求職者の減少が有効求人倍率押し上げに寄与
~関西ではインバウンド求人増加と人口流出が影響~

Trend Watch No.38

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ABSTRACT

2016年の関西経済は総じて横ばいないしは停滞が続いているが、唯一雇用関連指標だけが堅調な改善を続けている。そこで、本稿では、関西における有効求人倍率の動きに焦点を当て、分析を行った。

有効求人倍率の上昇は、求人数の上昇と求職者数の減少に分解できる。関西では、近年、有効求人数の上昇に加えて、有効求職者数減少の影響が目立つ。この背景には、少子高齢化による労働力人口の減少や、元々求人超過であった職種でミスマッチが解消せず、求人倍率全体が上昇したといった全国と共通の要因がある。加えて、関西の特徴としては、インバウンド関連の求人増加や、2040代の若手・中堅世代が関東地域へ転出したことも影響していることがわかった。これらが複合的に重なった結果、有効求人倍率の上昇をもたらしたと見られる。

DETAIL

1.有効求人倍率が歴史的な高さに

2016 年の関西経済は一部に明るい兆しはみられるものの、総じて横ばいないしは停滞が続いている。そうした中で、雇用関連指標だけが唯一といっていいほど堅調な改善を続けている。中でも、有効求人倍率は雇用環境の好不調を示す重要な経済指標の一つであることから、特に注目されている。

有効求人倍率とは、公共職業安定所(ハローワーク)に登録をしている求職者(有効求職者数)に対し、求人を募集している企業からの求人数(有効求人数)が占める比率である。足元の状況を確認すると、2016年4-5月期の関西(滋賀・京都・大阪・兵庫・奈良・和歌山の2府4県)の有効求人倍率(季節調整値)は、1.26 倍で前期比+0.06ポイントと2011年7-9月期以降、21期連続で上昇している(図表-1)。直近の5月は1.27倍と4カ月連続で上昇している。同月の全国は1.35倍で同+0.07ポイント上昇しており、1991年10月(1.36倍)以来、24年ぶりの高水準が続いている。こうした有効求人倍率の高さを受け、新聞や報道等では、「バブル期に並ぶ高水準」「24年ぶりの高水準」という表現が多くみられるようになった。

また、最近の特徴として、雇用環境の好調さとともに、労働需給のひっ迫(人手不足)が進んでいる。日銀が発表した直近の短観(2016年6月調査)で雇用人員判断DI(「過剰」-「不足」)を確認すると、関西では、いずれの企業規模でも2013年7-9月期以降、不足超過に転じている。最近では、特に中小企業で企業の人手不足感が強くなっていることが確認できる(図表-2)。これは関西だけでなく、全国でも同様の傾向である。加えて、先行き(7-9月期)を見ても、人手不足感は今後も強まることが予想されている。こうした有効求人倍率の上昇と労働需給のひっ迫は一過性のものではなく、最近のトレンドとして定着していると見ることができよう。

 

 

 

2.なぜ有効求人倍率は上昇を続けているのか

それでは、なぜ有効求人倍率は上昇を続けているのだろうか。

 

先ほどの定義に基づくと、有効求人倍率の上昇は、有効求人数の増加(分子の増加)、もしくは有効求職者数の減少(分母の減少)の2つによってもたらされる。そこで、関西(2府4県)と全国について、2010年平均を100とした指数に直した図表-3から、それぞれの推移を確認する。

 

まず、有効求人数について、関西(左図)では2002年から2006年まで増加した後減少に転じ、2009年を底に反転している。2014年は増加が一段落したものの、2015年に入ってからは再び増加しており、景気変動に対して循環的な動きが確認できる。全国(右図)でもほぼ同様の動きとなっており、最近では、前回の景気拡大期であったいざなみ景気当時(2002~2007年)のピーク(2006年7-9月期:164.5)を上回って推移している。関西でも、2016年1-3月期にようやく前回のピークである2006年10-12月期(167.8)の水準を上回った。こうした求人数の増加は有効求人倍率の上昇につながっていると評価できよう。

 

 

求人数全体では関西と全国でほぼ同様の推移となっていたが、業種別の違いは見られるだろうか。図表-4 は関西2府4県と全国の新規求人数(期間中に新たに受け付けた求人数)を、産業別に寄与度分解したものである。関西(左図)では、特に「医療・福祉」「宿泊・飲食サービス」「卸売・小売業」「生活関連サービス業」といった非製造業を中心に、プラスに寄与している。全国(右図)と比較しても、「医療・福祉」「宿泊・飲食サービス」「生活関連サービス業」といった産業の寄与度は関西の方が大きい。

 

