ABSTRACT
近年日本は外国人訪問者数が最も多い国の1つになったが、訪問者の集中度が高く、特に京都市では「観光公害」、いわゆる「オーバーツーリズム」が発生している。本稿では、その現象の決定要因を明らかにするために、観光強度(市民1人当たりの宿泊数)や観光密度(1平方キロメートルあたりの宿泊数)をはじめ、先行研究から抽出した様々な変数に基づいて京都市とヨーロッパの訪問者数が最も多い都市と比較分析を行う。分析の結果では、ヨーロッパと京都市におけるオーバーツーリズムの決定要因は異なることが分かった。京都市の場合は、需要側では、旅行の形態(日帰り旅行またはグループツーリズム)、供給側では、都市の中心にあるホテル宿泊施設と市内交通機関への依存度の高さがオーバーツーリズムの認識の主な決定要因と考えられる。なお、京都市内の渋滞しやすい正方形の道路網と観光スポットの地理的分布はさらに混雑感を上昇させている。京都市のオーバーツーリズム問題を解決するために、需要側では、より多様な旅行者(個人旅行者もしくはアジア以外の旅行者)にアピールすること、供給側では、シェアリングエコノミー(AirbnbとUber)の役割を増やすことを検討する必要があろう。
※2020年1月下旬に発生した新型コロナウイルスの感染拡大により、2月に関西を訪れた外国人数は前年比-66.0%と急減したことで、本稿で取り上げるオーバーツーリズムは解消したとみる向きもある。しかし、足下の状況は短期的なものでしかなく、本稿で分析したオーバーツーリズムの問題と解消策について検討することは、中長期的に関西における観光産業の持続的な成長を実現するために不可欠であると考えられる。
DETAIL
はじめに
現在、旅行と観光は世界的な投資と経済成長の主要な推進力となっている。世界のGDPの10.2%に貢献し、約3億人を雇用しており、地球上の全雇用の10分の1を占めるまで成長した。20年前、日本経済にとって、インバウンド観光は重要ではなかった。2000年の時点では、インバウンド訪問者数をみれば、世界第41位にとどまり、面積と人口の小さな香港の半分、オーストリアの4分の1程度であった。しかし、近年では日本のインバウンド観光業は世界最大の成長を遂げた1。 2017 年に既にオーストリアと香港に匹敵するだけでなく、世界の海外旅行者受入数の2%以上を引き付け、いわゆる観光ハブと呼ばれるまでに成長してきた(表1)。
京都におけるオーバーツーリズムの認識
世界の著名な観光地をみると、地理的に不均衡があり、旅行者は少数の都市やランドマークに集中している。日本の場合は、東京と大阪は最も訪問される場所である。Mastercard(2018)によると、両方とも世界で最も訪問される都市のトップ10に入っている。しかし、観光が問題として認識されるようになった場所は、東京と大阪ではなく、京都である。
京都の外国人訪問者数に関するデータがないため、JNTOの訪日外国人消費動向調査の訪問率データを使用し、都道府県別ごとに外国人訪問者数を推定した。表 7 は、京都府が日本で 4 番目によく訪問された地域であることを示している。都道府県の人口と比較すると、京都は日本の都道府県の中最も高い(表2)。
京都における旅行者の過度の集中は英語の「オーバーツーリズム」を日本語にした「観光公害」と呼ばれている。毎年実施している「京都市民生活実感調査」によると、京都市民の観光と都市環境に対する感動度は過去 8 年間で劇的に悪化した。調査の「京都は,市民にとってくらしやすい観光都市である」という項目に関して「どちらかというとそう思わない」と「そう思わない」と回答した市民の割合は2011年の14.7%(2013年以降の観光ブームの直前)であったが、2019年調査では34%と2倍以上に上昇していら(図1)。
「オーバーツーリズム」というのは、特定の場所の物理的、生態的、社会的、経済的、または心理的な能力を超え、市民の生活の質または訪問者の旅行の質にマイナスの影響を与える状況として定義されている。「オーバーツーリズム」という単語は、メディアで初めて使用されたきっかけは、数年前にベニスとバルセロナの市民による反ツーリズムの抗議やデモであった。
