「電気・ガス価格激変緩和対策」事業による 負担軽減効果の試算
Abstract
本稿の目的は、「電気・ガス激変緩和対策」事業が家計負担軽減に与える影響を分析することである。2022年の物価上昇は家計に大きな負担をかけ、特にエネルギーコストの上昇が深刻な問題となった。このような状況下において、政府は2023年2月から当該事業を実施し、家計負担の軽減に努めている。本稿では、本事業が適用されない場合の消費者物価指数を試算することにより、緩和対策事業の効果を所得階級別に分析する。結果を要約すれば、以下のとおりとなる。
- 2023年2月から24年1月までの「電気・ガス激変緩和対策」事業により、一世帯あたり電気代29,119円、都市ガス代4,733円、負担額が軽減された。収入階級別にみると、収入が高い世帯ほど電気の使用量が多いため、負担軽減額は大きくなる傾向がみられた。
- 負担軽減額が可処分所得に占める割合をみると、一世帯あたり電気代の平均軽減額が可処分所得の49%を、都市ガスは0.08%を占めた。収入が高い世帯ほど電気の負担軽減額が可処分所得に占める割合は小さくなった。都市ガス代も同様の傾向である。
- 緩和措置が適用されない場合の足下の電気と都市ガス代指数は徐々に低下しており、ロシアのウクライナ侵攻の影響を受ける前の水準に近付いている。緩和措置が適用されない場合の電気と都市ガス代指数を試算することは、緩和措置をいつ終了させるかについての議論に数値的なベンチマークを提供できよう。
本文
はじめに
本稿の目的は、「電気・ガス激変緩和対策」事業により家計の負担がどの程度軽減されたかを試算し、その軽減効果を収入別にみることである。
2022 年の消費者物価総合指数(2020 年平均=100)は 102.3 となり、前年より 2.5%上昇した。生鮮食品を除いた物価指数(コア指数)は 102.1 で前年比 2.3%上昇し、14 年の消費税増税以来の高水準となった。22 年の物価上昇の特徴は、サービス価格の伸びが低い一方で、食料とエネルギーなどの財の伸びが高いことである。特に、エネルギーのウエイトはわずか 7%に過ぎないものの、同価格の高騰が物価の上昇をけん引した。
図1は、消費者物価指数への寄与度を項目別に示したものである。2022 年食料の寄与度は、徐々に上昇し、同年 10 月以降は物価の主な押し上げ要因となった。また、日本はエネルギーの 9 割近くを輸入に依存し、国際原油価格の高騰と円安の影響を受けやすいため、電気・都市ガス代の寄与度は高止まりした。23 年に入っても、電気・都市ガス代を含むエネルギー代の増加が引き続き家計に重荷となることが予想された。
このような状況を背景に、政府は 2023 年 2 月から、「電気・ガス価格激変緩和対策」事業を導入した(以下、緩和措置とよぶ)。これは、電気・都市ガス代の大幅な上昇が家計に与える負担の軽減を目的とした措置である。この措置により、特別な手続きなしに、月々の料金から使用量に応じた値引きが実施されている。23 年 1 月以降の使用分(2 月以降の請求分)から適用され、家庭での電気代は 1kWh あたり 7.0 円、都市ガス代は 1m3 あたり 30 円が支援された。なお、23 年 9 月以降の使用分(10 月以降の請求分)については、電気代が 1kWh あたり 3.5 円、都市ガス代が 1m3 あたり 15 円と値引き率が引き下げられている。
2023 年 2 月から 9 月までの電気代の消費者物価上昇率への寄与度をみると、緩和措置を実施した結果、マイナス幅が徐々に大きくなり、9 月に-1.01%ポイントとなった。10 月以降、値引き率引き下げの影響で電気代の寄与度はマイナス幅が幾分縮小したものの、依然として物価の主な押し下げ要因となった。都市ガス代の寄与度は 2 月から縮小し、6月からはマイナスに転じた。
足下の緩和措置は、家計への負担を軽減することを目的としているが、このような政策は問題を生じさせる場合が多い。大規模な補助金プログラムは政府の財政負担を増加させ、最終的に納税者の負担になる可能性がある。また、緩和措置で恩恵を受けているグループと受けていないグループに分かれ、不公平の問題が出てくる。たとえば、電気・ガス業界は補助金を受け取っているものの、他の業界では物価上昇による生産コスト増を負担するのが厳しい状況となっている。なお、電気・ガスの使用量に応じて値引きを適用すると、使用量が多い家庭や企業ほど値引きされる金額が多くなる。
