現代のベトナム経済と労働者能力向上の重要性

Trend Watch No.36

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ABSTRACT

戦争で訓練された勤勉さ、粘り強さ、向上心といった性格はベトナム人の長所として知られている。経済を発展させる際には、ベトナム労働力の役割は極めて大きい。豊富で安価な労働力が海外投資家の関心を惹き、高度人材が工業化の進展のために重要な生産要素を提供している。しかしながら、ベトナムの生産性と競争力をより一層高めるために、労働者の能力を向上させることが重要である。本稿では、ベトナムの経済をレビューしながら、ベトナムの労働力による貢献を分析した上で、労働者の能力を向上する提言を行う。

DETAIL

1. ベトナム経済のレビュー

長期間にわたり大国との戦争を経験したベトナムにおいて、経済発展が始まったのは 1975年の南北統一以降である。また、1986 年にドイモイ政策が実施され、経済体制は計画経済から市場経済体制に、閉鎖経済から開放経済に移行した。ドイモイ政策の実施から約30年、ベトナム経済は著しい成果を遂げてきた。その成果は経済成長の面においても、国際経済への統合の面においてもよく見られる。

 

(1)国民生活水準の改善

まず、経済成長の面を見てみよう。世界銀行の統計データによれば、1989年以降、ベトナムの一人当たり GDP は順調に増加している(図表 1)。具体的には、1989 年に約 97 米ドルであったのに対し、2014年には20倍以上の約2,052 米ドルに達した。また、世界の一人当たり GDPランキングで見れば、1989年にベトナムは194位であったのに対して、2014年には 144位となった。この成長により、当初貧しい農業国であったベトナムが、2010年には中所得国となり、国民の生活水準が徐々に改善されてきた。

 

 

また、経済成長率で見ると、1985 年以降のベトナム経済は「1989 年から 1999 年」、「1999 年から2009 年」、「2009 年から約 10年」という 3 周期に分けられる。その間、経済成長率が低迷したのは1989年、1999 年と 2009 年であった(図表 1)。具体的には、ドイモイ政策実施直後、価格の高騰や通貨の増量等により景気が悪化し、1989年にGDPの成長率が前年よりも低下した。また、1997年のアジア通貨危機や 2008 年の世界金融危機の影響により、直後の 1~2 年間は成長率が低下した。さらに、2013 年には 2000 年以降で最低の成長率を見せているが、2014年に成長率は約 5.5%、2015年には約 6.2%となり、景気は回復傾向にある。

 

(2)国際経済への積極的な加盟

ドイモイ政策以降、市場経済体制とともに、開放経済も実施されてきた。この移行により、ベトナムは地域経済や国際経済へ積極的に参入するようになった。具体的には、1995 年、東南アジア諸国連合(ASEAN)に第 7 番目の国として加盟し、1997 年にはアジア太平洋経済協力(APEC)への加盟が承認された。2007 年には世界貿易機関(WTO)の正式な加盟国となり、国際経済統合がより一層拡大してきた。

 

経済連合への加盟の他にも、ベトナムは世界中の約200カ国と経済関係を結んでいる。また、自由貿易協定(FTA)や東アジア地域包括的経済連携(RCEP)等の協定も積極的に締結している。特に、近年注目を浴びている環太平洋経済連携協定(TPP)への加盟はベトナムに様々な利益をもたらすと考えられる。ベトナムは世界経済へ統合することで奇跡的な発展を遂げているといえるであろう。

 

(3)ベトナム経済の既存の問題

GDP の規模が小さい

前述の通り、ドイモイ政策以降、ベトナム経済は大きな成果を上げているが、経済の規模自体は未だに小さい。例えば、ASEAN 諸国と比較すると、ベトナムの GDP はミャンマー、ラオス、カンボジアより大きいものの、高所得国のシンガポールやブルネイ、中上所得国のタイ、マレーシアはもちろん、同様の中低所得国のフィリピン、インドネシアほどは経済の規模が大きくない(図表 2)。また、国際通貨基金(IMF)の予測によると、2020 年に入っても、ASEAN の CLMV(カンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナム)から抜け出するのは難しいと予想される。このように、経済に大きな改善がなければ、著しい成長は遂げられないと思われる。

