令和6年能登半島地震の影響と北陸3県経済 -ストック、フロー、人流を中心に-
Abstract
1月1日に発生した「令和6年能登半島地震」の影響が懸念されている。震災によって大きな被害を受けた新潟県、富山県、石川県の3県(以下、北陸3県と記す)の被害状況に基づき、復旧復興の観点からその経済的な影響を考察した。それを整理し得られた含意は以下の通りである。
- ストックの観点から北陸3県経済をみれば、民間企業資本ストックは、各県とも「サービス」が最も大きい。次いで新潟県、石川県では「農林水産」が、富山県では「化学」が大きい。また、住宅ストックは新潟県が最も大きく、次いで石川県、富山県と続く。
- フローの観点から北陸3県経済をみれば、各県とも製造業のシェアが最も高い。うち、新潟県は「食料品」が、富山県は「化学」が、石川県は「はん用・生産用・業務用機械」がそれぞれ最も高いシェアを占めている。
- 今回の震災による北陸3県の直接被害(建築物等)を推計すれば、新潟県は5,177億円、富山県は2,946億円、石川県は5,827億円、3県計で1兆3,951億円となる。また、間接被害は4兆円となり、これは2020年度の名目GDPの0.4%に相当する。
- 人口移動の観点からみれば、北陸新幹線開業を契機に富山県、石川県でみられたような人口移動が今回の震災を契機に一層進む可能性がある。3月16日に金沢-敦賀間の延伸が実現するが、この効果は福井県では限定的と思われる。
- 今回の震災で北陸の観光業の特徴が明らかとなった。北陸は国内市場に強く依存した構造となっている。人口減少が長期トレンド下にあるため、この構造から脱却する必要がある。地域創生戦略にとって、インバウンド需要の一層の取り込みを実現する戦略が重要となろう。
本文
はじめに
1月1日に発生した「令和 6 年能登半島地震」の影響が懸念されている。本号では、震災によって大きな被害を受けた新潟県、富山県、石川県の 3 県の被害状況に基づき、復旧復興の観点からその経済的な影響を考察する。構成は以下のとおりである。まず 1.では被害状況を比較する。2.と 3.では、関西との関係を意識しながら、ストック、フローの観点から北陸 3 県の特徴を明らかにし、4.においては震災による直接及び間接の被害額を推計する。震災は人流にも影響を及ぼす。この意味で、5.においては人口移動を、6.では観光業の課題を取り扱う。
1. 北陸3県の被害状況
<人的及び住家被害の状況>
2 月28 日時点で判明している北陸 3 県の人的・住家被害は以下図表 1 の通りである。人的・住家ともに最も被害が大きいのは石川県。人的被害全体の 92.8%、住家被害全体の 59.9%を占めている。なお、石川県は被害の全容が判明しておらず、住家被害の棟数等は今後も変わる可能性がある。
<近年の地震との比較>
図表 2 が示すように地震の規模を表すマグニチュードでみれば、令和 6 年能登半島地震は東日本大震災に次いで大きい。死傷者数は一番少ないが、死者数だけを見ると新潟県中越地震よりも多い。
<北陸 3 県の毀損額:内閣府推計>
内閣府が発表した新潟・富山・石川県の毀損額(推計)は約 1.1~2.6 兆円であり、これは熊本地震の約半分、新潟県中越地震とほぼ同じ程度となる(図表 3)。
2. ストックから見た北陸 3 県の特徴
令和 6 年能登半島地震によって発生した北陸 3 県のストック被害額を推計するために、内閣府(2016)を基に当該県のストック額を、まず住宅及び民間企業資本ストックに限定し推計した。
住宅ストックについてみると(図表 4)、新潟県が 11.4 兆円と最も大きく、次いで石川県が 6.2 兆円、富山県が 5.3 兆円と続く。
民間企業資本ストックについてみると、新潟県が 23.9 兆円と最も大きく、次いで富山県 13.9 兆円、石川県 10.8 兆円となった。上位 3 業種をみると、各県とも「サービス」が最も大きい。ついで、新潟県、石川県では「農林水産」が、富山県では「化学」が大きいのが特徴である(図表 5)。
3. フローから見た北陸3県の特徴
