ABSTRACT
トレンドウォッチNo.21では、APIR開発の「関西地域間産業連関表」を用いて、2013年の訪日外国人消費を推計し、関西各府県に及ぼす経済効果を比較分析しました。本稿では、前回同様の手法で、2014年の経済効果を推計し、両年の効果を比較検討しました。
比較の結果、関西への訪日外国人の流れは、これまでの大阪、京都から、周辺の滋賀、和歌山、奈良へと広がったことが分かりました。特に中国人や台湾人の貢献が大きいとみられ、その結果、大阪や京都のホテル稼働率は高水準で推移し、宿泊単価も上昇しています。一方、既存の宿泊インフラの供給制約も目立ってきており、この観光ブームを確実なものとするためにも、各府県のハード・ソフト両面での工夫とともに、関西圏が一体となって観光客の流れをスムーズな好循環にすることが重要であると考えられます。
DETAIL
はじめに
トレンドウォッチNo.21おいて、筆者たちは、平成25年(2013年)の訪日外国人消費を推計し、関西各府県に及ぼす経済効果を比較分析した。具体的手法としては、観光消費ベクトルを推計し、APIR が開発した関西地域間産業連関表を用いて訪日外国人消費が関西各府県の生産、所得や雇用にどの程度寄与したかを推計するものである。結果、2013 年の訪日外国人消費は関西の名目 GRP(域内総生産)を0.3%(2,564 億円)程度引き上げ、雇用を 0.5%(4 万6,000 人)程度拡大したことがわかった。ただ訪日外国人消費の寄与を関西各府県別に見ると、効果は大阪府や京都府に集中しており、他県における寄与は大きくはなかった。2014 年は訪日外国人数の伸びは前年から加速しており、寄与の拡大が期待されるところである。本稿では前回と同様の手法で平成 26 年(2014 年)の経済効果を推計し、両年の効果を比較検討する。最後に、比較から得られる政策への含意が示される。
1. 観光消費ベクトルの作成と比較
本節では、 (1)都道府県別訪日外国人数の比較、(2)国籍別・費目別の購入者単価の比較、(3)国籍別・費目別消費額の推計、(4)府県別観光消費の推計という順に、観光基礎統計を加工し観光消費ベクトルを推計し2013-14年比較を行う。
(1) 都道府県別訪日外国人数の推計
日本政府観光局(JNTO)の集計による訪日外国客数は、2013 年が約 1,036 万人であったのに対し、2014 年が約1,341 万人と 1 年間で約30%(2013 年:+24.0%)の増加を示した(表 1-1)。国別にみると、2013年時点では、韓国が最多の約246万人であり、台湾の約221万人、中国の約131万人がこれに続いた。2014 年時点においては、台湾が最大の約283万人となり、以下、韓国が約276万人、中国が約241万人となっている。全ての国・地域のなかで、中国の伸びは最も高く、1年間の増加率は83%に達している。低成長の数字が常態の日本経済において、訪日中国人観光者に期待を抱かせる数値といえよう。
上記の国籍別訪日外国客数を都道府県に按分する。「宿泊旅行統計調査報告」の参考第1表(年計)からは、国籍別・都道府県別の外国人延べ宿泊者数が得られる。ここから、各県における延べ宿泊者数の対全国シェアを国籍別に算出し、このシェアを訪日外国客数に乗じて国籍別・都道府県別の訪日外国人数を推計する(表1-2)。
2013-14年を比較すると、絶対数では関西が+43.9万人増加したが、うち大阪府の増加が+31.7万人と最大であり、京都府が+5.9万人と続いている。伸び率でみると、関西では+18.2%増加したが、滋賀県(+40.3%)、和歌山県(+38.4%)、奈良県(+33.7%)などが際立っている。また、表では割愛しているが、滋賀県の増加は台湾による寄与が大きいのに対し、奈良県、和歌山県は中国による寄与が大きい。
(2) 国籍別・費目別の購入者単価
「訪日外国人消費動向調査」第4表より、国籍別の購入者単価を費目別に取得する(表1-3)。消費の動向は、支出の総額のみならず、費目の構成も国により大きく異なっていることが確認できる。例えば、2014 年において、韓国は買物代が全体の約 27%(=20,137/75,852)であるのに対し、中国は約 55%(=127,443/231,753)と支出の半分以上を占めている。2013-14年の比較では、韓国の支出が2013年の約8.1 万円から14年の7.6万へと5千円程度減少している一方で、中国では約21万円から23.2万円と2万円強の増加、台湾では約11.2万円から12.5万円と1万円強の増加となっている。表章されている全ての国・地域を全体として見てみると、購入者単価が増加している国と減少している国が混在している。