図表-2では日銀大阪支店の短観(近畿地域)を確認したが、業種別・規模別に分けて見ると、関西の非製造業中小企業では、人手不足超過という回答が最も大きくなっていた(全規模全産業:-15、非製造業中小企業:-27、いずれも2016年4-6月期)。非製造業に該当する事業所の中でも、特に「宿泊・飲食サービス」業は中小企業が多い。日本商工会議所が今年6月に発表した「人手不足等への対応に関する調査」では、調査対象事業所(2,405社)のうち55.6%が「人材が不足している」と回答しており、業種別では宿泊・飲食業の約8割の企業で「不足している」と回答したことが報告されている。 これらの結果から、関西では、関空を利用する訪日外国人客増加に伴い、人手不足に対応する必要性から、サービス業特にインバウンド関連の業種を中心に求人が増加したことで、有効求人倍率が上昇していると言えよう。

 

 

3.足下では求職者数減少による影響が目立つ

もし有効求人倍率の上昇が、求人数増加によって生じているのであれば、雇用環境は着実に改善していると判断することができよう。しかし、再度2ページの図表-3を見ると、有効求職者数が2009年後半以降、減少傾向で推移しており、しかも、2013年以降は減少のペースが速くなっている。先述した通り、有効求職者数の減少も有効求人倍率の上昇要因である。そのため、有効求人数の増加よりも、有効求職者数減少の影響の方が大きければ、有効求人倍率は実態よりも押し上げられていることになり、景気の好転による求人数増加の結果であると一概に評価することはできない。

それでは、有効求人数増加と有効求職者数減少のどちらが大きな影響を与えているのだろうか。有効求人倍率(季節調整値)の前期差を求人数増加要因と求職者数減少要因の2つに要因分解した図表-5を見ると、世界金融危機が起こった2008年後半から2009年を除き、2012年までは求人数増加(図中の赤色の棒)が、求人倍率の主な上昇要因であった。特に、2000年代は関西では、液晶ディスプレイや太陽電池・リチウムイオン電池といった次世代エネルギー産業への関心が高まっていた時期であり、パネルベイやバッテリーベイと呼ばれた大阪湾岸部で最新鋭の工場を始めとした大型投資が行われた。そのため、関連産業で求人が増加していたと考えられる。しかし、その後の世界金融危機、東日本大震災を経て、2013年以降は、徐々に求職者減少(緑色の棒)による影響の方が大きい期間が目立つようになっている。

 

つまり、関西の有効求人倍率の変動をみると、有効求人数増加の影響が大きかったこれまでと比べて、最近では、求職者数減少が与える影響の方が大きくなっている。そのため、有効求人倍率が実態よりも押し上げられている可能性がある。

 

 

4.人口変動がもたらした求職者数の減少

先ほどの要因分解の結果から、求人数の増加だけでなく、求職者数の減少にも注目する必要があることを確認した。中でも、求職者数に大きな影響を与えるのが人口変動であり、少子高齢化による生産年齢人口の減少や、団塊世代・高齢世代の退職といった要因(自然減)と、人口が他地域へ流出することによる要因(社会減)の2つが重要である。特に、人口移動の影響は、流出先地域と流入先地域で相殺されることから、全国を対象にした分析では労働需給に与える影響が観察されにくい。そのため、地域の分析では人口の社会移動を考慮することが重要である。

 

少子高齢化による影響

まず、少子高齢化による影響(自然減)について検討する。一般的に、少子高齢化に伴って労働市場からの退出者が増加するため、労働力人口(15歳以上の就業者と完全失業者の合計)は減少する。

 

図表-6は、関西の労働力人口の伸び率の推移を示している。労働力人口全体は減少しており、年齢別の寄与度をみると、15-64歳の生産年齢人口は東日本大震災の翌年である2012年を除いて減少に寄与している。これは1947~49年に生まれた団塊の世代が65歳になって労働市場から退出したことも背景にある。一方、65歳以上の高齢者の寄与度は2012年以降大きくなっている。定年の引き上げや、65歳以上の継続雇用制度の導入(2013年の一部改正で希望者全員の雇用確保に改正されている)により、高齢者の就業が進んだ結果によるものと言えよう。関西では、全国よりも高齢化が速く進んでおり、少子高齢化は、労働力人口の低下と求職者の減少に寄与したと考えられる。

 

 

 

人口流出による影響

それでは、具体的に、どの年齢層で求職者数が減少しているのだろうか。図表-7は大阪府の年齢別の新規求職申込件数の推移を見たものである。新規求職申込件数を年代別に見ると、いくつか興味深い点を指摘できる。中でも、最も大きくマイナスに寄与しているのは「20~29歳」、次いで「30~39歳」「40~49歳」の若手・中堅世代である。寄与度の推移を見ると、「30~39歳」「40~49歳」では減少幅が縮小する一方で、「20~29歳」では拡大している。