京都に加えて、2025年に日本国際博覧会が開催される大阪もオーバーツーリズムのリスクが高いという懸念がある。りそな総合研究所(2019)の計算によると、博覧会のために日本を訪れる外国人訪問者数は 140 万人と予測される。したがって、オーバーツーリズムという問題の関西に対する関連性を踏まえ、本稿ではオーバーツーリズムの原因と解決を探っていく。
オーバーツーリズムの指標
オーバーツーリズムの分析の最初の試みは、2017 年12月にマッキンゼーおよび世界旅行ツーリズム協議会によるレポートである。このレポートでは、オーバーツーリズムを示す 9 つの指標を使用し、世界の68主要な都市(含む東京と大阪)におけるオーバーツーリズムのレベルを推定している。しかし、指標の統計的有意性については実証分析が行われていない。
続いて、2018年に世界観光機関(WTO)とEU議会(EUP)がオーバーツーリズムのレポートを発表した。WTO のレポートは、ヨーロッパの主要な都市の観光に対する住民の認識について分析し、訪問者数の伸びを管理するための戦略を提案している。
科学的な観点からすると最も厳密性が高い EUP レポートでは、ヨーロッパをはじめ、世界中の観光地データの実証分析に基づいて、オーバーツーリズムを最もよく説明する変数は(1)市民1人あたりの訪問者数、いわゆる観光強度」、(2)1 平方キロメートルあたりの宿泊数、いわゆる「観光密度」、(3)航空輸送密度、(4)Airbnb が占める客室容量の割合、(5)経済の観光業が占める割合であることがわかった。
あいにく、EUP レポートでは日本のケーススタディが一つも分析されておらず、京都は上記のレポートのいずれにも含まれていない。日本におけるオーバーツーリズムの問題は深く掘り下げられておらず、本稿では、これまで注目されてきたヨーロッパの都市と適切な比較を行うことで、京都におけるオーバーツーリズムの原因を分析する。
ヨーロッパの都市との比較
比較のために適切な都市を選択する際には、京都市と同程度の大きさで、例えばベニスみたいに観光業に過度に依存しない経済を有する人気のある都市に注目する必要がある。こういう条件で絞って、ロンドン、パリ、ベルリン、ローマ、バルセロナ、マドリッド、プラハ、ウィーン、ミュンヘン、アムステルダムなど、泊数の観点からするとヨーロッパの最も訪問された都市のトップ10を検討した(表3)。
上記の10都市の中で、マッキンゼーのレポートによると、アムステルダム、プラハ、ローマはオーバーツーリズムの実態は最も深刻であり、パリ、バルセロナもある程度影響を受けているとされる。これに反して、ロンドン、ベルリン、マドリード、ミュンヘンにはオーバーツーリズムの問題が存在していない。ヨーロッパで 8 番目によく訪問された都市であるウィーンは、マッキンゼーのレポートでは分析されていない。EUP のレポートによると、ウィーンとミュンヘンのみがオーバーツーリズムのリスクがないと特定されている。オーバーツーリズムの認識に焦点を当てた別の指標(TravelBird、表 4)によると、バルセロナとアムステルダムが最も深刻な状態になっている。
以上の都市の中で、特にバルセロナは多くのメディアの注目を集めている。反ツーリズムのデモにより、バルセロナがオーバーツーリズムに対する不満の世界的な象徴となっている。バルセロナ市庁の調査によって、バルセロナの市民が観光を最大の問題だと認識していることがわかる。
マッキンゼーのレポートと EUP のレポートの両方が、パリはオーバーツーリズムのリスクが高いことを示しているにもかかわらず、パリの市民は観光を問題とは考えていないようである。パリに本拠地を置くシンクタンクLa Fabrique de la Citéによると、パリは現在歓迎している訪問者数よりもはるかに多くの訪問者を受ける容量があるとされる。
観光強度と観光密度
ホテルの稼働率だけでは都市の旅行者の収容能力がわからないため、観光強度と観光密度の正確な範囲を計算するために、Airbnb風の宿泊を計算に含めることにした。Airbnb風宿泊施設に関する統計情報を提供するサイトAirDNAのデータに基づいて、Airbnbの宿泊数を推定した(表5)。
