ゼロコロナ政策による中国経済減速と関西経済への影響
Abstract
1. 2022年に入り中国におけるCOVID-19陽性者数が急増している。1-3月期では吉林省が全陽性者数の約6割を、4-6月期では上海市が約7割強を占めるなど、陽性者数の増加が顕著な省及び直轄市で、厳格なロックダウンが行われた。7-9月期は一旦感染状況が落ち着いたが、10-11月期では広東省、北京市、重慶市で感染が拡大しており景気への悪影響が懸念される。
2. ゼロコロナ政策によるロックダウンの影響は非常に大きい。特に制限が厳しかった上海市や吉林省では、いずれも実質GDP成長率がマイナスとなった(2022年1-9月期、それぞれ前年同期比-1.4%、同-1.6%)。また、広東省(同+2.3%)、江蘇省(同+2.3%)など経済規模が最大の2省(対GDPシェア21.1%)は、中国全体のGDP成長率(同+3.0%)を下回っている。
3. 中国ゼロコロナ政策による経済的影響を考える上で関西および日本経済の対中貿易シェアは重要である。2021年における対中輸出をみれば、関西(26.2%)の方が全国(21.6%)より全体に占めるシェアは高い。すなわち、関西は全国に比べ対中輸出シェアが高いがゆえに、中国経済の減速は貿易を通して大きな影響を受ける。
4. 中国経済の減速が関西の輸出を通じて関西経済全体にどのような影響をもたらすかについて、輸出関数を推定した。結果は中国の実質GDPが1%下落すると、関西の実質輸出は0.46%程度下落すると試算される。
5. シミュレーションでは、標準予測における関西の実質輸出が2022-24年度にわたって0.462%減少する結果、関西の実質GRPは2022年度-0.12%、23年度-0.13%、24年度-0.13%減少する。金額ベースでは年度当たり943億円~1,082億円程度減少する。
本文
はじめに
IMFのWorld Economic Outlook(October 2022)によれば、世界経済の成長率は2021年の+6.0%から22年には+3.2%へと大幅減速し、23年にはさらに+2.7%にまで減速すると予測されている。22年世界経済の大幅減速の背景には、22年前半の米国経済のマイナス成長、後半のEU経済のマイナス成長予測がある。加えてCOVID-19の長引く感染拡大と中国におけるゼロコロナ政策による都市封鎖(以下、ロックダウン)の影響が指摘されている。関西経済の先行き見通すにおいて、貿易を通じた直接・間接(ゼロコロナ政策とEU経済の減速)の影響1は極めて重要と考えている。
本稿は、中国のゼロコロナ政策による中国経済の減速が貿易の経路を通じて関西経済、日本経済にどのような影響を与えるかを考察したものである。
まず 1.では中国国内の感染状況と、それに伴って実施されたロックダウンや住民の移動制限を時系列に沿って確認する。2.では中国経済の成長減速を省・直轄市別に確認し、ゼロコロナ政策がどのような影響を与えているかを分析する。3.ではその影響が貿易を通じて関西経済・日本経済にどの程度の影響を及ぼすかを論じる。最後に4.では本分析で得られた含意を述べる。
1.中国における COVID-19 感染状況と経済減速
ゼロコロナ政策の厳格な実施により、中国経済は成長減速を余儀なくされている。中国政府は2020年1月における武漢市のロックダウンを契機に、COVID-19の感染拡大を徹底的に抑え込む政策、いわゆるゼロコロナ政策を行っており、当初その成果は大きなものであった。2021年の実質GDP成長率は+8.1%と20年の+2.2%から急回復した。しかし、COVID-19変異株(以下、オミクロン株)の出現などによって直近では新規陽性者数が急拡大している。それに伴って住民への行動制限が頻繫に実施されている。こういった行動制限は、国民の消費(特に、対面型サービス消費)が減少するのみならず、生産活動も縮小してしまうなど、経済活動への影響は甚大である。またサプライチェーンの面から見ても、中国と貿易面で強いつながりを持つ関西経済において強いマイナスの波及効果をもたらすと考えられる。本節ではまず中国国内における COVID-19 の新規陽性者数の推移を省・直轄市ごとに確認し、それに伴って実施されたロックダウンの状況をまとめる。
1-1. 中国におけるCOVID-19陽性者数の推移
図1-1が示すように、当初はゼロコロナ政策が功を奏し、2020年4月以降、新規陽性者数の増加スピードが急減速し、21年まで低水準での推移が続いていた。しかし、22年に入りCOVID-19のオミクロン株の出現により、再び陽性者数は急増している。22年1-3月期における中国全体の新規陽性者数は4万8,791人であった。うち、吉林省では2万9,840人と全体の約6割を占めた。4-6月期では1-3月期よりさらに増加し、全体で7万4,572人となり感染が拡大した。特に上海市では 5万6,802人と全体の約7割強を占めるなど、大幅に増加したことがわかる。7-9月期は感染拡大が幾分和らいだものの(全体:2万4,947人)、足下10-11月期では7万3,068人と再び大幅拡大している。うち、広東省では2万7,199人(シェア:37.2%)、北京市では 9,616人(同:13.2%)、重慶市では4,997人(同:6.8%)などとなっている。