次に 2020 年度の県民経済計算を用いて北陸 3 県と関西 2 府 4 県の経済規模及び産業構造を比較してみよう。同年度の名目 GDP(539 兆円)のうち、北陸 3 県の名目 GRP は 18.1 兆円(シェア:3.4%)を占めており、うち新潟県が 8.9 兆円、富山県が 4.7 兆円、石川県が 4.5 兆円であった。なお、関西 2 府 4 県は 85.7 兆円(シェア:15.9%)であり、北陸 3 県に比して約 4.7 倍の経済規模となっている。
経済活動別(大分類ベース)に上位3業種をみれば、北陸 3 県とも製造業が最も高いシェアを占めている。特に富山県は 30.9%と他地域(関西 2 府 4 県:23.8%)に比して最も高い(図表 6)。
その製造業の内訳に注目し、北陸 3 県と関西 2 府 4 県を比較してみよう(図表 7)。新潟県では「食料品」、富山県では「化学」、石川県では「はん用・生産用・業務用機械」、関西 2 府 4 県では「はん用・生産用・業務用機械」が、それぞれ最も高いシェアを占めている。
また、図表 8 には各県の産業構造を全国平均の産業構造と比較した特化係数を示し、産業全体の特徴を視覚化した。
4. 被害額の推計:直接被害及び間接被害
3.で推計した北陸 3 県における住宅及び民間企業資本ストックを用いて、特に被害の大きい市町村(被災地域)の直接被害(毀損額)を推計する。
直接被害を算出するにあたって、被災地域のストック額を推計する必要がある。堤ほか(2016)の推計手順を参考に、住宅ストックについては『令和 2 年国勢調査』における世帯数を、民間企業資本ストックについては『令和 3 年経済センサス』における従業者で県別のストック額をそれぞれ被災地の比率で按分することで被災地域のストック額を推計した。これに、被災地域における建築物等の損壊率を乗じて毀損額を計算した。なお損壊率については堤ほか(2016)の想定に基づき、図表9 の通り、(1)15.3%、(2)3.4%、(3)2%の 3 段階とした。
上記の方法で推計した被災地域における住宅及び民間企業資本ストックの毀損額は図表 10 のとおりである。新潟県は 5,177 億円、富山県は 2,946 億円、石川県は 5,827 億円、3 県計で 1 兆3,951 億円となる。内閣府(2024)の推計結果では建築物等が 0.6~1.3 兆円(住宅:0.4~0.9 兆円、非住宅:0.2~0.4 兆円)となっており、ほぼ我々の推計結果と一致する。なお、内閣府推計は社会資本ストックの毀損額を 0.5~1.3 兆円と推計した。
次に、震災による生産活動が停滞することから生じる間接被害について推計する。ここでは、被災地域における従業者数(経済センサスベース)の県全体に対するシェアを算出し、これを各県各産業の生産額(県民経済計算ベース)に乗じることにより被害額規模を推計した。ただし、これはすべての産業活動が 1 年間停止した場合に起こりうる被害規模である。震災の影響は 1 四半期ないし 2四半期に集中的に発生し、以降正常化に向かう。ここでは 1 四半期で発生する被害額を推計した(図表 11)。なお、経済産業省(2024)の調査によれば、被災地域域外のサプライチェーンに影響を及ぼしうる業種のうち、約 9 割が生産を再開又は再開の目処が立っているとされている。このため、製造業についてはこの情報を反映して推計を行った。
これに基づき、製造業の生産再開情報を考慮し、推計した間接被害の推計結果は図表 12 のとおりである。北陸 3 県における間接被害は 2.4 兆円となり、これは 2020 年度の名目 GDP の 0.4%程度に相当する。
5. 人口移動から見た北陸 4 県の特徴
令和 6 年能登半島地震は人の移動に大きな影響を与えている可能性が高い。加えて、2024 年 3 月 16 日には北陸新幹線が金沢から敦賀まで延伸されることもあり、人の移動が加速する可能性がある。ここでは総務省統計局の『住民基本台帳人口移動報告』を用いて、福井県を加えた北陸 4 県の転出者数の動向を確認する。
図表 13-1 は北陸 4 県から関西(2 府 4 県ベース)と南関東への転出者数を 2010 年、15 年、23年の 3 時点に分けて、図表 13-2 はその間の変化をみたものである。15 年は北陸新幹線が開業し、23 年はコロナ禍から社会経済活動が正常化し、また北陸新幹線金沢-敦賀延伸が実現する前年にあたる。10 年から 15 年にかけて、新潟県、富山県、石川県の関西及び南関東への転出者数はいずれも増加した。一方、福井県は関西への転出者数は減少しているものの、南関東への転出者数は増加しており、他県と異なった動態となっている。