推定は次のステップで行った。まず、Airbnb物件の平均月間収益を1泊の平均料金で割ることにより、実効稼働率を計算した。特定の都市では、1月に1000物件に対する900件の予約がある場合、名目稼働率は90%である。一方、同じ都市で7月に10,000物件に対する5,000件の予約がある場合、名目稼働率は50%となる。予約と物件の両方の数が大幅に増えているのに、稼働率が下がっている。このような変動があるため、Airbnbの宿泊数を推定する際、実効稼働率を使用するかが、名目稼働率よりも現実的となる。次に、実効稼働率と室数(一物件あたりの平均室数×物件数)を掛けて、宿泊数を推定した。ちなみに、寝室ごとに1つのベッドという想定のもとに推定したため、数値は下限の推定値である。 宿泊数の比較では、Airbnbの全宿泊設備の中で占めている割合が10%(ミュンヘン)から40%(バルセロナ)に及んでいることがわかる。日本はAirbnbが正式に認可されたのは最近(2018年6月15日)であったため、Airbnbのシェアはヨーロッパに比べてかなり低い(12〜14%)。
Airbnbの宿泊数をホテルの宿泊数に足して、観光強度と観光密度を推定した。結果は表6に示している。観光強度と観光密度だけで判断すると、パリのオーバーツーリズムの問題はバルセロナよりも深刻であり、オーバーツーリズムの認識を完全に説明できるわけではないということが明らかである。どちらかといえば、京都は他の都市と比較して、両方のスコアが低く、オーバーツーリズムのないウィーンに似ている。したがって、稼働率の季節性をはじめ、他の要因を探らないといけない。
稼働率の季節性と宿泊施設の料金
ホテルとAirbnb風の宿泊施設の需要と供給は表裏一体であるため、次はホテルとAirbnbのキャパシティー、およびホテルとAirbnbの稼働率の関係を考慮する。
ヨーロッパでは、バルセロナとパリの年間ホテル稼働率は非常に似ており、それぞれ77%と75%(2017年)である。ロンドンとアムステルダムの稼働率は、それぞれ83%と86%と、前者の2つの都市より高い。一方、Airbnbの実効稼働率をみると、前者の2つの都市は55-56%となっており、後者(49%)よりも高い。 ホテルとAirbnbのトレードオフは顕著であり、ホテルとAirbnbの価格の違いに起因していると考えられる。例を挙げると、パリではAirbnbはホテルよりもかなり安く、Airbnbが好まれている。一方、アムステルダムではその逆である。ロンドンとバルセロナでは、ホテルとAirbnbの料金は大差がない。トレードオフがほとんど見られないバルセロナの場合は、季節性と、2017年の法律により市内の新しいホテルの建設が禁止されていることが背景にあると考えられる。
一方、ヨーロッパの都市と比較して、関西のホテル稼働率は非常に高い。 2017年の大阪府のホテル稼働率は、全都道府県の中で88%と最も高く、京都市(88%)と同程度であった。これは、日本のAirbnb が2018年まで法的に認可されなかったためと考えられる。 Airbnbは最近まで厳しく規制されていたため、関西のホテル建設は前例のないブームを記録した。ホテル建設の成長は2015年以来2桁で続いた。しかし、2018年以降Airbnbの供給が増加し、2019年後半に日本のAirbnb宿泊の 40%以上を占めている大阪では、ホテルの供給過剰となった懸念がある(日経ビジネス、2020 年1月15日)。
ホテル建設のブームによる別の問題点は、ホテルが都市の中心部に集中する傾向があるため、訪問者が過度に集中することである。ゆえに、新たなホテルの建設自体が関西のオーバーツーリズムの認識に寄与する要因であり、Airbnb のシェアを増やすことが有益である可能性がある。 通常、Airbnb の宿泊施設は都市全体に均等に分散されていることが多く、このような宿泊施設のシェアを増やすことで、訪問者を都市の中心部から遠ざけることができないだろうか。
Airbnb がバルセロナ風のオーバーツーリズムをもたらさないと信しられる理由の1つは、京都と大阪のホテル稼働率が季節性の影響をあまり受けていないという事実である。季節性はオーバーツーリズムの主要な要因であることが証明されている。例として、バルセロナのホテルの稼働率はパリやウィーンとほぼ同じだが、バルセロナの場合は季節的な変動が激しく、とりわけ夏の時期に過密状態になることから、オーバーツーリズムの認識が高まりやすい(図2)。