緩和措置による軽減効果を評価することは重要な課題である。家計への負担を和らげる目的を果たす一方で、緩和措置による問題点を最小限に抑えるためには、実施後の評価が不可欠である。本稿は、緩和措置の軽減効果を収入階層の視点から分析する。以下において、1.では緩和措置が適用されない場合の電気・ガス価格指数を試算し、2.ではそれを用いて緩和措置実施後の軽減率を求める。次に、3.では緩和措置による負担軽減額を、4.では負担軽減額の可処分所得に占める割合を、収入別に分けて試算する。
1. 緩和措置が適用されなかった場合の価格指数の試算
緩和措置を評価するためには、まずそれが適用されなかった場合の価格指数を試算する必要がある。総務省統計局が毎月公表する電気・ガス代指数は緩和措置を導入した後のもので、緩和措置が適用されなかった場合の電気・ガス代指数を直接知ることができない。しかし、総務省が 2023 年 2月以降公表した緩和措置の消費者物価指数への寄与度データを用いれば、緩和措置が適用されなかった場合の電気・ガス代指数を試算することができる。
電気代の寄与度は次の式で求められる。
緩和措置がある場合とない場合の t 期の電気代の寄与度 t は、以下の(2)と(3)式で計算できる。ここで、w は電気代の消費者物価指数に占めるウエイトを表す。
緩和措置がない場合の電気代の消費者物価指数への寄与度は、緩和措置実施後の電気代の寄与度から緩和措置の寄与度の部分を差し引いたものであるから、以下の式が導ける。
ところで、(5)式の右辺のすべて項目は既にわかっている。たとえば、2023 年 9 月についてみると、緩和措置実施後の電気代の消費者物価指数への寄与度の部分を求めると-1.01 である。一方、総務省が公表している緩和措置の消費者物価指数への寄与度は-0.82 である。つまり、緩和措置が適用されない場合の電気代の寄与度は-0.19 となっている。また、左辺に含まれる一年前の電気代指数と消費者物価総合指数も既知である。なお電気代のウエイトは、総務省発表の 2020 年を基準年とした電気代のウエイトである。すると、上記の式から緩和措置が適用されない場合の電気代指数を導き出すことができる。都市ガスに関しても同様である。
図 2 では、2023 年 2 月から緩和措置が実施された場合(実線)と、そうでない場合(破線)の電気および都市ガス代指数の推移を比較したものである。図 2 が示すように、緩和措置が実施されない場合、電力代指数はピーク時(2023 年 2 月)に 131.2 まで上昇し、その後は徐々に低下しているものの、依然として 22 年 1 月を上回る高い水準となっている。同様に、都市ガスも緩和措置が適用されない場合、指数はピーク時に 149.2 まで上昇した後、緩やかに下落しているが、まだ高水準が続いている。一方で、緩和措置実施後の電気と都市ガス代指数(実線)は大幅に下落し、22 年 1 月を下回る水準となっている。破線と実線の差は、家計が直面する電気とガス代の上昇がどの程度抑制されたかを示している。
2023 年 9 月以降の重要な変化は、緩和措置で適応される値引き率が半減したことである。この変化により、10 月に電気と都市ガス代指数が顕著に上昇したことがわかる。値引き率が半減したため、緩和措置を適用した場合と適用しない場合の電気・都市ガス代指数の格差が縮小しているのが図から確認できる。
2. 緩和措置による軽減率の試算
緩和措置を実施しない場合と比べると、実施した場合家計の負担は月々何パーセント軽減されたのか、以下の式でその軽減率を求めよう。
図 3 は、2023 年 2 月から 24 年 1 月までの緩和措置による月々の軽減率を上式に基づいて計算したものである。2 月から 9 月まで電気代の軽減率は-18.9%から-20.9%の範囲で推移し、都市ガス代は-11.8%から-14.5%の間で変動し、家計の負担が大幅に削減されたことが確認できる。23 年 10 月以降は、電気および都市ガス代に対する緩和措置の値引きが半減し、電気代の軽減率は-10%台、都市ガス代は-7%台とそれぞれ縮小された。
3. 緩和措置による負担軽減額の試算
次に、緩和措置を適用しない場合の電気料金を以下の方法で試算する。緩和措置後の毎月支出額(電気代)のデータは「家計調査」から得られる。家計調査は、総務省統計局が全国約 9 千世帯を抽出し、家計の収入や費目別消費支出などを毎月調査するものである。本稿では、家計調査の中で、二人以上の世帯のうち可処分所得が利用可能な勤労者世帯のデータを用いている。