 

 

労働生産性が低い

ベトナムの労働生産性の低さは国内外データソースによって明確である。例えば、ベトナム生産性研究所(VNPI)の報告によれば、2006 年から 2014 年までベトナムの平均労働生産性成長率はわずか3.5%である。また、アジア生産性機構(APO)によれば、ベトナムの労働生産性はアジア太平洋諸国において、最低のグループに位置付けられている。具体的には、ベトナムの労働生産性はシンガポールの 15分の1、日本の11分の1、マレーシアの5分の1に過ぎない。この労働生産性の低さを迅速に改善しなければ、将来ベトナム全体の生産性が低下することとなり、工業国に成長するという目標を達成することが不可能となってしまうと考えられる。

 

2. ベトナム経済における労働力

(1)好調な成長の労働力

ベトナムには他の発展途上国と同様に、人口が多く、かつ出生率が高いといった特徴がある。ベトナムの人口、特に労働人口は安定的に増加している(図表 3)。2014 年の国際連合のデータによれば、ベトナムの人口はASEANで3位、世界で14位となっている。このような若年労働力は経済発展に非常に重要な貢献をしている。特に、海外からの資金を利用し、工業化・経済成長の戦略をとるベトナムにおいては、この豊富で安価な労働力は海外資本を誘致する武器となっている。さらに、近年、中国における人件費の高騰に伴い、新たな労働力の調達先としてベトナムが注目されている。例えば、日本投資家にとって、長期間にわたりベトナムが魅力的な投資先とされた理由は、中国、インドネシアなどのアジア諸国と比べ人件費が安いことと従業員の質が高いことである。

 

現在、ベトナムは人口ボーナス期に入り、近い将来、この要素も国の長所として大きく発揮されていくと考えられる。

 

 

(2)労働者の潜在的な能力

途上国にもかかわらず、ベトナムの識字率は 97%であり、世界の識字率の 86.3%と比べると、比較的高い。また、生活水準の向上とともに、教育水準も徐々に上昇してきた。ベトナムの平均就学年数の人間開発指数データを見ると、1980 年には 4.2 年間であったのに対して、2014 年には 7.5 年間に増加し、世界平均の 6.2 年間を上回っている。図表 4 でも確認できるように、毎年、職業訓練校、短期大学、大学への入学者も増加している。具体的には、2000 年から 2014 年まで、大学、職業訓練学校、短期大学への入学者数はそれぞれ 2 倍、3 倍、4 倍となった。進学の向上心は留学する学生の数にも反映されている。例えば、アメリカや日本に留学する学生も毎年増加し、2014 年には、アメリカへの留学生数は 18,722 人となり、出身国別留学生の8番目となった。日本への留学者数も著しく増加し、2014年には26,439人に上り、出身国別留学生の 2 番目となった。こうしたことから、ベトナムから他国に留学する学生は将来的にベトナムの優秀人材になると期待されている。

 

 

その他、ベトナム労働省『就業・労働力調査』(各年版)によれば、就業形態別人員としては、中上専門的職業従事者が2000年に5%であったのに対し、徐々に増加し2014年には9%となった。また、同じ期間に単純労働者が約 60%から 40%まで大幅に減少した。また、出稼ぎ労働力の中身をみれば、労働者の質が向上していることも観察されている。具体的には、2005 年に専門技能を持つ労働者は 15.4%であったが、2014年には約3倍の43%まで増加した。

 

このように、ベトナムは安価な労働者を提供する国から質の高い労働者を提供する国へと転換する可能性が十分ある。

 

3. 労働者の能力の向上への要求

(1)新時代における労働者の能力改善要求

2015 年には、ベトナム経済に大きな影響を及ぼす2つの大きな出来事があった。TPP への加盟とASEAN 経済共同体(AEC)の誕生である。

 