2015 年から 23 年の変化をみると、関西への転出者数は新潟県、富山県、石川県において減少している。南関東への転出者数は富山県、石川県では引き続き増加する一方、新潟県は減少に転じている。福井県をみれば、関西へは増加に転じたものの、南関東への転出者数は幾分減速している。このように北陸 4 県のうち、特に富山県や石川県では南関東との関係は相対的に強まる一方、関西との関係は弱まる傾向がみられる。この傾向は震災後、さらに強まる可能性も十分考えられるだろう。
一方、福井県や新潟県では富山県や石川県に共通する傾向がみられない。3 月 16 日に金沢-敦賀間の延伸が完成するが、福井県では異なる効果が出る可能性がある。東京-敦賀間の直通効果が期待されているものの、時間距離や運賃でみれば東海道新幹線米原経由の時間にはまだ及ばないためである。
6. 観光業から見た北陸 4 県の特徴
観光業は交流人口の拡大を通して地域に所得の拡大をもたらす。令和 6 年度能登半島地震は北陸 4 県の観光業にも大きな被害をもたらした。ここでは観光庁『宿泊旅行統計調査』を用いて、北陸 4 県の観光業の特徴を明らかにする。
図表 14 は北陸 4 県、関西 2 府 4 県及び全国の宿泊者比率(2023 年 1-11 月平均)を国籍別にみたものである。北陸 3 県では日本人が 93.7%(2.2 万人泊)、外国人が 6.3%(0.1 万人泊)を占めており、関西や全国平均に比して宿泊市場を圧倒的に国内に依存していることが分かる。これは地方に共通の傾向でもある。
図表 15 は北陸 4 県における日本人延べ宿泊者と外国人延べ宿泊者の 2020 年以降の月次推移をみたものである。図が示すように、外国人延べ宿泊者は政府の水際対策が大幅緩和された 22 年 10 月以降、回復傾向を示し足下の 23 年 11 月は 19 年同月比+19.2%と着実に増加している。一方、日本人延べ宿泊者は 22 年 10 月以降、横ばいで推移し、23 年 11 月は同-3.2%とマイナスとなっている。外国人宿泊者に比して日本人宿泊者の回復は停滞している。
7. 小括
これまでの分析を整理し、得られた含意は以下の通りである。
① 北陸 3 県の民間企業資本ストックをみれば、各県とも「サービス」が最も大きい。次いで新潟県、石川県では「農林水産」が、富山県では「化学」が大きい。住宅ストックでは新潟県が最も大きく、次いで石川県、富山県と続く。
② 北陸 3 県の産業構造をみれば、各県とも製造業のシェアが最も高い。うち、新潟県は「食料品」が、富山県は「化学」が、石川県は「はん用・生産用・業務用機械」がそれぞれ最も高いシェアを占めている。
③ 北陸 3 県の直接被害(建築物等)を推計すれば、新潟県は 5,177 億円、富山県は 2,946 億円、石川県は 5,827 億円、3 県計で 1 兆 3,951 億円となる。また、間接被害は 2.4 兆円と推計される。これは名目 GDP の 0.4%程度に相当する。
④ 東日本大震災以降の教訓から、メーカー各社はこれまで供給網を分散するなどの取り組みを進めていたため製造業の被害は現時点では限定的とされている。ただし、復旧が長引けばサプライチェーンへの影響が大きくなる可能性も考えられる。
⑤ 人的及び住家被害をみれば今後、人の移動に与える影響は大きい。これまで過疎化が進んでいた地域においては、今回の震災を契機に一層進むことも考えられよう。3 月 16 日に北陸新幹線の金沢-敦賀間の延伸が実現するが、富山県、石川県にみられたような人口移動の加速は福井県では限定的と思われる。
⑥ 加えて、今回の震災を契機に北陸の観光業の特徴が明らかとなった。これまでの国内市場に強く依存した構造から脱却するためにも、インバウンドを意識した地域創生戦略が重要となろう。すなわち、被災地域における観光業の支援・復興を推進するとともに、インバウンド需要の一層の取り込みを実現する戦略が必要となろう。