20~39歳までの世代は、他と比べて就職や転勤による移動が多い。そこで、図表-8では関西2府4県について、年齢別に転入超過数(転入者数-転出者数)の推移を示している。年代別に見ると、大学進学等に伴う人口流入により19歳以下は大きな転入超過となっている一方で、若手・中堅世代が含まれる25~39歳では、大きな転出超過となっており、しかも年々転出超過数幅が拡大している。また、2013年以降は大学新卒が含まれる20~24歳もこれまでの転入超過から転出超過に転じている(これは2011年の東日本大震災の影響もあったと考えられる)。

 

それでは、関西からどの地域へ転出しているのだろうか。図表-9は同じく関西の転入超過数を転出先別に集計したものである。これを見ると、関東地域(茨城・栃木・群馬・埼玉・千葉・東京・神奈川)への転出が多くなっており、特に2013年以降、転出超過幅が拡大している。これは、東京と大阪に拠点を持つ企業(複数本社制)が重複する機能を東京に集約させていることや、新卒で関西に配属になった社員が転勤で東京の本社に異動することなどが理由として考えられる(図表-8では25~29歳の転出超過が最も大きい)。 以上の分析から、関西では、生産活動の担い手である20~40代の若手・中堅世代が関東地域へと転出し、労働力人口が減少したことも求職者数の減少につながったと考えられる。

 

 

 

5.雇用のミスマッチによる求人倍率の上昇

これまでは、求人数と求職者数に焦点を当て、有効求人倍率の上昇を分析してきた。最後に、求人倍率全体を押し上げる要因として、求人側の希望と求職者側の希望する能力や労働条件が合わないことから、労働市場で雇用のミスマッチが生じている可能性について検討する。

 

雇用のミスマッチは、求人を出す側である企業が要求する技能や能力と、求職者側が提供できるものが一致しない場合や、勤務条件の不一致等から生じ、求人が過剰となっている業種・職種と不足している業種・職種が併存している状況を指す。例えば、ハローワークで取り扱われている職種の中には、事務職のように求職者数が求人数を上回り、人員が過剰となっている職種と、保安など求職者数が求人数を下回り、人手が不足している職種が併存している。もともと元々求人超過であった職種で求職者が増えず、今よりも不足感が高まった結果、求人倍率全体が上昇することになる。

 

こうした状況を確認するため、関西(2府1県)と全国について、職種別の有効求人倍率の推移を見たのが図表-10である。関西・全国で共通して求人倍率が1倍を超える職種には、保安や建設・採掘、介護関連、サービス、輸送・機械販売がある。これらは専門的な知識や資格を必要とし、体力的に厳しい職種が多く、たとえ企業が求人を出しても、すぐに求職者が集まるとは考えづらい。全体の傾向として、倍率が1倍を超える職種では、統計が入手できる2013年以降、上昇傾向で推移している。一方、1倍を下回る事務、運搬・清掃といった職種はほぼ横ばいで推移している。そのため職種別にみると、これまで人手不足で有効求人倍率が高かった職種で有効求人倍率が上昇する一方、これまで人員過剰であった職種では倍率はほとんど上昇がみられない。その結果、平均で見た全体の有効求人倍率は上昇したと考えられる。

 

 

6.高齢者の就労促進と若者世代をいかに引き止められるかが鍵

本稿では、関西における雇用関連指標、特に有効求人倍率の動向に焦点を当てて分析を行った。分析の結果をまとめると、下のようになろう。

 

 

有効求人倍率の上昇は、求人数の上昇と求職者数の減少に分解できる。関西では、近年、有効求人数の上昇に加えて、有効求職者数減少の影響が目立つ。この背景には、少子高齢化による労働力人口の減少(要因2)や、元々求人倍率が高い職種でミスマッチが解消せず、全体の数字が上昇した(要因4)といった全国と共通の要因がある。加えて、関西の特徴としては、インバウンド関連の求人増加(要因1)や、20~40 代の若手・中堅世代が関東地域へ転出したこと(要因2)も影響していることがわかった。これらが複合的に重なった結果、有効求人倍率の上昇をもたらしたと見られる。

 

今後の課題としては、労働力人口の増加に向けて、高齢者の就労促進や若年・中堅層を関西に留めるための方策を検討することなどが考えられるだろう。2015年の厚生労働省が発表した「高齢社会白書」では、65~69歳の男性未就業者の実に4人に1人が就業を希望している。高齢者の就業は人手不足の解消だけでなく、高齢者自身にとっても健康寿命の延伸や引退年齢の引き上げ、自治体にとっても医療費の抑制などの効果が期待できよう。

 

また、若者を地域に留めておくことも、今後関西経済の発展にとって重要であろう。そのためには、若者にとって仕事と子育てが両立できる職住近接が可能な拠点都市となるよう、関西が先頭に立って、集中的な投資を行っていくべきではないだろうか。

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