今月のエコノミスト・ビュー(2012年3月)

2012-03-14

<インフレ目標>

円高の進行が鈍化し、ほぼ止まった模様である。アメリカ経済が回復基調であり、欧州危機も当面は鎮静化しつつあることが主因だろうが、転換の契機の一つに は、日銀による「インフレ目標採用」の報道があったと言えるだろう。アメリカの連邦準備制度がインフレ目標を導入したのを受けて、日本銀行総裁から「日銀 も実質的なインフレ目標(1%)を採用している」という発言がなされたのである。連邦準備は景気回復の中で量的緩和を継続するに当たり、インフレ期待の高 まりを抑えることを意図して、インフレ目標を導入したのだと考えられる。他方、日本銀行の意図は円高阻止だったのではないだろうか。そうだとすれば、一定 の効果があったと言えるのかもしれない。
インフレ目標制度は、金融政策運営の世界標準である。1990年代に入る頃まで、各国の金融政策にとって最大の課題はインフレ鎮静化であった。試行錯誤の 中で、インフレ目標制度が課題解決の枠組みとして評価されるようになった。金融政策のゴールとしてインフレ率の目標水準を明示することは、景気安定化や金 融システム安定化を副次的目標に格下げすることを意味する。困難な決定であるが、当時の状況下で「二兎を追うと一兎も得られない」として、踏み切られたの である。単純化した金融政策目標を、(人気取りに傾きがちな政治の影響を排除すべく)独立性を高めた中央銀行に委託し、一定期間(2〜3年)内に目標水準 のインフレ率を実現させるというのが、当時のインフレ目標制度であった。
その後、世界的にインフレが鎮まり、インフレ目標の採用例も増えて経験が蓄積されると、インフレ目標制度にも様々な変更が加えられるようになった。大きな 流れとして、当初の厳密な枠組みがより緩やかなものへと変えられた。まず、目標を達成すべき期間が曖昧になり、景気循環を通して平均的に実現すれば良いと いう形が現れた。目標の設定方法も、目標範囲設定から目標値の設定に変更された。一見すると厳しくなったように見えるかもしれないが、反対である。範囲を 明示すればその上下限内に収まらないとアウト判定されるが、目標値の場合はピッタリに合わなくても当然なので、アウト判定は曖昧になる。当初は、目標達成 に失敗すると中央銀行のトップを交替させるというペナルティが喧伝されたが、英国などでは中銀総裁が事情を説明する手紙を書くことが繰り返されている。
高インフレと闘うためには、物価安定の追求という側面における金融政策への信認を高める必要があった。しかし、一旦、信認を獲得してしまうと、物価安定以 外の目標への目配りも可能となってきたのである。ノーベル賞を受けたプレスコット教授(ミネソタ大)など新しい古典派が批判した「時間非整合性」問題に近 いが、短期的な自由裁量に基づく政策変更ではなく、政策枠組み(ルール)の変更として実施されつつある。勿論、こうした政策目標間のウェイト変更は微妙な ものであり、信認を喪失する危険性もある。それで、中央銀行は、自らへの信認のインディーターとして、民間主体の中期的なインフレ期待(予想)をモニター している。
日本銀行の「実質的なインフレ目標」に対する評価は、これからの政策行動に応じて定まっていくであろう。以前の日本銀行はインフレ目標に対して拒否反応を 示し、2000年に公表した「「物価の安定」についての考え方」という文書では、具体的な数値の明示を回避した。市場は、その後の政策行動をみて、 「−1〜+1%の範囲であれば、日本銀行は動かない」と考えるようになったという。暗黙の目標が0%であると解されていたことになる。景気と物価の動向が 安定して量的緩和を解除した2006年に、「「物価の安定」についての考え方」は改訂されて、「0〜2%程度のインフレ率」と数値を明示し、「1%」が中 心的な値であることにも言及した。しかし、その後の運営からは「1%」の実現に積極的だという印象は与えられなかった。金融危機後の不況の中、2009年 末に「0%以下のマイナスのインフレ率は許容しない」と言明し、「1%」が中心的な値であることを再度強調した。続いて、今回の表明となったのである。こ れからの政策行動に期待したい。

[地主敏樹 マクロ経済分析プロジェクト委員 神戸大学大学院]