まず、TPP について議論する。TPP への加盟によって、農業、工業、繊維、衣類品等は完全に自由化される。そこで、ベトナムは労働集約型の産業に、人件費が安いことで、海外投資をさらに誘致できると見込まれる。これは生産性が低い分野で働く人から工場等で働く人へのシフトを加速させる。しかしながら、TPP への加盟によるデメリットも存在する。具体的には、ベトナムではインフレ率が高いため、従業員の賃金が同様に増加する傾向がある(最低賃金が毎年約 15%アップ)。従って、安価な労働といった長所は薄くなっていく。その上、ベトナム労働者の技能、労働意識、労働環境等は国際基準とは大きなギャップが未だに大きい。このように、ベトナム労働者は質の面において「プロ意識」が要求されるようになった。

 

続いて、AEC について議論する。AEC の誕生により、8つの専門職の資格相互認証(MRA)制度によって、熟練労働者がASEAN諸国内に自由に移動することが可能となった。これにより、ベトナムの労働者は他国で働けるようになり、シンガポール、タイ等の労働者もベトナムで働けるようになった。これはベトナムの労働者の能力向上の機会でありながら、脅威でもある。図表 5 で示す通り、ベトナムには技能付き労働が5割、単純労働者が4割ほど占めている。一方、中上級レベルの専門・技術的職業者は10%に過ぎない。このように、熟練技術者、会計士分野は比較的競争力が弱い。また、ヘルスケア分野が未熟なので、医療における人材も不足している。そのため、ベトナム労働市場では、ベトナム労働者は、英語力の高いシンガポール人、フィリピン人、労働技能の高いタイ人、マレーシア人に負けてしまうことがあり得る。

 

こうした大きな共通市場で、労働者はモノと同様に、競争力が低ければ生き残れなくなる。競争力や労働生産性を向上させるために、機械・設備の導入は必要であるが、その際に労働者の技能も向上させなければ、無駄な資本となる恐れがある。言い換えれば、単純労働から熟練労働へシフトすることに成功すれば、脅威を乗り越え、先進国と肩を並べられることが期待できるであろう。

 

 

(2)新時代における労働者の能力改善方針

ベトナム政府は2011年~2020年までの経済・社会成長戦略において、2020年までにベトナムを近代的な工業国に成長させるという目標を設定した。また、経済分野において、経済構成の改善の決心を固めた。具体的には、工業・サービス業が GDP に占める割合を約 85%に、その内、ハイテク産業による寄与額をGDPの約45%まで拡大させる。同時に、農業産業における労働を社会全体の約3割に減少させると主張した。

 

その目標を実現するため、①市場経済の体制を進化すること、②労働者の能力を向上、特に熟練労働の育成、教育の改善に重点を置くこと、③インフラ整備に努力することといった 3 つの画期的な戦略を設けている。

 

このように、新時代において、人材資源が高速かつ持続的な成長の主体、原動、目標であり、労働者の能力の向上はより一層重要な事業となっている。

 

4. 労働者の能力の向上への提案

(1)高付加価値産業への効率的なシフト

農業国の状態から経済を発展させたベトナムでは農村で就労している労働者がほとんどであった。経済成長で産業構造はシフトしつつあるが、産業別労働者構成割合の推移(図表6)をみると、農業に従事している労働者は全労働者の半分程度である。一方、農業産業がGDPに占める割合は約2割にすぎない。

 

また、建設産業は4割弱であるが、従事している労働者の割合は約 20%しかない。工業国になるためには、工業部門における労働者数を拡大しなければならないが、2000年から2014年まで、13%から21%と僅か7%上昇したのみである。また、産業構造の変化(図表6)をみると、2000年から2014年まで、工業・建設業によるGDPへの寄与は34.2%から38.5%までの僅か4%の変化をもたらした。同様に、サービス業において、2000年から2014年まで労働者は24.8%から32%まで7%ポイントの変化があるものの、サービス業によるGDPへの貢献度はほとんどない。

 

 

このように、農業から工業やサービス業への労働者シフトは効率的に行われなければ、工業国に成長する目標を実現するのは難しいのではないかと考えられる。効率的なシフトを実現するためには労働者に必要な技能及び知識を付けることは不可欠である。

 