緩和措置を適用した場合の電気料金と適用しない場合の料金を比した値は、それぞれの価格指数を比した値に等しい。したがって、以下の関係式から緩和措置を適用しない場合の電気代支出額を導き出すことができる。都市ガスに関しても同様の計算が行える。
上式で求めた緩和措置を適用しない場合の電気料金(電気代指数)を利用して、緩和措置による電気の負担軽減額を試算する。緩和措置を適用しない場合の料金から、緩和措置を適用した場合の料金を差し引いた値を、緩和措置による負担軽減額と定義する。表 1 では、2023 年 2 月から 24 年 1 月まで1年間の二人以上のうち勤労者世帯の一世帯あたり負担軽減額を月ごとに合算し、家計の収入別にまとめている。
緩和措置により、平均的に電気代が 29,119 円、都市ガス代が 4,733 円とそれぞれ減少した。収入階級別にみると、収入が高い世帯ほど、基本的に電気の使用量が多いため、緩和措置による負担軽減額は大きくなっている。第I階級から第V階級まで一世帯あたりの電気代は、25,832 円、28,383 円、28,972 円、30,470 円、31,939 円それぞれ軽減された。また、第I階級から第V階級までの都市ガス代の負担軽減額は 4,770 円、4,439 円、4,579 円、4,736 円、5,142 円となった。いずれも、第V階級の方が一番大きく軽減された。電気代の負担軽減額については、第Ⅴ階級は第Ⅰ階級の 1.24 倍である。ガス代は 1.08 倍となっている。激変緩和措置における軽減率は一定であるため、支出金額が多いほどより負担軽減策の恩恵を被ることになる。このため、所得制限付きの給付金支給などが議論される所以である。
4. 負担軽減額の可処分所得に占める割合
3.において、緩和措置による負担軽減額を試算した。しかし、緩和措置の影響をみる際に、軽減額だけでは十分ではない。家計への影響をより正確に把握するために、世帯人数や所得水準などの世帯属性を考慮する必要がある。ここでは、緩和措置による負担軽減額が可処分所得に占める割合を収入階級別にそれぞれ計算した。
表 2 は、2023 年 2 月から 24 年 1 月までの負担軽減額が同じ時期の可処分所得に占める割合を、収入階級別に示している。全国平均では、緩和措置による電気代の軽減額は可処分所得の 0.49%、都市ガスは 0.08%となっている。第I階級から第 V 階級までの電気代の負担軽減割合は、それぞれ0.73%、0.61%、0.53%、0.45%、0.34%となり、収入が高い世帯ほど割合が小さくなっていることがわかる。都市ガス代の負担軽減割合も,第I階級から第 V 階級まで 0.13%、0.10%、0.08%、0.07%、0.06%と同様の傾向がみられる。
5. 小括
これまでの分析が示すように、政府の「電気・ガス激変緩和対策」事業により家計の負担は一定程度軽減されたことが明らかになった。ただ、高所得世帯ほど電気の消費量が多いため、負担の軽減額が大きくなっているが、可処分所得に占める負担軽減額の割合を所得階級別にみると、低所得世帯で高く、高所得世帯では低い。足下(2023 年 1 月)では、食料価格の高止まりに加え、実質賃金(毎月勤労統計調査ベース)の 22 カ月連続の前年同月比減少など、家計にとって厳しい状況が続いている。しかし、緩和措置による家計への負担軽減が、低所得世帯にも少なからずプラスの影響を与えていることが分かった。これは、家計消費(内需)を下支えし、経済全体に幾分好影響を与えることを意味する。
政府は 2023 年 2 月に開始した緩和措置を 10 月以降は値引き率を半分に引き下げ 24 年4月使用分(5月請求額)まで延長することとした。それ以降の値引き率については、5 月使用分(6 月請求額)の電気代が 1kWh あたり 1.8 円、都市ガス代が 1m3 あたり 7.5 円とさらに半減している。結果、緩和措置で家計の負担が軽減されたが緩和措置の効果は逓減している。問題は緩和措置をいつ終了させるかである。本稿で明らかにしたように、ロシアのウクライ侵攻で国際原油価格が高騰し始める前の 2023 年 1 月の電気代指数 109.0 に比して、緩和措置のない場合の電気代指数は 23 年 2 月に 131.2 にまで上昇したが、24 年 1 月には 116.0 にまで低下していることが分かった。本稿で示した緩和措置がない場合の電気と都市ガス代指数の試算は、緩和措置をいつ終了させるかについての数値的なベンチマークとなろう。ただ、緩和措置の終了時期については、エネルギー市場の動向と家計への影響を慎重に分析し、適切なタイミングで行う必要があるだろう。