季節性はバルセロナのAirbnb の大きなシェアを説明できる。2017 年、バルセロナの市政府は新しいホテルの建設に上限を設けたため、夏にはホテルが完全に予約で満室となる。そのため、あふれた宿泊者の需要を満たすために、Airbnb の供給が増加し、オーバーツーリズムの影響が顕在化する。アムステルダムと同様に、バルセロナのAirbnbの宿泊施設に対する需要が高いため、その都市のAirbnb 平均料金が最も高価であり、ホテルの料金と同じかそれ以上まで高騰している。
Airbnb がバルセロナスタイルのオーバーツーリズムをもたらさないと考えるもう1つの理由は、以下で説明するように、京都の旅行者の大半が日帰り旅行者であるという事実である。
日帰り旅行
表 7 で示したように、京都のホテル料金は近隣の大阪よりもはるかに高い(大阪の 158%)。その結果、多くの訪問者が日帰りで京都を訪問し、大阪で夜を過ごすことにしているようである。ただし、日帰り旅行は、地域経済に利益を生むことなく、過密状態をもたらし、旅行の最適な形態とは見なされない。京都市における日本人と外国人(合計)の日帰り旅行者数を見ると、2016年の日帰り旅行者数と宿泊者数の比率は 3 対1であり、バルセロナとほぼ同様であった。最新のデータを見ても、2018年に2.3対1まで下がったものの、依然として高水準である(図3)。よって、日帰り旅行者の多さは京都市民のオーバーツーリズムの認識の悪化の主な要因であると考えられる。
外国人に限った日帰り旅行者数と宿泊者数の比率は5対1であり、全体の比率よりもかなり低い。APIR の推定によると、2017年に京都を訪れた外国人の総数は742万人であった(表2を参考)。そのうち、16.9%が京都への日帰り旅行に行ったと仮定すると(表 8)、京都における日帰り旅行者数は126万人になる。日本滞在中に1人の旅行者が京都に2-3回程度日帰り旅行をするとしても、通年ベースで外国人による日帰り旅行数は最大 350 万になる。すなわち、同年の京都への総数の4,107 万日帰り旅行の10%以下である。残る90%は国内日帰り旅行である。したがって、京都のオーバーツーリズムは国際観光の問題だけでなく、国内の観光の問題でもあると言える。
この点は、表 9 で示されている宿泊数データによって、さらに裏付けることができる。ヨーロッパの都市では当国人が占めるのは宿泊数の15〜40%だけであるが、この割合は日本では8割超である。京都市の割合はほぼ 70%である。この事実は、旅行者の出身に関係なく、日帰り旅行の問題に対処するための解決方法を検討すれば良いことを示唆する。
外国人日帰り旅行者は、国籍別にみると、大きな違いが見られる。再び表 8 を見ると、京都を訪れる外国人の約 5 分の1 が日帰り旅行者であることを示しているが、オーストラリアとヨーロッパ出身の旅行者の場合は 5-10%に過ぎない。一方、若くて収入が比較的低く、週末旅行の多い韓国人旅行者の半分以上は日帰り旅行者である。日帰り旅行者であることと訪問者 1 人あたりの支出額が非常に低いことは相関関係にある。実際に訪日外国人消費動向調査を見ると、2017年における韓国人訪問者は中国人訪問者に比べて、支出額は5分の1(3万円対15万円)となっている。
外国人の日帰り旅行者数対宿泊者数の比率は低いものの、京都は外国人の消費額が最も少ない都道府県の1つである。大阪は42,171円で7位だが、京都を訪れる外国人は16,968円しか落とさない(表10)。消費額は少ない理由として、京都の高いホテル料金(平均は14,478 円、表7)を考えると、京都で宿泊しない外国人訪問者が多いためと考えられる。
グループツーリズム
日帰り旅行の問題に関連する別の問題は旅行の形態である。パリの副市長がインタビューで言った通り、「パリの問題はオーバーツーリズムではなく、グループツーリズムである」。グループツーリズムは、個人やカップルのように絶え間なくゆっくり流れる訪問者という旅行形態ではなく、短時間の訪問で多くの訪問者がランドマークに集まるため、混雑感を引き起こす傾向がある。