1-2. ゼロコロナ政策とロックダウン
前項でみたようにCOVID-19新規陽性者数の増加を抑えるため、主要な省や都市ではロックダウンが行われた。ロックダウンによる外出自粛や工場の稼働停止が行われたことで、後述するように中国の実質GDP成長率は大幅減速を余儀なくされることとなった。表1-1では、2022年以降に主要な省や都市で行われたロックダウンの内容を時系列に沿って示したものである。表が示すように、3月に入り、吉林省長春市、広東省深圳市など自動車関連企業やハイテク産業集積地でロックダウンが行われた。また、4月には上海市でのロックダウンが開始されたことで、工場の稼働が停止し、中国国内のみならず世界のサプライチェーンに大きな影響を与えた。6月1日には上海市のロックダウンは解除されたものの、9月にはいると四川省成都市において全市民の外出が原則禁止された。10月には上海市や広州市海珠区において防疫措置が強化され、湖北省武漢市で一部の地区で外出制限が開始された。また、11月では重慶市や広東省広州市の天河区、白雲区において防疫措置が強化された。
2. ゼロコロナ政策と中国経済の成長減速
前節でみてきたように、新規陽性者数が増加した各省及び直轄市において厳格なロックダウンが行われたため、中国経済に大きな影響を及ぼした。ここではゼロコロナ政策が省及び直轄市に与えた影響をみる。
表2-1は2021年の各省、直轄市名目GRPとその全国シェア及び2022年1-9月期の実質GRP成長率(前年同期比)を経済規模の降順で示している。前掲の表1-1でみたように、ロックダウンが厳しかった上海市や吉林省では、いずれも実質 GDP 成長率がマイナスとなった(2022年1-9月期、それぞれ前年同期比-1.4%、同-1.6%)。また、ロックダウンが行われた広東省(同+2.3%)、江蘇省(同+2.3%)など経済規模が最大の2省(対GDPシェア21.1%)は、中国全体の1-9月期実質GDP成長率(同+3.0%)を下回っている。中国全体の経済規模を考慮すれば、ロックダウンの経済的影響は非常に大きいことがわかる。
なお足下10-11月期においてもCOVID-19の感染状況は落ち着かず、四川省成都市、広東省広州市や重慶市など主要都市でのロックダウンが行われている(後掲参考図表1)。このため、10-12月期の中国GDP成長率の一層の減速が懸念されている。
表 2-1 中国各地域の足下のCOVID-19感染者数
注:実質GRP成長率は22年1-9月期(前年同期比)。朱塗りは中国全体のGDP成長率(+3.0%)を下回るもの。
出所:CEICに基づき、筆者作成。
3. 中国経済減速の関西経済への影響
本節では、中国ゼロコロナ政策による中国経済の減速が関西経済に与える影響について分析する。
まず関西経済や日本経済の中国経済への依存度を対中貿易シェアで確認し、それぞれの輸出に与える中国経済の影響を数量的に確認するため関西・日本経済の輸出関数を推計する。
3-1. 対中貿易シェアの比較:関西 vs.全国
まず、関西経済や日本経済の中国経済への依存度を対中貿易シェアで確認してみよう。図3-1は、2021年における関西と日本の貿易額の地域別シェアをみたものである。はじめに対 ASEAN 貿易をみれば、関西(輸出:15.8%、輸入:15.0%)、全国(輸出:15.0%、輸入:14.7%)とも 15%程度のシェアとなっている。次に対米貿易をみれば、関西(輸出:13.7%、輸入:8.8%)より全国(輸出:17.8%、輸入:10.5%)の方が貿易シェアは高い。対EU貿易をみれば、関西(輸出:10.0%、輸入:13.0%)の方が全国(輸出:9.2%、輸入:11.1%)より貿易シェアは幾分高い。
最後に対中貿易をみれば、関西(輸出:26.2%、輸入:32.3%)の方が全国(輸出:21.6%、輸入:24.0%)より貿易シェアは高い。すなわち、関西の対中輸出シェアは全国に比して4.6%ポイント、特に対中輸入シェアは8.3%ポイント高い。貿易面において関西は全国に比べ中国経済との繋がりが特に強いことが分かる2。関西経済は対中貿易依存度が高いがゆえに、中国経済減速は貿易を通して全国に比べて大きな影響を受ける。
3-2. シミュレーション:中国経済減速の関西経済への影響