近年、ベトナムの通学状況(図表 4)は好調な成長を見せている。また、図表 7 に示す通り、教育機関、特に大学の数が急増してきた。短期大学は 2011 年から減少する傾向を見せているが、2000 年と比べると、2 倍ほど拡大した。また、職業訓練学校の増加率も徐々に伸びている。このように、学生数においても、学校数においても高等教育は拡大している。これらの訓練を受けた人材は工業、サービス業に活躍する労働者になるが、工業、サービス業による GDP への寄与度は期待ほど高くない。そこで、教育問題は労働者の能力向上のボトルネックではないかと考えられる。即ち、数量の面だけではなく、教育の質を改善することも重視しなければならない。

 

(2)教育プログラムの充実

ベトナム教育はこれまで大きな発展を遂げてきたが、一般教育を中心に職業・技能を訓練する機関は未だ十分普及していない。しかもベトナム人にとって、実際の技能よりも資格が選好されるため、職業訓練学校は最後の道として選択されている。2015 年 6 月時点で、訓練を受けた労働者の内大学卒の労働者の割合は 41.5%でもっとも多く、短期大学卒の割合は 15%、中級職業訓練学校卒の割合は 27%、初級職業訓練学校卒の割合は 16.4%である。大学に通学する学生数が多いが、大学を卒業しても、仕事が見つからない現状となっている。図表 8 で示している通り、資格別の失業者数の統計を見ると、大学卒の割合がもっとも多いことが明らかである。おそらく大学における教育プログラムで身に着けることのできる能力と実際の仕事において要求される能力に大きな差が存在しているからだと思われる。この状況において、一般資格よりも、具体的な職業・技能の訓練を行うことは重要であると考えられる。

 

 

 

この現状を改善するために、まず職業訓練機関の教育力を高める必要がある。例えば、職業訓練学校の設備の改善、メリハリのある教育プログラム、会社での実習プログラムの導入などを行えば、学生に興味を持たせることができるだろう。そうすれば、職業訓練機関への入学の興味を高められるであろう。加えて、訓練学校への通学に補助金の制度が実施されれば、より入学の意欲を促進させられると考えられる。その他、職業訓練を通学するメリットの宣伝も必要であろう。例えば、毎年、職業訓練機関を卒業する学生の採用率を公表することで、資格よりも職業を重視する人々が増加するであろう。

 

(3)グローバル人材を育成

新時代において、ベトナム経済が地域・世界経済に加盟することに合わせて、労働者の能力を世界の基準と同様なレベルを向上させなければならない。そこで、グローバル人材育成が重要な事業となる。他の国の労働者と一緒に仕事できるように、ベトナム労働者は熟練技能、言語力、仕事に必要なソフトスキルを高める必要がある。

 

グローバル人材を育成するためには、まず、国内基準の代わりに、国際基準にしたがった育成を目指すべきである。現在、AECの準備段階として、観光分野の労働者にASEANの共通基準に沿った人材育成を行っているが、他の分野にはまだ本格的に行われていない。そこで、2015 年に労働の自由移動可能の医療、建築、会計といった分野を優先的に行うべきである。また、国際基準を普及させるために、国際資格取得トレーニングコース、認定試験を受ける補助金等の激励する制度を設けたほうが良いであろう。

 

つぎに、グローバル人材を育成するため、海外で技能実習活動を拡大する必要がある。近年、日本を始め、ベトナム技能実習生を受け入れる台湾、韓国の企業が増えてきた。職業訓練機関はその海外企業から指導者や設備等に関する支援を受ければ、よりニーズに合う授業を実施するであろう。また、この技能実習生は帰国した後、先輩として、学んだ知識、技能を後輩たちに教える重要な人材となる。このように、ベトナムに多数の熟練労働者を育成できるだろう。

 

そのほか、仕事に必要となるチームワーク、規律性といったソフトスキルの向上も必要である。ベトナム人は勤勉であるが、団体で仲間と協力すること、時間や規則を守ることにかけている。この問題を解決するために、学校における教育プログラムや会社における活動にチームの訓練を増やすべきである。また、社会に対する意識を高める訓練も必要であろう。

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