京都を訪問する外国人は圧倒的にアジア人(特に中国人)であり、中でもグループパッケージツアーで旅行している人が多い。 2017 年に世界観光都市連盟とイプソス社が実施した調査によると、中国のアウトバウンド旅行者の 42%がパッケージツアーに参加した。この比率は、欧米のアウトバウンド旅行者に比べてかなり高い。グループツアーでバルセロナを訪れる旅行者数はほとんどゼロであるが、京都の場合は、5分の1であり、相対的に高い。
別の統計をみると、バルセロナの旅行者の3分の1が3人以上のグループで旅行するが、その割合は関西では3分の2とバルセロナの倍であることが確認できる(表12)。
グループツーリズムは、個人旅行またはカップル旅行よりも、通りや公共交通機関で混雑を発生させると考えられる。京都でのグループツーリズムの増加の影響で、京都を訪れる日本人にとって、京都の残念なところが、昔は「バスがわかりづらくて何度も乗り間違えた・バスの運転が荒かった」最も多かったが近年では「観光客が多すぎて,観光を楽しめなかった・混雑していて,落ち着かなかった」が上位となっている。5 年前、後者の不満を口にする旅行者の割合は 10%に過ぎなかったが、2018年は20%と倍になっている(図4)。
一方で、マッキンゼーの研究(2018)によると、中国人旅行者は個人旅行をますます追求しており、特に若年旅行者や経験豊富な旅行者はセルフガイド旅行とカスタマイズされたツアーを好む傾向がある(図5)。
世代が変化するにつれて、海外旅行経験ありの人数が増えるにつれて、今後は旅行形態が徐々に変化することが予想される(図6)。当面は、グループ旅行ではなく、個人旅行を促進することを目的とした政策を検討することも有用である。
交通インフラの容量
国内旅行、国際旅行、グループ旅行、個人旅行のいずれであっても、多くの場合、旅行者は公共交通機関に大きな圧力をかけているという不満をよく耳にする。 近畿県パーソントリップ調査(2010)によると、京阪神都市圏の中でも、京都市は最もバスに依存しており、これはおそらく渋滞に関連している。京都のバスへの依存度は過去20年間で半分まで減ってきたが、それは鉄道輸送への依存度が増したことで補われた。
ただし、日本は高齢化により、鉄道をはじめ、すべての種類の交通機関で旅行数は減少している。同調査によると、京阪神都市圏の人口は変わっていないが、2000年から2010年の間に平日旅行の数は9%と減少しており、驚くべきものである。さらに、自動車数とタクシー数も減少している。京都市の駐車場整備台数は1995年から2008年の間に9%以上増加した(京都市情報館、2019)。 上記の傾向は、インバウンド観光が公共交通機関の容量に及ぼす圧力が国内の傾向によって部分的に相殺される可能性があることを示唆している。確かに、図 4 から確認できるように、近年、公共交通を深刻な問題と見なしている人数の割合は低下傾向にある。
ただし、観光を持続可能な方法で拡大することを保証するためには、最終的に交通インフラの容量を増やす必要がある。例えば、欧米の多くの都市では、シェアリングエコノミーの進歩により、タクシービジネスや渋滞に悪影響を与えることなく、交通インフラ容量の問題を解決している。 具体的に、UberとLyftは、ニューヨークやロンドンなどの都市の輸送容量を根本的に変えた。ロンドンでの場合は、2010 年以降、民間のレンタカードライバーの台数は倍増して 120,000 台を超えたにもかかわらず、タクシーの数は 20,000 台のままである。ニューヨーク市では、タクシーの数は15,000台約130,000台のUberおよびLyftがある。シェアリングエコノミー対タクシーの比率はロンドン6:1、ニューヨーク9:1に対して、2017年に大阪府(ニューヨーク市とほぼ同じサイズ)にはタクシーが約16,000 台、京都府には約 8,200 台しかなく、どちらの都市も Uberのようなサービスが存在しない。