図3-1でみたように、関西の中国経済に対する貿易シェアは高い。すなわち、中国経済が減速した場合に、関西経済に対する影響は全国よりも大きくあらわれる。ここではそのことを確認するために、関西と全国の輸出の中国実質GDPに対する弾力性を推計した。推計すべき輸出関数の関数形は以下のようである。
log(𝑘𝑎𝑛_𝑒𝑥) = 𝑐𝑜𝑛𝑠𝑡 + 𝑎 log (𝑐ℎ_𝑔𝑑𝑝𝑟)
なお kan_ex は関西の実質輸出指数、ch_gdpr は中国実質GDPを示す。使用するデータは、中国実質GDPと関西及び全国の実質輸出指数(年次ベース)である。
推定結果によれば、関西および全国の輸出に対する中国実質GDPの所得弾力性は関西が0.462、全国が0.304となっている(後掲参考図表2参照)。すなわち、中国のGDPが1%変化した場合、関西の輸出が0.462%、日本の輸出が0.304%、それぞれ変化することを意味する。推計結果から、中国経済の変動による影響は、全国よりも関西の方が大きいことがわかる。
次にこの推定結果に基づき、中国経済の減速が関西の輸出を通じて関西経済全体にどのような影響をもたらすかについて、APIR開発の関西経済予測モデル(稲田・入江(2013))を用いてシミュレーションを行った。いま中国の実質GDPが1%下落したと仮定すると、上述した輸出関数の推定結果より、関西の実質輸出は0.462%下落することになる。今回の標準予測では、関西の実質輸出を2022年度30.0兆円、23年度30.1兆円、24年度31.1兆円と予測している。そこでこれらの輸出額に0.462%を乗じると、22年度1,386億円、23年度1,388億円、24年度1,434億円となる(表3-1)。シミュレーションでは、標準予測での実質輸出額からこれらを減じて中国経済減速の影響を推計する。
シミュレーション結果は表3-1の通りである。中国の実質GDPが 1%下落し、それに伴い関西の実質輸出が0.46%減少することで、関西の実質GRPは2022年度-0.12%、23年度-0.13%、24年度-0.13%、ベースラインより減少する。金額ベースでは年度当たり943億円~1,082億円の減少である。GDPの支出項目別に見ると、民間企業設備において-0.33~-0.36%と特に影響が大
きい結果となった。
おわりに
本稿においては、中国経済の減速が貿易依存度の高い関西経済に与える影響を分析した。得られた分析結果を要約してみよう。
1. 2022年に入り中国におけるCOVID-19新規陽性者数が急増している。1-3月期では吉林省が全陽性者数の約6割を、4-6月期では上海市が約7割強を占めた。このため、新規陽性者数の増加が顕著な省及び直轄市で、厳格なロックダウンが行われた。7-9月期は一旦感染状況が落ち着いたものの、足下10-11月期では広東省(シェア:37.2%)、北京市(同:13.2%)、重慶市(同:6.8%)で感染が再び拡大しており22年全体の景気への悪影響が懸念される。
2. ゼロコロナ政策によるロックダウンの経済的影響は非常に大きい。特にロックダウンの厳しかった上海市や吉林省では、いずれも実質GDP成長率がマイナスとなった(2022年1-9月期、それぞれ前年同期比-1.4%、同-1.6%)。また、ロックダウンが行われた広東省(同+2.3%)、江蘇省(同+2.3%)など経済規模が最大の2省(対GDPシェア21.1%)は、中国全体の1-9月期実質GDP成長率(同+3.0%)を下回っている。なお足下10-11月期においても四川省成都市、広東省広州市や重慶市など主要都市でのロックダウンが行われているため、10-12月期の中国実質GDP成長率の一層の減速が懸念されている。
3. 中国ゼロコロナ政策による経済的影響を考える上で関西経済および日本経済の対中貿易シェアは重要である。2021年における対中貿易をみれば、関西(輸出:26.2%、輸入:32.3%)の方が、全国(輸出:21.6%、輸入:24.0%)より貿易シェアは高い。すなわち、関西は全国に比べ対中貿易シェアが高いがゆえに、中国経済の減速は対中輸出の減少を通じて大きな影響を受ける。
4. 中国経済の減速が関西の輸出を通じて関西経済全体にどのような影響をもたらすかについて、輸出関数を推定するとともに、APIR開発の関西経済予測モデルを用いてシミュレーションを行った。中国の実質GDPが1%下落したと仮定すると、関西の実質輸出は0.462%下落する。
標準予測における関西の実質輸出は2022年度30.0兆円、23年度30.1兆円、24年度31.1兆円となっている。これらの輸出額に0.462%を乗じると、22年度1,386億円、23年度1,388億円、24年度1,434億円減少する。
5. シミュレーションの結果、中国の実質GDPが1%下落し、それに伴い関西の実質輸出が0.46%減少することで、関西の実質GRPは2022年度-0.12%、23年度-0.13%、24年度0.13%減少する。金額ベースでは年度当たり943億円~1,082億円の減少である。