中国人客の回復とインバウンド戦略について
Abstract
2023年8月10日に中国政府は日本への団体旅行を解禁した。そのため、23年後半以降、インバウンド需要の加速が期待される。本稿では中国人客の団体旅行解禁が日本及び関西に与える経済的影響を一定の仮定を置き分析した。分析内容を整理し、得られた含意は以下の通りである。
1. 水際対策が大幅緩和された2022年10月以降訪日外客数は急拡大し、中国人客を除けば23年7月に2019年同月の水準を上回った。この間、回復には3四半期程度を要した。
2. 中国人客の回復については、2023年8月の団体旅行解禁から3四半期をかけて中国人客が100%回復するCase1を想定。なお、回復パターンについてはこのベースラインに対して中国経済や対日関係の変化の影響をも考慮し、回復が遅れる2つのケースを想定した。
3. 各Caseに基づいて訪日中国人旅行消費額を推計すれば、2023年度においてCase1では全国で1兆7,631億円、関西で6,044億円となる。Case2では全国で1兆4,926億円、関西で5,114億円。Case3では全国で1兆2,222億円、関西で4,183億円と試算される。
4. 中国人客の回復は、コロナ禍により鮮明になってきた労働供給制約の課題を一層強く意識させる。このため、生産性向上を目指し、DX推進に向けた投資の一層の拡大が必要となろう。
5. 今回のケースはこれまでのインバウンド戦略を再考するにあたり重要な教訓となる。団体旅行解禁により、上昇した消費単価を低下させないよう、高付加価値サービスを提供することが一層重要となろう。すなわち、これまでのモノ消費からコト消費への転換を一層推進する仕組みづくり(インバウンド戦略)が必要となろう。
6. また、団体旅行客の増加による観光地におけるオーバーツーリズム現象の解消も課題である。観光地への観光客集中を避けるためにも、他地域への周遊促進が一層重要となる。
本文
はじめに
8月15日発表の2023年4-6月期GDP1次速報(季節調整値)によれば、同期の実質GDPは560.7兆円となりコロナ禍前のピーク(2019年7-9月期:557.4兆円)をはじめて上回った(+0.6%)。GDPの項目に注目すれば、インバウンドの急回復もありサービス輸出がコロナ禍前のピークを回復した(+2.8%)ことである。一方、財貨輸入は内需の弱さを反映し、6四半期ぶりにピークを再び下回った(-1.3%)。これらの2つの要因が実質GDPの15四半期ぶりの回復に寄与したのである(後掲参考図表1参照)。またGDPの発表前の8月10日に中国政府は日本への団体旅行を解禁した。これにより、23 年後半以降、インバウンド需要の加速とGDPへの寄与が期待されるとこ
ろである。
本稿の目的は中国人客の団体旅行解禁が日本及び関西に与える経済的影響を一定の仮定を置き分析することにある。
団体旅行の解禁によりコロナ禍前において、訪日外客の全体の約3割を占めていた訪日中国人客の回復が期待されている。特に関西は中国人客のシェアが約4割と全国に比して高いこともあり、関西経済に与えるその影響は非常に大きいといえる(図表0-1)。
訪日中国人客数を訪日目的別にみれば、コロナ禍前の2019年では、観光客が89.4%と圧倒的なシェアを占めていたが、23年1-5月期では48.7%にとどまっている。団体旅行解禁により、これまで低調であった観光客については40%ポイントほど拡大の余地があるため、コロナ禍前の水準を回復することが期待されている。
次節以降では、団体旅行解禁に伴う訪日中国人客の回復パスについて3つのCaseを想定し、訪日中国人旅行消費額がどの程度増加するかを試算する。
1. 訪日中国人客の回復パスの想定
1-1. 足下の訪日外客数及び関空入国者数の動向
訪日中国人客の回復パスを想定する前に足下の訪日外客数及び関西国際空港(以下、関空)への外国人入国者数の推移を確認しておこう。
【全国】
図表1-1は訪日外客総数(以下、総数)及び中国人客を除いた総数(以下、中国人客を除く総数)の2019年同月比伸び率の推移を示したものである。図が示すように、総数、中国人客除く総数いずれも政府が水際対策を大幅緩和した22年10月以降、減少幅が急速に縮小している。足下23年7月では全面緩和から約3四半期程度を要して中国人客を除く総数がプラスに転じた。一方、総数は依然コロナ禍前の8割程度の回復にとどまっており、中国人客の回復が遅れていることがわかる。
1-2. 回復パスの想定
上記で見たように中国人客を除けば、訪日外客数は着実にコロナ禍前を回復しつつある。ここでは、今回の中国人客の団体旅行解禁により、どの程度訪日外客数が回復するかを3つのCaseを想定し、回復パスを示す。