日本は、Uber のようなサービスは現在東京に限定されており、他の国よりもはるかに高価である。例えば、東京での10 kmの乗車には40ドル以上かかる。これはホノルルとニューヨークの価格の2倍以上であり、ヨーロッパの都市の価格の4倍ほどの価格である(チューリッヒ及びロンドンでは18ドル、Business of Apps、2019)。
輸送容量を向上させる際には、シェアリングエコノミーの割合を増やすことについて賛成と反対双方の意見を聞く価値があるのではないだろうか。 Uberは経済的利益または正の外部性を提供できるのか。それは公共交通機関への圧力を軽減する実行可能な方法を提供するのか。交通インフラと渋滞にどのような影響があるのか。将来の MaaS と呼ばれる「サービスとしてのモビリティ」による輸送ネットワークの実装化におけるその役割は何だろうか。これらの質問を議論することは、関西の観光、交通、公共インフラの将来の発展からも重要であると考えられる。
都市の特徴
最後に、以上の交通インフラの問題をより広い文脈で分析するために、都市の地理的および建築的特徴を考慮する。つまり、都市の道路網、都市全体の観光スポットの空間分布、およびそれらのアクセシビリティである。都市の形状に関しては、バルセロナや京都で見られるような正方形の道路網は渋滞や混雑などの問題を引き起こしやすくさせる懸念がある。
最近のシミュレーションに基づいた研究(Olmos&Muñoz、2017)によると、三叉路、つまり交差点で 3 つの道路のみが交差するように都市を設計すると、交通渋滞の解消に役立つことがわかった。
また、数学モデルを用いることで、Boeing(2017)は、世界の主要な都市の道路網の方向性と複雑性を分析した。図 9 が示しているように、パリは星のような、パターンなしの道路網があり、市内中心部からすべての方向に道路が走っており、複雑性が高く、方向性が低い。一方、京都、ニューヨークとバルセロナはすべて非常に類似したパターンで、道路が北から南および東から西に走っている。このようなパターンはある程度アムステルダムでも見られる。
Boeing(2017)によると、ヨーロッパの都市の道路網の複雑性は、米国やカナダの都市よりも平均で 42%高い(京都とバルセロナは米国の都市に似たような道路網があるので、それらの都市にも当てはまる)。したがって、街路網の特性は人や自動車の流れに大きな影響を与え、混雑感だけでなく、実際の交通渋滞を引き起こす可能性があると言える。
観光地の地理的分布
次に、都市の道路網に似たような原因として、市内の主要な観光地の地理的分布が観光客の移動へ与える影響を検討する。筆者は、京都、バルセロナ、パリで最も訪問された 7 ヵ所の観光地のそれぞれの間の距離を計算した(表13)。これによると、京都のトップ7の観光スポット間の平均距離は、パリやバルセロナの同よりもかなり離れている。京都は平均距離が6.5 kmであり、これに対して、バルセロナは3.9 km、パリは3.8 kmである。視覚的に見せると、図10では、Trip Advisorのデータを使用して、同地図縮尺で、最も人気のある上位20の観光スポットの位置を示している。明らかに、京都の観光スポットは、ヨーロッパの都市よりもはるかに空間的に分散している。これは、京都のトップアトラクションを訪問したいと思っているが滞在時間が限られる観光客(特に日帰り旅行者)は、交通機関に頼らなければならないということを意味する。一方、パリとバルセロナのほとんどのランドマークは徒歩圏内にあり、都市の通りは一般に広いため、交通渋滞が発生しにくいと考えられる。
要するに、京都市の空間的に分散した観光スポット、日帰り旅行者の割合、および正方形の道路網等の組み合わせによる可動性の低下は、数字以上にオーバーツーリズムの認識を高めている。
人口密度
人口密度は、バルセロナでのオーバーツーリズムの要因として、メディアでよく引用されている。しかし、人口密度がさらに高いパリはそうではい。建築の景観と道路の密度が人口過密の認識を大きく変えるのではないだろうか。
たとえば、京都には建物の高さに関する厳しい規制があり、その結果、都市の大部分は低層建築で造られ、歩道のない狭い通りが非常に密集している。対照的に、それぞれガウディとハウスマンという有名な建築家によって設計されたバルセロナとパリの道路密度は低く、並木道が広く、住宅の平均的な高さは京都より高い。小さな庭のある1階建てか2 階建ての家は京都中心部でよく見られる。しかし、ほとんどの建物が 5 階建て以上のパリとバルセロナの中心地区には、そのような建築はほとんど存在しない。
