ABSTRACT
関西とアジアの間には、関西で中間財を生産して、アジアで最終財に組立て、欧米に輸出する、という生産工程の国際分業によるサプライチェーン(以下、SC)が形成されている。アジアの中でもタイには多くの日本企業の生産拠点が立地しており、2011年10月から深刻化したタイ洪水は、前述のSCを通じて関西経済に影響を与えていると考えられる。東日本大震災で経験したように、地域間の取引量が小さくても、SC の寸断は深刻な影響を及ぼすため、これを検証することは重要である。
本稿では、関西とタイの間でどの業種で SC が形成されているかの検証と確認を行う。具体的には、(1)関西とタイで SC が形成されていると想定される業種を相関分析で抽出し、(2)抽出された業種の SC の形成の有無をVARモデルで検証して、(3)SCが形成されている業種のタイ洪水の影響の確認を行う。
DETAIL
(1) 関西とタイの生産・輸出の関係:電気機器でのサプライチェーン形成を示唆
関西のタイ向け輸出は全国の状況とは異なり、電気機器と一般機械のシェアが高い(詳細は「関西エコノミックインサイト No.12」参照)。これらの業種は多くの中間財から構成されており、SC の形成の有無を検証する必要がある。また、輸送用機器は関西のシェアは低いものの、日本とタイの国同士では SC の形成が指摘されているため、本稿では電気機器、一般機械、輸送用機器の 3 業種に焦点を当てる。さて、SC が形成されていれば、(a)タイの生産が増加(減尐)すると、(b)関西タイ向け輸出を誘発(抑制)して、(c)関西の生産が増加(減尐)することが想定される。以下では、(b)関西タイ向け輸出を軸に、①(a)タイの生産と(b)関西タイ向け輸出の相関関係(図表1)と、②(b)関西タイ向け輸出と(c)関西の生産の相関関係(図表 2)を、2 段階に分けて業種別に見ていく。
図表 1 に業種別の(a)タイの生産と(b)関西タイ向け輸出の相関図が示されている。相関係数を見ると電気機器、一般機械、輸送用機器はそれぞれ、0.92、0.66、0.30 と、電気機器が最も高く、点の集合も右上がりの直線に近い。これより、電気機器の関西タイ向け輸出はタイの生産の影響を最も強く受けることが示唆される。次に、図表2より、(b)関西タイ向け輸出と、(c)関西の生産の相関図を業種別で見ると、電気機器のみが右上がりの直線に近い形をしている。相関係数を見ると電気機器、一般機械、輸送用機器はそれぞれ 0.73、0.00、-0.40 と、電気機器が最も高く、一般機械では無相関、輸送用機器ではマイナスである。
以上より、電気機器では、関西タイ向け輸出を軸に、タイの生産と関西の生産が相関しており、SC の形成が示唆される。一般機械ではタイの生産と関西タイ向け輸出は相関しているが、関西タイ向け輸出と関西の生産は無相関であり、SC の形成は不十分であると推定される。また、輸送用機器では 3 つの変数は正の相関関係にはなく、SC は形成されていないと想定される。したがって、相関関係を用いた分析では、タイ洪水の影響は電気機器で最も大きくなることが示唆される。
(2) VAR モデルに基づくサプライチェーンの検証:電気機器でのサプライチェーン形成を実証
しかし、相関関係の分析ではタイの生産の波及経路は明らかではなく、SC の有無を検証するには不十分である。すなわち、相関関係が高いのは、①それぞれの変数が偶然、同じトレンドを有している場合(見せかけの相関)、②タイの生産が関西タイ向け輸出と関西の生産を誘発した結果、それぞれが相関する場合、が考えられるが、相関分析では両者を識別できない。したがって、時系列分析の VAR モデルを用いて、詳細な実証分析を行い、前述の②を検証する必要がある。具体的には、業種別にタイの生産、関西タイ向け輸出、関西の生産の順序で 3 変数の VAR モデルを推計して、コレスキー分解で業種別のタイの生産ショックを識別して、インパルス反応を計算する。そして、タイの生産ショックに対して、関西タイ向け輸出と、関西の生産のインパルス反応が有意に正であれば、SCが形成されていると解釈する。なお、実証分析で使用するデータは入手可能な2003年1月から2011年10月までの月次(対数化、季節調整済み)であり、分析手順は補論を参照されたい。
実証結果は図表3に示されている。図表の左から順に電気機器、一般機械、輸送用機器である。上図は、関西タイ向け輸出(EX_KAN)のタイの生産ショック(IIP_THA)に対するインパルス反応、下図は関西の生産(IIP_KAN)のタイの生産ショック(IIP_THA)に対するインパルス反応である。図表3の左側・上図より、電気機器ではタイの生産ショックに対して、関西タイ向け輸出のインパルス反応は有意に正であり、タイの生産が増加すると関西タイ向け輸出も増加することが示されている。そして、関西タイ向け輸出のインパルス反応は3期後に最大となり、それ以降は減衰する。次に、左側・下図の関西の生産のインパルス反応は有意に正であり、電気機器ではタイの生産が増加すると関西の生産も増加する。以上より、タイの生産が増加(減尐)すると、関西タイ向け輸出が増加(減尐)して、関西の生産も増加(減尐)するため、電気機器ではSCの成立が実証された。