日本
<超短期モデルは1-3月期日本経済をほぼ横ばいとみる>

3月8日発表のGDP2次速報値によれば、10-12月期の実質GDP成長率は前期比年率-0.7%と1次速報値の同-2.3%から1.6%ポイント上方 修正された。民間企業設備が1次速報値の同+7.9%から+20.7%へと大幅に修正されたことがその主要因である。この結果、2011暦年の成長率は -0.7%(前回:-0.9%)となった。
10-12月期の成長率が上方修正されたものの、足下経済は市場の見方より弱いようである。今週(3月12日)の超短期モデル(支出サイド)は、1-3月 期の実質GDP成長率を、内需は小幅拡大するが、純輸出が同程度縮小するため同-0.1%と予測する。この結果、2011年度の実質GDP成長率は -0.4%となろう。1-3月期の経済がほぼ横ばいであるのに対して、4-6月期の実質GDP成長率は、内需は増加幅が拡大し純輸出の減少幅が縮小するた め、同+4.0%と予測する。2012年前半の超短期予測の見方に対して、マーケットコンセンサス(ESPフォーキャスト3月調査)は1-3月期実質 GDP成長率を同+2.35%、4-6月期同+2.21%とほぼ同程度の景気回復と見ている。
このように超短期予測は1-3月期経済をマーケットコンセンサスより低く見ているがその理由は以下のようである。同期の国内需要を見れば、実質民間最終消 費支出は前期比+0.4%と堅調な伸びとなる。実質民間住宅は同-3.4%と2期連続のマイナス、実質民間企業設備は同+0.9%と小幅増にとどまる。実 質政府最終消費支出は同+0.5%、実質公的固定資本形成は同+5.8%となる。このように、公的需要は拡大するが民間需要が縮小するため、国内需要の実 質GDP成長率(前期比-0.0%)に対する寄与度は+0.2%ポイントと小幅にとどまる。
一方、財貨・サービスの実質輸出は同+0.4%小幅増加し、実質輸入も同+2.2%増加する。このため、実質純輸出の実質GDP成長率に対する貢献度は-0.2%ポイントとなり、内需の拡大幅を相殺する。
インフレについては商品価格高騰の影響が浸透し始め、GDPデフレータは、1-3月期に前期比+0.2%、4-6月期に同+0.1%となる。民間最終消費支出デフレータは、1-3月期に同+0.1%、4-6月期に同-0.1%となる。

[稲田義久 APIR研究統括・マクロ経済分析プロジェクト主査 甲南大学]

米国
<支出・所得サイドからのGDP予測の乖離は今後どのように収束していくか?>

グラフにみるように、2012年1-3月期実質GDP成長率予測は、支出サイドからは前期比年率-0.22%、所得サイドからは同+2.97%と大きく乖 離している。各四半期において最初の月の実績値が更新された時に、超短期モデル予測ではこのようなことが時々生じる。すなわち、GDPの所得サイドでは堅 調に改善している労働市場を反映し、それが個人所得の増加となり、経済成長率を高くしている。一方、1月の大幅な輸入増、により、その後の輸入も時系列モ デルから高く予想されることから、GDPの支出サイドから予測される実質GDP伸び率が非常に低くなる。しかし、このような大きなGDP予測の乖離も2 月、3月の経済指標の実績値を更新することによって収束していく。おそらく次のようなことによって、その乖離が収束していくであろう。
・賃金・俸給が改善されていることから、個人消費支出(PCE)が上方に改定されるだろう。
・過去3ヶ月の財輸入の平均伸び率(前月比)は1.7%と非常に高い。このような高い伸び率が維持される可能性は少ないことから、輸入の伸び率が今後低下するだろう。
・最近の石油価格の上昇から、輸入価格が上昇し、実質輸入が減少するだろう。
・製造業が堅調に拡大していることから、製造業の在庫、それにともない卸売業、小売業在庫も増加するであろう。
すなわち、支出サイドからの経済成長率の予測が上方に修正される形で両サイドからの実質GDPの乖離が縮小していくと思われる。輸出入、在庫の2月、3月 の時系列モデル予測にかなりの不確実性があることから、今期(1-3月期)の現状の景気判断にはGDPから在庫、純輸出を除いた最終需要をみるのがよいで あろう。今週の超短期モデルはその実質最終需要の伸び率を同+2.8%と予測している。すなわち、今の景気は2.5%−3.0%の経済成長率と考えられ る。一方、今週のインフレ率予測はほとんど2%にまで上昇している。このように、超短期モデル予測からすれば、多くの連銀エコのミストが今もってQE3を 考えているが、その必要はないと結論できる。

[熊坂有三 ITエコノミー]

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