図表1-3は訪日中国人客数及び関空への中国人入国者数の回復パスのシナリオを3つのCaseに分けたもの示している。Case1(ベースライン)では訪日中国人客数及び中国人入国者数いずれも2024年4月にコロナ禍前の19年の月平均値を回復すると想定した。一方で、足下の中国経済は1990年代の日本と同様に不動産バブル崩壊による状況に酷似しており、ストック調整による景気悪化可能性が高まっている。そのようなCaseを想定して、訪日中国人客の回復が遅れる2つのCaseを想定した。すなわち、Case2はCase1より幾分回復ペースが鈍化し19年月平均値の75%を回復する場合を、Case3では更に遅れて 50%の回復にとどまる場合を想定した。
また、回復に要する期間については、前述した水際対策の大幅緩和が行われた2022年10月から中国人客を除く総数がコロナ禍前を上回った23年7月であり、ほぼ3四半期程度を要した。これに倣って、中国人客の戻りについては、中国人客の団体旅行が解禁された23年8月から19年水準を回復するのに3四半期を要すると仮定した。すなわち、24年4月の回復率を100%とし、この間の回復率を線形補間して作成した。
1-3. 訪日中国人客数及び訪日外客数の回復パターン
1-2.の想定を基に、全国及び関西における中国人客の回復パターンをみてみよう。
【全国】
図表1-4は訪日中国人客数の回復パターンをそれぞれ示している。図が示すようにCase1では2023年8月以降、回復ペースが加速し、24年4月には訪日中国人客は80.0万人となり、Case2では幾分回復ペースが鈍化し訪日中国人客は60.0万人となるものの、概ねコロナ禍前の水準まで回復する。一方、Case3では前述のように経済状況の悪化等の要因から回復が遅れることもあり訪日中国人客は40.0万人となり、コロナ禍前の水準を下回ると推計される。
【関西】
全国と同様に関西の影響について関空への中国人入国者数の回復パターンからみてみよう。
図が示すように2024年4月までにCase1では中国人入国者数は27.5万人とコロナ禍前の水準まで回復し、Case2では回復ペースが幾分鈍化するものの、20.6万人と概ねコロナ禍前の水準となる。一方、Case3では13.8万人となり、コロナ禍前の水準を回復するには更なる期間を要する。
2. 訪日外国人消費の回復について:中国人客の戻りを考慮して
ここでは上記で想定した訪日外客数の回復シナリオを基に、訪日外国人旅行消費額の回復パターンをみよう。
図表2-1は全国及び関西における2023年第1-3月期から24年1-3月期までの訪日中国人客の旅行消費額の回復パターン示したものである。全国23年度計(4-6月期は実績)では、Case1は1兆7,631億円、Case2は1兆4,926億円、Case3は1兆2,222億円とそれぞれ推計される。Case1では2019年の同程度の消費額となる。
関西も全国と同様に23年度計(4-6月期は実績)では、Case1は6,044億円、Case2は5,114億円、Case3は4,183億円と推計される。いずれのCaseにおいても2019年の消費額(7,026億円)を下回る。
3. 小括
本分析では中国人客の団体旅行解禁による経済的影響について分析を行った。分析内容を整理し、得られた含意は以下のとおりである。
1. 水際対策が大幅に緩和された2022年10月以降、訪日外客は急拡大し、中国人客を除く訪日外客数は23年7月に2019年同月の水準を上回った。この間、回復には3四半期程度を要している。一方、訪日外客数全体では依然コロナ禍前の8割程度の回復となっており、中国人客の回復が待たれるところである。
2. 2023年8月10日に中国政府は日本への団体旅行を解禁した。これを契機に本レポートでは、3四半期をかけて(2024年4月に)中国人客が2019年平均水準に回復するケースをベースライン(Case1)とした5。また、回復パターンについては中国経済や日中関係変化の影響も考慮し、回復が遅れるCase2及びCase3を想定した。
3. 以上の Caseに基づいて訪日中国人客の旅行消費額を推計すれば、2023年度においてCase1では全国で1兆7,631億円、関西で6,044億円となる。Case2では全国で1兆4,926億円、関西で5,114億円。Case3では全国で1兆2,222億円、関西で4,183億円と試算される。
4. 今後の課題としては、日本における労働供給制約をいかに解消するかである。急回復するインバウンド需要に対して、ホテルなど宿泊業に従事する就業者の回復が遅れている。このため、生産性向上を目指したDX推進に向けた投資の拡大が一層必要となろう。
5. 加えて1人当たりの消費単価の向上、維持も重要となる。2023年以降、円安の昂進や長期滞在の旅行者の増加により消費単価は着実に上昇している。中国人客の団体旅行解禁によって、上昇した消費単価を低下させないよう、高付加価値サービスを提供することが一層重要となろう。すなわち、これまでのモノ消費からコト消費への転換を一層推進する仕組みづくり(インバウンド戦略)が必要であろう。
6. また、団体旅行客の増加による観光地におけるオーバーツーリズム現象の解消も課題である。特に関西では京都に代表されるように観光客が観光地に集中する混雑現象が頻発していたこともあり、他地域への周遊促進が一層重要となる。