方支分部局のいわゆる「丸ごと移管」が、民主党政権当時の 2012 年 11 月に閣議決定までされながら、同年末の政権交代により立ち消えとなり、設立時の大きな狙いであった国の権限と財源の移譲は実現しておらず、大きな課題として残されている。
2.関西の総合力発揮のための制度
(1)関西広域連合の機能強化による総合力発揮
関西の総合力発揮のためには、自主・自立の関西を実現するという官民の強い思いと期待を持って設立された関西広域連合の機能強化に取り組むことが極めて重要であると指摘したい。経済社会のグローバル化の進展、本格的な人口減少の中で、関西の実態を踏まえ、関西のポテンシャルを生かした関西一体での有効な施策を打つためには、国の権限と財源の移譲を進め、関西として主体的な判断と責任により広域行政課題に取り組むことが不可欠である。
国の権限と財源の移譲に関する国との調整のハードルは非常に高いが、関西広域連合がリーダーシップをとって、権限と財源の委譲後の関西広域発展戦略とその効果・メリットを具体的に示すことで、住民やマスメディアの理解を促進し、関西が全国のモデルになり得ることを国へ強く働きかけていくことが欠かせない。
次に、関西広域連合が、関西全体の広域行政を担う責任主体として担うべき事業について述べたい。現行の7分野の広域事業はさらに強化されるべきものである。さらに、国の権限と財源の移譲を前提に、広域的な交通・物流インフラの整備と一体的な管理運営(ポートオーソリティのようなもの)まで担うようになるべきと考える。老朽インフラについては更新せずに思い切って除却することもありうるが、そうした判断は、広域的な視点からネットワークの利便性に問題がないかで判断を行うのが適当である。また、北陸新幹線やリニア中央新幹線のような複数のブロック圏域を結ぶ国土の基幹交通インフラによる東京へのストロー効果抑止のためには、関西圏域と北陸、中部、関東の各ブロック圏域との交流・連携の促進策の検討と実行が必要であり、関西広域連合がその企画調整事務を担っていくべきであると考える。
大規模な国際的なイベントの誘致と実現は、関西の世界へのPRのみならず、そのレガシーもうまく生かせば都市づくりや関連産業振興において、関西の発展にとって大きなプラス効果がある。ワールドマスターズゲームズ 2021 関西に加え、2025 年国際博覧会、統合型リゾートの誘致・実現にあたっては、関西広域連合が、関西に広く波及効果が及ぶよう、広域的な調整、合意形成をリードしていってもらいたい。
規制改革も関西広域連合が取り組むべき課題と考える。条例等の規制や義務づけについて、関西全体として、規制を緩和する、報告の義務づけは基準、様式を統一することが望ましいこともある。関西版規制改革会議(仮称)を関西広域連合が設置し主宰してもらいたい。
関西広域連合が、以上のような広域的な企画調整と事業をより主体的に取り組めるようになるためには、独自財源の確保も必要と考える。主に構成団体からの負担金による財政運営では、広域連合としての自立性や安定性に欠ける。広域連合への独自財源の付与が検討されるべきである。例えば、構成団体の住民税(個人、法人)や地方消費税の一部を広域連合へ譲与するということが考えられる。
広域行政機能の拡充にあたっては、それらを担う人材の育成も欠かせない。関西広域連合の職員は、構成団体からの派遣にとどまらず、プロパー職員の育成、国や民間との人材交流を進めていくべきである。官民が同じ目線で協働することが、官民の広域連携の強化ともなる。必要な専門的知見や技術があり、関西で意欲的に貢献したい意思のある国家公務員の出向、転籍もあり得よう。
また、関西広域連合が、有識者やシンクタンクから、客観的なデータ分析等のエビデンスに基づく問題提起、政策提案を得て、それを広域的な行政施策の企画立案に生かしていくことも有効と思われる。
(2)関西広域連合の発展による分権型道州制の議論の加速を
関西広域連合は、もともと道州制の実現までには相当長期の期間を要するという前提で、現行制度を利用しつつ分権改革をさらに進めるための現実的手段として設立合意に至っている。道州制は、国のあり方の抜本的見直しを含めた大変革ともいうべき新たな統治機構の制度設計となる。道州制の是非については、意見を主張する人によって思い描く姿に違いがあるうえに、自治体からさまざまな問題指摘や懸念が出されており、議論は収斂されていない。最近では議論すら停滞している状況にある。
道州制の実現を短兵急に求めるのではなく、関西広域連合が、国の権限・財源の移譲を受けて、関西として主体的な判断と責任により広域行政課題に取り組むことで実績と成果をあげることが先決である。そうした関西広域連合の発展こそが、総合力発揮のための広域行政機能強化への国民や自治体の関心を高め、分権型道州制を導入した場合の姿も具体的にイメージできるようになり、道州制の実現に向けた建設的な議論を加速するものと考える。