(3) 国籍別・費目別の消費額
(1)で求めた国籍別・都道府県別訪日外国人数に(2)の購入者単価を乗じて、国籍別・都道府県別の消費金額を費目別に推計する。表 1-4 は、滋賀県での訪日外国人消費金額の推計結果を例示したものである。例えば韓国の宿泊費は、購入者単価の24,820円に訪日外国人数の8,344人を乗じて、約2億700万円として推計される。このように国別に各費目の支出額を算出し、それを国籍について合計したものが、当該県における消費額(表の太枠内は2014年の場合)となる。
表 1-3 で確認したように、訪日外国人による支出の構成は、国籍によって特徴がある。表 1-4 の太枠内には、2014 年の都道府県別費目別の消費額が示されているが、国籍による消費パターンの相違が反映されたものとなっている。
(4) IOベースの部門別府県別観光消費の推計
ここでは、表1-4の情報を産業連関表の部門分類(IOベース)に組み替えて、経済波及算出の基礎となる、部門別府県別観光消費を推計する。その手順は、以下の通りである。
① 表1-4の費目(表第1列)を産業連関表の部門(104部門)に対応付けし、IO部門による観光消費ベクトルを推計する。
② 上の消費ベクトルに含まれる移輸入品を、関西地域間産業連関表の情報に基づき推計し、財・サービスの供給地域毎の消費ベクトルを推計する。
③ ここまでで推計された消費ベクトルは、いわゆる購入者価格ベースであり、財の取引額には流通コスト(商業マージン、運賃)が含まれている。全国産業連関表のマージン率と運賃率に基づき、商業マージンと運賃を推計し、生産者価格ベースの消費ベクトルを推計する。
上記のうち、①、②については、トレンドウォッチ No21 のpp3-5 で数値を交えて詳しく説明している。詳細については、そちらを参照されたい。
以上の要領で推計した、観光消費ベクトルは、表1-5のようになる。ここで若干の補足を述べておく。まず表 1-5 は、紙幅の都合により列を 2 つに分けて表示しているが、本来は、関西地域間産業連関表のレオンチェフ逆行列に乗じるべき需要ベクトルとして、1 列で表現されるものである。また、産業連関表は104部門であるが、表1-5では、数値がゼロの部門は割愛している。
なお表 1-5 の各府県は、観光消費の対象となる財・サービスの供給地域を指していることにも留意されたい。例えば、2014 年の滋賀県の飲料は、14.7 億円となっているが、これは、滋賀県内で発生した飲料への消費需要が14.7億円ということではなく、関西各県内で発生した飲料消費需要のうち、滋賀県産により賄われた分が14.7億円という意味である。したがって、表1-5の数値は、生産波及における直接効果と読み替えることも可能である。
表1-5の数字を県毎に集計したのが、表1-6である。表(第1列)の「県・地域」は、関西地域間産業連関表の地域区分である。福井県は、関西地域間産業連関表では関西の一部として扱われているが、本分析では関西を(表で網を掛けていない)2府4県として定義している。表1-5、表1-6の消費額は、関西来訪者による消費額であり、(東京など)他地域の来訪者による消費は含まれていない。例えば、表1-6の2014年のROK(関西域外)は約408億円となっているが、これは関西来訪者による消費のうち、関西域外で生産された財が408億円であることを意味している。ちなみに、関西来訪者による(国内)消費の総額は、約4,289億円(表1-6の最下行)。うち、関西産品により賄われたのは3,850億であり、残りは、福井県及びその他の地域(ROK)でそれぞれ31億円と408億円ずつ調達されたことが表1-6から見てとれる。
2013年と2014年を比較すると、関西産品の消費は約41.9%。これを上回る伸びを示している県としては、和歌山県(60.6%)、滋賀県(57.2%)、奈良県(47.2%)などが挙げられる。
2.経済波及の算出と比較
前節で推計された観光消費ベクトルにより、経済波及効果(生産、GRP、雇用創出)を関西地域産業連関表により推計する。ここでは、直接効果、一次波及、二次波及の別に経済波及を算出する。具体的な計算の手順は、トレンドウォッチNo.21を参照されたい。