次に、一般機械におけるタイの生産ショックに対するインパルス反応は図表3の真中に示されている。タイの生産ショックに対して関西タイ向け輸出のインパルス反応は有意に正であるが、関西の生産のインパルス反応は有意ではない。したがって、一般機械では、タイの生産が増加しても、関西の生産に波及しないため、SCは成立していない。最後に、図表3の右側の輸送用機器では、タイの生産ショックに対する関西タイ向け輸出と、関西の生産のインパルス反応は有意ではない。したがって、輸送用機器では、タイの生産が増加しても、関西タイ向け輸出と、関西の生産は増加しないため、SCは成立していない。
以上より、タイと関西では、電気機器でSCの形成が実証された。すなわち、タイ洪水でタイの生産が停滞すると、関西の電気機器の生産が減尐する。なお、以上の実証結果はVARモデルの変数の順序を入れ替えても同様のインパルス反応が得られており、SCが頑健と言える。
(3) 実際のタイの生産、関西タイ向け輸出、関西の生産の推移:電気機器への影響を確認
ここでは、前節(2)で明らかにした電気機器の SC 形成の確認として、最新の業種別のタイの生産(11 月)、関西タイ向け輸出(12 月)、関西の生産(11 月)のデータを用いて、タイ洪水が関西経済に及ぼした影響を見る。
図表4 のタイの業種別の生産を見ると、製造業全体、電気機器、一般機械、輸送用機器の生産は 9 月を境に急激に減尐している。タイ洪水が深刻化した直前の9月のデータを100とすると、製造業全体の生産指数は11 月に49 となり、9 月と比較して半減しており、広範囲の業種で生産減が見られる。さらに、電気機器は 11 月に19 と大きく減尐しており、SC が形成されている業種の被害が特に深刻であることが確認された。次に、図表5より、業種別の関西タイ向け輸出を見ると、電気機器は11月に33と、9月と比較して1/3にまで減尐したが、12 月には51と改善している。一般機械の関西タイ向け輸出は10月には74と、電気機器と同様に減尐したものの、12 月は99 とタイ洪水以前の水準にまで回復して、電気機器ほど深刻な影響を受けていない。一方で、輸送用機器は12月に113と、9月と比較して改善している。したがって、実際の関西タイ向け輸出は、関西と SC が形成されている電気機器で大きく減尐しており、その電気機器では 11 月に底打ちしたことが確認された。
最後に、輸出が大きく減尐した電気機器に焦点をあてて関西の生産を見ていこう。ここで、電気機器は複数の品目で構成されており、タイ洪水の関西の生産への影響は電気機器の品目別でそれぞれ異なることが考えられる。したがって、図表 6 では電気機器を、その構成品目である電気機械工業、電子部品・デバイス工業、情報通信機械工業と、(電子部品・デバイス工業の構成品目である)半導体素子・部品の 4 つごとに見ていく。まず、電気機械工業の11月の生産は95と、落ち込みは相対的に緩やかである。しかし、電子部品・デバイス工業、情報通信機械工業、半導体素子・部品の11月の生産はそれぞれ84、77、66と減尐している。なお、これらの 3 つの業種は9月の生産は増加していた。このように、タイ洪水によるSCの寸断の影響により、電気機器の中でも電子部品と関連する品目の生産が大きく減尐したことが確認された。
(4) まとめ
本稿では、タイの生産が停滞すると、関西の電気機器の生産が減少することを実証分析で明らかにした。11 月のデータより、タイ洪水でタイの生産は広範囲で減少したが、関西タイ向け輸出は電気機器で大きく減尐した。電気機器の中でも電子部品・デバイス工業や、半導体電子部品の生産が大きく減少して、SC を通じた被害が顕在化している。
以上の分析結果はタイ洪水以外にも様々なマクロ経済ショックの影響の分析に応用できる。例えば、欧州諸国は財政問題で景気が後退しているが、景気低迷による欧州向け輸出の減少はアジアの SC を通じて、関西の電気機器に間接的な影響を及ぼすことが予想され、これも分析可能である。本稿の分析手法はショックによるマクロ的な影響を定性的に明らかにするのではなく、輸出・生産関係に基づく個別業種への影響を定量的に明らかにできる点で優位性がある。これにより、関西と世界経済との関係を考える上で重要な視点を提供できたものと考える。
補論:実証分析の詳細
- VARモデルのラグ次数はAICで選択している(電気機器は3、一般機械は2、輸送用機器は2)。
- 階差をとるとデータに含まれる情報が破棄されるため、本稿ではレベルで推計している。