Google マップを見ると、京都中心部の典型的な建物のブロックの平均サイズは約50x100mであるのに対し、バルセロナでは約135×135であることが明らかになる。パリの道路網にはパターンがあまり見えないが、約80×100または約100x180mの準正方形ブロックが多い。通常、観光客は大きな道路(ランブラス通り、シャンゼリゼ通り、四条通りなど)に集中する傾向があるが、京都ではそのような大通りは少ないため、観光客はパリやバルセロナよりも集中しており、観光密度、観光強度、および人口密度が低いにもかかわらず、混雑感を発生させていると言えよう。
結論
上記の分析に基づいて、京都のオーバーツーリズムの問題は、吸収能力ではなく、認識の問題であると結論付けることができる。分析の結果で、京都の観光密度と観光強度は、ヨーロッパの観光都市よりも低いことがわかった。オーバーツーリズムのあるヨーロッパの都市とは異なり、京都は季節性の影響を受けず、Airbnb 風宿泊施設の依存度は非常に低い。したがって、京都市民の観光に対する不満が高まっている理由は、公共交通機関や特定の中央地区での観光客の空間的集中による混雑感が高まることと思われる。
京都市民のオーバーツーリズム感には、2 つのタイプの根本的な決定要因がある。いわゆる(1)訪問者の旅行形態(グループツーリズムと日帰り旅行)および(2)宿泊施設の位置(大阪の近存在を含む)と公共交通機関への高依存度である。前者はインバウンド観光客の特性につながっているため「需要側の問題」、後者は観光施設(インフラ)および国内の輸送容量と法的規制につながっているため「供給側の問題」と呼ばれることができる。したがって、京都におけるオーバーツーリズム問題の解決について議論するとき、次の概念枠組みを提案する(図11)。
京都のオーバーツーリズム問題は、道路網の特性と観光地の地理的分布の影響により、さらに複雑になっていることがわかった。これは短期的にも中期的にもある程度どうしようもないのだが、オーバーツーリズムの需要側と供給側の決定要因に焦点を当て、適切な政策を検討するすべきである。供給側の問題に対処する政策を作成するには、シェアリングエコノミーの潜在的な役割を考慮するのが有利ではないだろうか。具体的には、次のような問題点の議論が役立つ可能性が高い。
- 手頃な価格の宿泊施設を提供する上で、シェアリングエコノミーが果たす役割を拡大することで、観光客がより長く滞在し、混雑が緩和される可能性がないか。
- Airbnb 風宿泊施設は、通常、ホテルよりも市内全体に均等に分布しているため、市内の最も賑やかな地区から人ごみをそらすことができるか。
- Uber風サービスは、深刻な交通渋滞を引き起こさずに輸送容量を高めるのに役立つか。
- シェアリングエコノミーは、観光客の支出を増やし、グループではなく個々の観光客を引き付ける役割を果たすか。
一方、需要側の問題に対処するには、インバウンド訪問者のプロファイルを多様化することを目的とした既存のポリシーを拡張および強化することが役に立つだろう。具体的には、外国ではあまり知られていない場所(穴場)の広告、もしくはいわゆるニッチ観光(例えば、スピリチュアル観光、温泉観光、ギャンブル観光)の促進が含まれる。また、会議、インセンティブツアー、国際学会、展示会(MICE)の誘致と開催を強化し続ければいい。日本政府観光局(JNTO)の「国際会議統計」をみると、MICEの誘致の政策はこれまで大きな成功を収めてきたといえる。
全体として、関西のインバウンド観光は成長の大きな可能性を秘めていると筆者は考えている。これを観光客と居住者の両方に利益をもたらす方法で確実に達成するには、グループツーリズムや遊園地風の日帰り旅行とは異なる観光形態を促進する政策とともに、シェアリングエコノミーの役割を考慮することが重要である。京都では大量インバウンド観光が比較的最近の現象であるため、主要な世界観光地であることに市民が完全に慣れるまでに数年かかるのではないだろうか。