表2-1は、推計の結果を県毎にまとめたものである。2014年の関西全体への経済波及は、域内生産ベース(生産波及)で約6,880億円、付加価値ベース(付加価値波及)で約3,630億円、就業者ベース(雇用波及)では65,981人と推計された。
2013年との比較では、生産、付加価値、雇用のいずれの波及においても、関西全体では約42%の増加となっている(生産:42.0%、付加価値:41.6%、雇用:41.7%)。最も伸びが大きいのは和歌山県(57.9%、58.2%、56.6%)であり、滋賀県(51.3%、49.0%、53.0%)がこれに続いている。表1-6でみた、観光消費額(表2-1の直接効果)では、奈良県の伸びが相対的に高かったが、総合効果では、わずかに大阪府を下回っている。
3. 訪日外国人消費の関西経済への影響
前節の波及効果を、就業者の実績や APIR が推計した GRP の早期推計値と比較して、関西各府県の雇用やGRPにどの程度の拡大効果があったかを本節では推計する。
表3-1は表2-1をもとに当該年の関西2府4県GRPや雇用に訪日外国人消費がどの程度寄与したかを推計したものである。比較する関西各府県のGRP実績値(2013、14年)は公表されていないが、APIRの早期推計値を用いている。就業者数については実績が報告されているので、それを用いている。
表3-1 をみると、(1)訪日外国人消費は2013年の関西GRPを0.33%程度、14年のGRPを0.46%程度押し上げた。 (2)雇用については、2013年は0.47%程度、14年は0.66%程度の押し上げ効果となっている。このことから、(3)年々関西におけるインバウンドツーリズムの影響力が高まっていることがわかる。まさに関西の成長牽引産業と期待される所以である。
各府県別に 2013-14 年を比較しよう。例えば京都府の場合、2013 年の訪日外国人消費は同年の京都府 GRP を 0.72%押し上げに寄与していることがわかる。一方、奈良県の場合は、0.14%と寄与は関西で最も低い。訪日外国人消費の GRP 引き上げ寄与を降順に並べると、京都府、大阪府、和歌山県、兵庫県、滋賀県、奈良県となっている。GRP の水準比較(大阪府、兵庫県、京都府、滋賀県、奈良県、和歌山県)とは異なる姿となっている。結果から、和歌山県は観光資源をうまく使いGRP引き上げに貢献しているが、同じような経済規模の奈良県は観光資源を比較的うまく使いきっていない姿が浮かび上がってくる。2014年について比較すると、GRPへの寄与の順は京都府、大阪府、和歌山県、滋賀県、兵庫県、奈良県となっており、注目すべきは兵庫県と滋賀県の順位が入れ替わったことである。すでに指摘したように、2014 年、滋賀県で訪日外国人数の増加に寄与したのは、台湾である。積極的な誘致活動が成功したものと思われる。兵庫県は神戸市を中心としてもともとツーリズムではブランド力を持っていたが、最近は相対的にブランド力を失っているといわれている一証左がこの結果に現れていると思われる。
4.比較の含意
2014 年版関西経済白書でも指摘したように、APIR では関西の有望な成長牽引産業をインバウンドツーリズムと健康・医療産業と考えている。インバウンドツーリズムは、円安の持続、入国ビザ条件の順次緩和、関西国際空港における LCC の増便等の影響を受け、この数年急速に伸びてきている。インバウンドツーリズムは当面高成長トレンドが続くものと想定してよいのであろうか。
本稿の2013-14年の比較で分かったことは、関西への訪日外国人の流れは、これまでの大阪、京都から周辺の滋賀、和歌山、奈良へと広がったことであった。これには、特に中国人や台湾人の貢献が大きいといえよう。結果、大阪や京都のホテル稼働率は高水準で推移し、宿泊単価も上昇している。2014年は既存の観光都市の宿泊インフラの供給制約が目立った年ともいえよう。この供給制約に対して具体的な対策を打たない場合、宿泊コストが高騰しやがて観光客に敬遠されるであろう。宿泊設備はホテルだけではなく客層のニーズに合った設備を整備供給することが緊急課題であろう。関西圏または広域関西圏が一体となって観光客の流れをスムーズな好循環にすることも重要である。このブームを確実なものとするためにも、前稿で指摘したように各府県のハード・ソフト面での工夫が必要である。このような努力により、全体としてインバウンドツーリズムの経済効果の底上げが期待できるといえよう。